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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第四回 史上最悪の手段
38/96

それ以上の意義はないのに

 ————わざとらしく漫画のネタを模倣して子どもたちを傷つける。


 そんな痛々しい事件は、だいたい彼女に取材していた時期に起きたその一件がほぼ最後だった。

 その時期になると年一回ぐらいのペースで起きていたそれがなくなり、ある意味平穏になった。




 そしてその一方で、彼女はなおさら孤立を深めていた。


「何やってるんだ」

「ただのXよ」

「にしてもそんなに使う事があるのか」

「ちょっとうるさいんだけど」


 日曜日に夫に掃除をさせ、自分はソファに寝そべりスマホを叩く。


※※※※※※

●月23日(日曜日)

石ころ 9:06

男はみんなオオカミであるとか言いますが違いますね、男はみんなウサギですね

いずこのどこかさん 9:07

ウサギは弱いからいいんです。人間の強さでそれをやったら人口爆発を起こします。なればこそ女が男の手綱を握り性欲を抑制すべきなのです

石ころ 9:07

ですがその結果があれでは

いずこのどこかさん 9:08

暴力で世を動かせば暴力でやり返されます。あくまでも言葉で戦うのです

石ころ 9:08

言葉でも納得してくれないならばどうすべきでしょうか

いずこのどこかさん 9:08

諦めてはなりません。必死に訴えかけるのです

※※※※※※




 そして、彼女は夫にすら平然と嘘を吐くようになった。


 これがXではなくLINEであるのはともかく、夫を含む家族などいないグループLINEだった。




※※※※※※

石ころ 9:10

訴えかけましたけどあーはいはいわかったわかったで終わりました。職場でも、PTAでも

三者三様 9:12

真剣に、はっきりと、申し上げたのですか

石ころ 9:13

はい……!だって言うのに返事は「あなた、疲れてるのね…」だけでした……。

いずこのどこかさん 9:14

偽善者としか言いようがありませんね……

石ころ 9:15

その時は一瞬癒されましたけど今思うとどこか、いや完全上から目線ですね、アレ…………!

※※※※※※




 実際、彼女はXを始めてからの三週間、取り分けこの一週間で癒されると同時にこの上なく疲弊していた。


 Xで味方を得た彼女はここぞとばかりに自分を責めて来た存在に殴りかかったが結果は惨敗であり、それで気力をどんどん削がれた。夫と息子にはまだ言っていないが、それでも勇者の冒険譚はゲームオーバーを幾度も繰り返し、立ち上がる気力すら失せ始めていた。経験値もお金も得られず、幾度も敗北したと言う記録だけが重なって行く。

 出会う存在全てに喧嘩を吹っ掛けては殴りかかり、その度にかわされるか殴り返される。そんな無謀な存在を見つめる他者の目は冷たくなり、それがなおさら勇者の闘志を煽る。

 夫も息子も、自分が未だ不干渉状態である事を盾にNPCの如く必要最小限の事しか言わずに通過する。そしてその事を彼女は咎めもせず、スマホの中の味方に依存する。




※※※※※※

石ころ 9:16

それにしても…なんであんなのにみんな夢中になるんでしょうね。品がなくて汚くてくだらなくて、どう考えても教育に良くないのに……って言うかスマイルレディーってどうしてはやらなかったんでしょうかね……

三者三様 9:17

その事を聞いたんですか

石ころ 9:18

聞きましたよ、したら「面白いから」って。私は面白くないって言ったらそれは個々人の問題だと!と言うか面白くするためにやってるのに何が悪いのかって

いずこのどこかさん 9:19

金銭欲と名声欲に限りなどない物ですね……

※※※※※※




 面白いから。

 


 本に限らず創作物はそう思わせる事が至上命題である。


 無論おかしいとか滑稽とか言う意味ではなく、知りたい、やりたいと思わせる事だ。実際私の本だってたまたま面白いと思ってくれたから売れただけであり、現在ではその面白さがなくなったせいか中古書店に山積みになっているのだろう。

 そしてその面白いと思わせるために、日々何百万人、いや何千万、否何億単位の人間が鮮血を注いでいる。


 と言うか、物を作る人間にとっては共通の命題である。

 食事なら美味しそう、服なら着てみたい、車なら乗りたい。

 それを放棄しろと言うのは、それこそ製作者に対して失礼な話である。

 お前のは魅力的過ぎるから魅力のない物を作れなどとか言う注文を受けるようなケースがあるとすれば、値段が高すぎて手に入らないので安い物を作ってくれとか言う話ぐらいしかない。もちろんそれとて「値段に釣り合う魅力がない」と言っているのとほぼ同義語であり、値段に比して魅力がありすぎるから悪いとか言う話は私の知る限り他のどこにもない。







 で、なぜ私がそんな事を聞き出せたかと言うと、「私も女だったから」でしかない。



 何度も取材に応じてくれた彼女はその度に愚痴を吐き出し、その時にこの事も話してくれた。男と漫画家と言う人種への恨みつらみを吐き出しながら、大衆居酒屋を貸し切ったかのように泣いていた。


 彼女はその時既に工場もやめ、さらに夫婦である事も母親である事もやめていた。


 だが自ら全てを投げ打ったと言うのに、泣き終わった彼女の顔はやけに明るかった。


 何もかも解放されたような顔をしていた彼女とは、この時が最後の出会いになると思っていた。

 いや、実際最後の出会いだったのだが、私は結局彼女にもう少し携わる事となったのである。

その彼女の話はしばらく後で。

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