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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第七回 それでもボクはやるしかない
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特攻への決断

「…なるほど、それでですか」

「はい…いい年してそんな物なんか見て笑われるわよとか言ったら、ものすごく落ち込んでしまってベッドから起き上がれなくなって……」

「はぁ……」




 彼に異性の友人はゼロであったと彼の母親は言っていたが、実際は同性の友人も少なかったらしい。それも大学や塾などで出来たそれしかおらず、高校以前の友人は本当にゼロだったと言う。彼自身それを気にしないタイプだったので放っておいたのがまずかったと彼の母親はたびたびこぼしていた。

「類は友を呼ぶとか言いますけど、あの子の友達もあの子と同じく真面目な子たちだったようです。それで朱に交われば赤くなると言いますか、ますます真面目と言うか懸命な子になって、たまに浮かれた電話が届くと資格を取ったとかって」

 負の連鎖ならぬ正の連鎖であると喜んでいたが、それがあの結果をもたらしてしまうとは。

 幸い笑いごとで済んではいるが、彼の人生に小さいとは言え傷をもたらした事は間違いない事案である。


 ちっとも少年臭くない、と言うか後付けの臭いしかない彼の部屋を目の当たりにするに付け、百点満点の子育てなぞ存在しない事が改めてわかってしまった。

 私も出版業に関わる人間の端くれとしてわかるのだが、彼の部屋に並んでいる本はどれもこれも男の子らしいと言うか、平たく言えば大ヒット作しかない。誰でも自分に取って良いと思ったのに他人と言うか世間的には受けなくてがっかりしたと言う話はあるが、その手の代物が一つもなかった。


「あの子の二年生の夏休みからの半年は、これで潰れてしまいました」

「それで人生も変わってしまったと」

「はい。あの子に取ってこの上なく刺激的で人生を変えるほどの体験だったんです。それでも道を外していなかったのはとりあえず幸いではありましたが」


 息子を変えた存在に、中年女性二人が見下ろされる。別段珍しくもない光景ではあったが、その経験もない私は苦笑するしかなかった。




 彼もまた、知らなかったのだ。




 大学でも、彼は授業を真面目に受けているか就職先(だがこの時は中央省庁狙いだったので民間企業に対してはあまり熱心ではなかったらしい)の情報を探しているか学内で自分のための勉強をしているかのどれかで、友人と話しているとすればそのどれかでしかない。模範とでも言うべき学生ぶりであったが、それゆえに浮いていたとも言う。二十歳になってからも酒もたばこもやらず、ただただやるべき事をやっているだけ。そんなだから「友人」も学外で会う事は少なく、連絡も決して多くはなかったらしい。

 彼にとってはアルバイトもお金稼ぎであると共に社会勉強であり、余裕を持たせるためのそれではなかった。無論無駄遣いなど出来る性質ではなくそのお金はきっちりと貯蓄していた。買った物と言えば新型のスマホと、移動用の自転車ぐらいだった。それも決して高価な買い物ではなく、等身大のそれであり誰も文句など付けることはなかった。




「今でもあの時の事は覚えています。我ながら何と恥ずかしい事をしてしまったのかって」

 彼本人も、そう苦笑いしていた。

「あの後散々…」

「ええ、言われました。本当に興味がなくてと言ったら驚かれるより先にああやっぱりなとか言われましたよ」

 百人中九十九人が良いと言おうが、一人にとってはどうでもいい。そんな代物はどこにでもある。実は彼も人並に触れてはいたらしいが、琴線に刺さらなかったのか適当に流して終えていたと言う。


「彼女が耐えられなかったのは本当なのでしょう。しかし私はどこかで、男として女性だけの町と言う存在を甘く見ていたのかもしれません」

「それって」

「ええ。女性だけの町はシェルターとして十分に機能し、本当に傷ついている女性たちを守る装置となっていました。人の全く傷付かない道具なんてこの世にありませんからね」

 

 正論が寂しく響く。世界中の全ての人類を傷つけない代物など、どこにもない。


 アンパンマンですら、これより悪事を企むような存在にアンパンを分け与えれば間接的にせよ悪事の手助けをしてしまう事になる。

 ましてや漫画家とか言う職業の場合、その影響力もさることながら座席を奪ってしまう存在であると言うのもある。そんなのはどの仕事でも同じだが、もし「彼がいなければ」漫画家として同じかそれ以上に名声を得ていたであろう人間は確実にいた。


 そして彼女の傷付き具合が半端ではない事を感じられたゆえに、優しすぎた彼は動いてしまったのだ。

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