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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第五回 同人誌即売会
47/96

「みかじめ料」

「現在の女性だけの町ではまだ私のような女性の立場はありませんか」

「ないと思います」


 生まれた時から立ち位置は決まっているとか言う話はもちろんない。

 だがそれでも誰もが自分が支配層の側に立ちたいと言う欲望を持ち、そしてそれを叶えられるのは少数である事を知っている。その事を知ってしまうのが大人と言う物であり、その大人達から見れば「女性だけの町」と言うそれも十二分に幼児的万能感のシロモノ——————————より分かりやすく言えば甘い夢だった。

 もっとも彼女たちはその甘い夢を現実にしてしまうほどの努力を持って成就したのだから云々言われる筋合いはないし、それ以上に立派な少数の支配者層だった。


 そう、甘い夢を現実に変えた。


「実は取材に当たってそちらの作品をネット上ではありますが一読したのですが、正直あれは女性だけの町では18歳以上でも怪しいですね」

「はは……」

「やり方が現実に妥協するに値するそれになっただけで思想信条は変わっていません。やっぱり、敵を倒すのってカッコイイんですよ」


 鎌倉幕府にせよ、室町幕府にせよ、江戸幕府にせよ「征夷大将軍」と言う存在を頂点において行政を執り行っていた。

「征夷大将軍」と言うのは「夷敵」を討つ時の総大将と言う意味であり、そのための軍勢を率いると言う名目を持って国を治めていた。武士と言う名の軍人が総大将であり支配者階級だから当然と言えば当然だが、それらの政治が全て少なくとも100年以上継続したのは歴史的事実だ。その「夷敵」はどこだよと言う話だが、この際そんな事はどうでもいい。どうでも良くても治まってしまったのがそれらの時代である。

 もちろんそんな古臭い政治をと言う話ではあるが、とにかく敵を作るのは非常に都合がいい。虚構だろうとなんだろうと、敵がいればそれとの戦いと言う名目で強引な政治もできるからだ。 

 小学生の時代から逮捕・拘留可能、絵本だけで三種類、出版規制もかなり厳格、電子ゲームも遥か原始時代のようなそれだけ、そして第二次産業絶対主義とでもいうべき経済状況。いくら民主主義ありきとは言えそこまでの政策を二大政党が共に変える気がない事自体、「自分たちが好かない物を好む連中」と言う存在への対抗意識の為せる業だ。

「じゃ私小学校時代にとっくに捕まってますね」

「暴力行為をしなければ大丈夫ですよ」

「あ、まずこうなってませんね」

 女性だけの町で生まれたり育ったりした人間がもし外の世界にいたらどうなったかと言うタラレバ論に意味はないが、少なくともトムトムさんが現在のトムトムさんでなくなった事は間違いない。



「しかし人間って、自分が正しいと思った事のためになら町一つ平気で作れるんですね。私なんか薄っぺらい本を作るのが目一杯なのに」

「正義はこの世でもっとも強力なエンジンだって言いますけどね」


 それが本当に正義なのか、もしかしたら途中から意地とか憤懣とかその手の類なのではないかと疑う事もあったが乗り掛かった舟であるとばかり一本一本ネジを締め、アスファルトを敷き、ブルドーザーも動かした。多くの女性たちが死に、あるいは逃げ出し、何度所詮は机上の空論だと笑われても物事を成し遂げた。

 そこに、彼女たちが信ずる「正義」があったのは間違いなかった。そしてその「正義」は勝利したのだ。

 だがその彼女たちの正義は彼女たちの正義であって、女性全ての正義ではない。その事を先刻承知とばかりに女性だけの町の創始者たちが振舞っていたが、そうもいかない女性たちは全く少なくなかった。


「第一次大戦の末期から終戦直後、そして第二次大戦の最中から今までずっと、コミケの主催者一同は警備員の給料と言う経費に頭を悩ませて来ましたと聞きます。第一次大戦末期のあの事件により真っ当な参加者たちさえも本当の刃傷沙汰の犠牲者になると思った主催者はあわてて警備員を増やしたそうです」

「私の知る限りでは実際に襲撃事件はありませんでしたけど」

「正直それだけでも十分な成果だったのでしょう。主催者の財布に打撃を与えイベントの開催を困難にすれば…ああ、まるでみかじめ料ですね」




 みかじめ料。




 その時ぱっと出て来た言葉だったが、これほど適当なそれもないように思えた。

 

 それこそ、コミケの主催者のみならず彼女らが狙いを付けたあらゆるコンテンツが払うように迫られた金だった。


 彼女たちに噛み付かれないように表現を歪めた結果収入を落としただけでもそういうお金を失ったと言えるし、それをやらずに噛み付かれて業務に支障が出ればまたしかりである。


 と言うか、この場合「金も出さずに口だけ出す」ではなく「口を出して金を奪う」だからスポンサーとしては最悪の上の最悪であり、味方に付けても絶対いい事のない極悪な存在である。


「アッハッハッハ……」


 トムトムさんはお酒を飲みながら苦笑いしていた。

 ぶっちゃけた話似たような極悪スポンサーの類似品は山と居るが、敵対組織を合法的に奪い取ると言うより滅ぼすほどの凶悪さは持っていない。自分の都合の良いように、自分に金が入るようにするのが目的だから滅んでしまっては困る。

 だが目的が思想信条しかない場合、そこには何も残らない。

 あるいは自分たちのユートピアをたやすく手に入れようとして今ある豪邸を手に入れ建て替えようとしているのかもしれないが、豪邸を維持するノウハウなど持たない以上あっと言う間に朽ち果てる。その結果次の…となれば世界は荒れ果てるし、途中であきらめたとしても勝利者ゼロと言うこの世で一番虚しい結末になる。

 戦争の無意味を語るにはあまりにも痛々しい話であり、人類がいくら繰り返しても学ばないと絶望を深めるには十分すぎる事実だった。

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