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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第八回 一流の女
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恐怖心を素直に語ってくれた彼女

 そんな訳で、中規模建築会社の事務員となった野川拓海。




 そこに、女性の同僚は三人いた。


 高田康江。

 梶原保美。

 そして、彼女の上司である和賀正美。


「よろしくお願いいたします」


 彼女は自分が世話になる営業所の三名を含む社員たちに向けて、深く頭を下げる。

 背筋はきっちりと伸び、新社会人のお手本のように声も高い。実際大卒の上に簿記の資格もきっちりと取得している即戦力である事から社としてもそれなりに高く評価しており、このまま社に居付いてくれることを期待していた。

「男に囲まれていると不安も多いであろうが、どうか不安があるならどんどん言ってくれ。出来る限りの配慮はする」

「はい…まあどうしても男くさい職場なのはわかってましたから」


 拓海からしてみれば、と言うか女性だけの町からしてみれば全く先刻承知である。女性だけの町における建築会社が富裕層の集まりなのは女性の適性者が少ないからでありもし建築業が女性に向いているそれなら建築業は底辺職になる、それだけの事だと拓海は教えられていた。


「女性だけの町にも格差は存在します。私は決して富裕層の人間ではなく、中流階級と言えるかも少し怪しい存在です。建築業と言っても、現場で働く人間は富裕層ですが内勤の人間は…まあそういう事です」

「ブルーカラーの支配する町って事ね」

「まあそうかもしれません」

「ホワイトカラーをあまり卑下してはダメですよ」


 ブルーカラーの支配する、そんな「男くさい」場所が女性だけの町とは知らなかったと移住してすぐ「追放」される住民はかつて多くおり、それらの人間がなおさら過激化して第一次大戦の二の舞を演じているとか言う話もある。その一部が此度第二の女性だけの町に移住したと言う話もあるが、ここでは横に置いておく。



 さて、現場で汗水流す人間が偉いと言うのは一見公明正大だが、後ろを支える存在を軽視してはいけない。高給取りであればあるだけ人が集まりやすい事は明白な話であり、逆に言えば薄給の仕事には人は集まらない。現場で五年目の職員の給料が専務取締役の給料の八割と言う給与体系である以上、ホワイトカラーたちに優秀な人材は集まりにくく、結果女性だけの町の花形である建築会社の経営は議会からの補助金で成り立っていると言っても過言ではなかった。無論無能であっても搾取や犯罪が行われねば別にいいが、それでも衰退はないにせよ発展はない。現場のブルーカラーたちがホワイトカラーを軽視してはいけないとノブレスオブリージュの観点から教え込まれてはいるが、それでもその流れはどうしても問題となっていた。


 そもそもこうなったのは男でなければ出来ない仕事はないと言うのが女性だけの町のコンセプトゆえとされているが、実際には「女性には難しい職業であるから」と言うより第二次大戦と言われるほどの過酷な戦いを経て女性だけの町を作った際「過酷な戦い」の中で現場作業員たちは口ばかりで手を動かさない連中を差し置いてヒーローになって行きそのままと言うのが、現実の女性だけの町の歴史だった。



「ありがとうございます高田さん」

 高田康江の言葉に素直に感服した拓海は深く頭を下げる。いくら資格があると言ってもまだ勤務初日でありしばらくは指導役が必要である以上同じ女性の高田康江か梶原保美のどちらかが役目を背負うのは確実だった。上司の和賀正美については最初からスルーである。


「その様子では高田さんの方が」

「ええ、まあ」

「私もそう思います、ちょっと残念だけど」

「では高田さん、野川さんをお願いいたします」

「はい」


 その流れのまま、指導役は高田康江に決まった。保美は残念そうに舌を出し、康江は右手を差し出す。拓海はその手を握り、お互いに振った。


「それじゃ指導を始めるわね」

 そのまま指導開始となったが、所詮初日であり大仰な事は何もない。せいぜいオフィスを巡り、所長を含む各人についての説明や装備されている道具、担当する事になる現場の数やそれぞれの場所の工員や現場監督などの陣容を極めて大まかに聞くだけである。その事を拓海は紙・スマホ問わずメモに取り、確認しながら歩か…ないで立ち止まって見返す。

「ずいぶんと真面目なのね」

「前を見ずに歩けるほど怖いもの知らずでもないつもりです。ただ少し慌ててしまいまして申し訳ありません、ちょっと待ってくださいと言う言葉が必要でしたね」

「いやいや、気になる事はすぐ突っ込むその姿勢はいいと思うわよ」


 彼女は実に勉強熱心だった。元々女性だけの町に戻って建築会社や誠心治安管理社の重職や町議会議員になる事を望まれているエリートであり、それでいて真面目な彼女からしてみれば当然の行いであるが、康江は舌を巻いていた。


「ねえ、さっき所長が言ってたけどさ、やっぱり男って怖いの?」

「恐怖心はあります。しかしその恐怖心の根源が圧倒的な膂力の差から来るのか、それとも女でも存在するそれから来るのかまだ私にはわかりません。女性とて鍛えれば膂力は付きますし、武器だって一応あります。とすると女でも存在するそれこと性欲から来る恐怖心があるのかもしれませんが、それは男だけからの問題なのでしょうか」

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