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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第七回 それでもボクはやるしかない
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支えたいと思ってしまう男

「私も少し違えば、ああなっていたかもしれません」


 彼の母親は私の取材に対し、そうこぼしていた。

 女性だけの町を蔑んでいるつもりはないが、どうしても閉鎖的で自己完結的な環境である事は否めないと言うか女性だけの町の住民たちもそれを否定していない。

 そして、それゆえの文化の特異さもまた必然であった。

 では女性だけの町に適応しやすいのはどんな住民か、そして渇望するのはどんな住民かと言うと、これははっきり言って噛み合いにくい。女性だけの町はこの町を求める存在に対し寛容であるべきだと言う意見は絶えなかったが、その支持者がJF党に賛同してしまったせいでどこかタブーのようになってしまい現在では拡大派である女性党さえもその事について触れようとしない。それだけでもJF党の罪は重い。




 それはさておき、この自称未亡人とでも言うべき女性は、彼にとって初恋とでも言うべき存在になってしまった。


 ひどく傷つき、守ってあげなければいけない存在。お互いを支え合うのが夫婦である以上、こんなに傷ついている存在を守らなくて何が男だと言う話である。

「病める時も健やかなる時も…」でもないが仲の良い両親を見て来た彼からしてみればあそこまで打ちひしがれていた彼女を支えたくなるのは自然だった。


 だからであろうか、ある時から彼女に一杯のジュースやお茶を渡すようになって行った。

「いいの?」

「何か疲れてそうですし」

「そっちだってお金要るんでしょ?」

「そっちだって」


 優しい言葉に甘えるように彼女はささやかな贈り物を受け取り、彼女も笑顔を返すようになった。その度に彼女は少しずつ明るくなった。

 明るさの中にあともう少し、もう少し頑張れば女性だけの町へ行けると言うどこかあった辛さがなくなり、今現在のこの時間を楽しめるような余裕が出て来たとも言う。



「で、すっかり夢中になってしまって」

「今でも大事な事はそっちのけでそのアニメについてのおしゃべりばっかり。夫もちっともとがめないでむしろ私が過剰反応だって」

「あの、近所の人たちは」

「駄目。みんなよくある事としか言わなくって、いい年してそんな事をやってるのが恥ずかしくないだなんて本当にもう情けないと言うか何と言うか……」



 始めた時はあまり物も言わなかった彼女が彼にだけはおしゃべりになると言うか愚痴をこぼし彼もそれを受け止めていた事もあり、彼の存在は店の中でも大きくなった。彼の来ない日は彼女は休み時間になるとスマホを握って離さず、彼の存在が大きくなっていると思わせるには十分すぎた。


 素直な彼は彼女の言葉を真剣に受け止めるようになり、彼女とどんどん近しくなって行く。


「それで…」

「最近ようやくやめられるようになったけど、ついこの前までは精神安定剤毎日飲んでて。まあお酒二杯って書いて精神安定剤って読むんだけど」

「そうですか、本当子育てって大変なんですね」

「そうね。出来ればでいいけど、その苦労を分かち合ってくれるような人になってね。私はその点失敗しちゃったから。あ、子どもにもね」

「そんな!」

「ううん、あの子にはダメな物はダメ、是々非々って概念を教え込む事が出来なかったの。だからあの子は道を誤っちゃって、今はいいかもしれないけどその先の事を思うと悔しくて悲しくて情けなくて、私は結局逃げちゃったの」


 皴も白髪も隠そうともしないままうつむき、自分の失敗譚を話す。時に不寛容だとか言われようが言うべきを言うが親の役目であり、それを怠った結果が今の自分であると言う嘆き。表に出る訳ではないせいか顔もほとんどすっぴんであり、肌も荒れている。服は制服ではあるがどこかよれており、足元も実用一点張りのそれでとても学生である自分と差を感じさせない。

 そして仕事に真面目なのはなぜか—————それらの事から、彼は彼女の年齢を勝手に弾き出していたらしい。




「息子は失礼ながら彼女を五十代前半、彼女の息子さんを二十代後半ぐらいだと思っていらしたようです。そして彼女の息子さんはいわゆる引きこもりであると勝手に定義されていたようです」


 実際の年齢を聞かされた時には彼自身何も言えなくなり、あわてて彼女の両親に連絡を取ってその年齢を聞かされて自分の見立ての誤りに気付いたと言う。ちなみに彼女の両親はその時どっちも七十一歳であり、彼女の兄は四十四歳であった。

「もしかしたら彼女は逆サバを読むためにああしていた…と言うのは言い過ぎでしょうが。私もバカだったんです。別に興味がなさそうだからそうしていただけだったんですが…」



 小学四年の時から塾通いし、中学・高校とトップクラスの成績を得て国立大へ入学。

 それこそエリートコースをたどり、その流れのように初めてのバイトとなった二十歳の青年。

 それが彼だった。

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