「萌えるゴミ」
スーツ姿でやって来るそのお客様が、トムトムさんの同人誌を手にした事は一度もないらしい。
毎年、と言うか年二回のコミケの会場にやって来て、混雑しきったブースを回るだけ回り、他の誰にも声をかける事はなく何冊か買って行く。
そんなお客様が、毎回数名いるらしい。
「スマホとかで連絡を取り合って買ってるみたいなんです。まあ私のを求めてくれるのお客様の中にも三冊とか四冊とかいっぺんに買って、後で山分けするとかありますけどね。サラ金とか呼んでる人もいますよ」
コスプレイヤーが山と居る中で逆に目立つそのビジネスマン風の女性たちは、今やコミケ名物のようになっているらしい。写真撮影などを求める参加者に対して彼女たちはまったく塩対応であり、「目的」に向かってただただ進行して目的を達成すると帰って行くと言う。
そんな仕事ぶりと格好から、サラ金とか言うあだ名がついているらしい。サラリーマン金融の事でないのは間違いないが、そんな存在がどうしてそこに来ているのか、あまりにも不自然だ。仕事帰りとか言うにしては妙に整然としており、浮かれ上がった所もなくきっちり「仕事」をする。
「まさかと思いますが同人誌を買うのが仕事とか」
「ええ。予約とか通販で買う人もいますが彼女たちは直に来ます。もういい加減わかってるのにとか言う人もいますがそれが彼女たちなりのスタイルなんでしょうね。最近じゃ彼女たちのコスプレと称してスーツ姿で来る人もいますから」
「それは……」
コスプレがキャラクターへの愛情を示すと共に目立つためにやる物だとしたら、彼女たちは甚だ不可思議な存在である。
で、一体彼女たちは何を買うのか。
「トムトムさんのは買わないんですか?」
「買わないですね。それほど決まってはいないんですが、基本的に全年齢対象の、なんてことはないイラストだけのコピー誌が多いようです」
「イラストだけですか?」
「ええ。ただしポーズ集とかにはこだわっているようです。あとセリフ集を買って行った事もあるそうです」
「ポーズ集とセリフ集?」
その二つの単語から、なんとなく女性だけの町にある施設の事を思い出した。
アングラ施設。
そういう所で非常に多い「美少女」をぶん殴ってストレスを発散すると言うとても大っぴらに言えるようなそれではないブラックなエンタメ施設。そこで使われている少女たちのネタとして、おそらくここで買われた代物が使われているのだろう。
実際問題、同人誌は安い。厚さと言うか薄さ相応の値段ではあるが、そういうアングラ施設に使うのだからその程度で十分なのだろう実際。
そしてコミケの参加者たちも、その事はわかっているらしい。
「萌えるゴミなんていう本もあっちこっちでありますよ」
「萌えるゴミ」。
「燃えるゴミ」ではない、「萌えるゴミ」。
それこそ、いわゆる萌え要素をかき集めたようないかにもなイラスト集。
それ以外にもそれっぽいフレーズが詰め込まれた漫画やシチュエーションコメディなど、多岐にわたる「萌えるゴミ」なる同人誌が出されているらしい。
もちろん18禁もあるが、全年齢対象も少なくない。
そのため昨年から、「萌えるゴミ」専用ブースなるものまで出来たとか言う。
まあ実際私の所も萌えるゴミなんですがねと自嘲するトムトムさんだったが、蓼食う虫も好き好きである以上何がゴミで何が宝かは手にした人間が決める。
ちなみにトムトムさんの本が手に取られた事はないと言う。
言っておくとトムトムさんの作品は人間的なそれはトムトムさんのそれの生き写しだと言う存在しかおらず、それがいけないんですねと自嘲していた。
そう、彼女たちが求めるのはいかにもな美少女美少女したそれである。
同じ漫画のキャラクターでも三頭身四頭身ないかにも可愛らしいそれ、と言うか動物系のそれには目もくれないらしい。実際私もそのアングラ施設に行ってみたが、用意されているそれにこんな可愛らしい頭身のそれはない。
だからと言う訳でもないが、その「萌えるゴミ」と言うコーナーのそれは投信の高いキャラ、と言うか意図的に頭身を高くされたようなキャラクターが多いと言う。これは無茶と言うべきそれであり、元々のデザインがその頭身で完成しているのをわざわざ崩すような物であり二次創作だとしても構わないらしい。
そんな商品を、当然ながらと言うべきか彼女たちは買わないのだ。




