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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第七回 それでもボクはやるしかない
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支えたいと思わせる女

「おはようございます」


 その日もまた、彼は弁当屋に入って来た。



 その青年は、二十歳。弁当屋と言う何とも女性が多そうな職場の中で珍しく男性であり、また極めて真面目な勤労学生でもあった。

 勤労と言ってもアルバイトではあるが、それでも将来は中央官庁に勤めるべく真面目に励む青年であった。


「あらおはよう、今日も元気そうね」

「ええ。よろしくお願いします」


 元気に声を上げる彼はその中身にふさわしく眼鏡を輝かせ、早速弁当を運ぶ。

 女が多いと言っても男手は必要であり、彼はテキパキと弁当の入った駕籠を運んでいた。

 とても初めての仕事とは思えないほどの働きぶりであり、同じ店の女性たちの顔をほころばせていた。




 彼がここでのバイトを始めたのは二十歳になってからであり、と言うか二十歳になったのをきっかけに何かやってみるとかとばかりに応募したのがここだった。将来の夢とは関係なくとにかく働く事の意味と賃金をもらう事の重さを考えねばならぬと言う理由で応募したバイトに受かった彼は週三でここに来ては、毎朝四時間ほど出来上がった弁当を運んでいる。もちろん午後からしか授業のない日とイコールであり、バイト日は毎朝まかない弁当を食べては学校へ行き少し休み時間が取れるとスマホで動画を見るでもなく教科書を取り出して勉強する彼。

 まさしく、理想の息子であった。


「真面目なのね」

「当然の役目ですから」


 真っ黒な髪の毛に細身の顔。怠慢と言う言葉から最も遠い所にいそうな立派な姿を見せられて魅入られない女性は少ないだろうと言われたが、実際確かにこんな子供ならば母親は苦労などしないだろうと思った。

 だから、普段からあまり人付き合いのない彼女でさえもフレンドリーに話しかける事も出来た。


「それであなたは何になりたいの?」

「中央省庁に勤めたいと思ってます。でも駄目なら市役所とかでも、とにかく公務員になって親を安心させたいんです」


 公務員と言う名の安定職に就き親を安心させる。これまた実に親孝行だ。その言葉を聞いた彼女は、いつの間にか涙を流していた。

「どうしたんです」

「いえ、どうもしないけど…」

「ならいいんですけど…」

 決して必要以上の事に踏み込もうとしない、その姿勢もまた好感の持てるそれであった。

 だが、彼女が話したがっている場合は別である。


「私にも男の子がいるんだけどね、いやいたんだけどね……」

「え!」

「死んでないわよ、別れただけ。その子がもうアニメばっかり見てすっかり勉強をおろそかにして、もう他の事なんか何にも興味がないって感じで」

「そうですか…それで」

「もう手に負えないって事で別れたの。今は夫が面倒を見てるけど、あんなになっちゃった子を抱えて生きて行けるのかしら…………」


 彼女は心底から失望したような顔になりながらも、どこか顔がほころんでいた。

 ああ、だからここに帰って来たんだなと店長からある程度の情報を得ていた彼は彼女についての人物像を完成させた。

 

「僕にできる事は少ないと思いますけど」

「ありがとう、優しいのね。でも私、来年三月いっぱいでここからいなくなるから…あなたはどうするの?」

「少なくとも今年いっぱいぐらいまでは一緒にいると思います。その後は大学の授業の日程次第ですね。ああ二年生いっぱいはここでお世話になるつもりです」

「そうなの。でも大変なんでしょ、中央省庁に勤めるのって」

「ですから勉強は怠らないつもりです、と言うか小学生の時からそのつもりだったので」

「ああ、羨ましいわ……」


 彼女は本当に、心底から羨んでいたらしい。

 気持ちは私だって重々わかるが、彼女の場合は異常だったかもしれない。



「あの子がそう育つかもしれない可能性はあるだろうって話ですよね」

 彼女の母親に言われたように、彼女の息子が立派な官僚様、いや立派な社会人に育つ可能性は決して低い訳ではない。だが彼女は自分の息子の事を半ば捨てたとは言えかなり卑下しており、どうせ真っ当に育つ事はないと半ばどころか完全に諦めている風情だったと言う。

 そんな風に人生に絶望したような女性と言うのは、ある意味魅力的なのかもしれない。


 そして彼は、その時まで異性との付き合いをした事がなかったのである。

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