誰もが「女性だけの町」を飼っている
「いずこのどこかさん
やはり、そう思いますか。私もあまりにも過激な表現に辟易していたのです」
誰も自分の苦悩を分かってくれない中、ようやく出会った存在。元から自分の憤懣をぶつけるためだけだった存在のアカウントを、たまたま見つけてくれた。
「石ころ
そうですか…いくらやってもだれも分かってくれずそれどころかネタにされる有様で……」
希望を見出した彼女は、バイトの休み時間をいい事にすぐ返信する。
「いずこのどこかさん
本当、参りますよね……今回など町を爆破までするなどそれこそ人的被害をびた一文考えていない。ただ爽快なだけ。これを見て子どもたちが戦争に憧れたらどう責任を取るのでしょうね、作者もテレビ局も!」
先週の内容を、正確に把握しているからこその返答。自分だってそのシーンにいつもとは別の意味で胃が痛くなり、よそ様の子どもたちがこれを嬉々として見ているのかと思うと情けなくなった。もし自分に権力があれば誰にも見せないようにしたいとか思いながら新聞を見ると、スマイルレディーの文字がない。元から十二話完結とか聞いていたが、まだあの第一話からふた月も経っていないはずだった。
「石ころ
そう言えばあのスマイルレディーってどうしたんでしょうね」
「いずこのどこかさん
ああ、何でも四話で打ち切りになったとか。視聴率とかって数字のせいでね。でもひどいとこだと一話で終わったってのもあるらしくて、それもやっぱり視聴率だとか。ああカネカネカネの商業主義!」
確かにそうだ。視聴率とか言う数字のためだけに子どもたちを犠牲にするなど、どれだけ汚い大人の集まりなのか。そして視聴率の高さはスポンサー収入とイコールであり、文字通りの拝金主義。
「石ころ
テレビ局と言うのは私企業であると同時に公共の存在でもあるはずです。それが私利私欲に走るなど情けなくないのですかね」
「いずこのどこかさん
本当、視聴者の事を金づるとしか思っていないのですね。それで自分たちがどう思われているかなど考えもしない。本当嘆かわしい事この上ないですね」
楽しい。実に楽しい。
彼女とXで話していると、あっという間に時間が過ぎて行きそうになる。
「石ころ
すみません、休憩が終わるのでこの辺で」
「いずこのどこかさん
失礼しました。ではいずれまた」
「いずこのどこかさん」をフォローした彼女の顔から、険が取れていた。
自分は独りぼっちではない。味方がいる。それだけで気持ちが楽になる。
間違いのない事実だった。
そのインターネット上の友人とXをする事三日ほどして、夫にも息子にも優しくなれた彼女に向かって、夫もまた笑顔を返す。
「新しい勤め先はずいぶんと楽しそうだな」
「まあね。何も考えなくていいって楽で」
「そうかあ、こっちは肉体以上に頭脳も疲れるよ。息子もどうだ」
「最近は少しづつ元気になってるわ。少しずつ友達もできたみたいで」
「それは何よりだな…」
文字にすると点三個ほどの余韻。
もし彼女の心がXを始める前と同じぐらい張り詰めていたら気付けたかもしれないその点三個に、彼女は気付けなかった。
「で、だ。お前聞いた事あるか。まああるだろうけどな」
「何をよ」
「女性だけの町って。そこには本当の本当に女性しかいないんだぞ。まあそれこそ、俺達が息子と同じぐらいの年に出来たんだよな」
「そうだったわね。テレビとかでもやってないし忘れかかってたわ」
「でさ、うちの同僚の娘がそっち中学出たらそこで暮らしたいってさ」
女性だけの町で暮らしたい。そう望む女性は、先にも述べたように少しずつではあるが増えている。彼女の側にも、そんな存在が近付いて来たのだ。
「そこってどうなの」
「何でも女だけで結婚して、女だけで子どもを産んで、女だけでビルを建てて水道管を直して…男が絡むのは物の取引だけだ」
女性だけの町の認知度が高くなるのは、三十代以下だと言うデータもある。
私は今先に登場した彼女の先輩ママと同じぐらいの年だが、専門家でいられるのは私がそれで飯を食おうとしているからである。そうでもなければ、そんな異世界にわざわざ興味など持たない。
そう、一定以上の年齢の存在からしてみれば女性だけの町は「異世界」なのだ。
「そこってテレビに出て来るのも女性なの」
「そうだ」
「子どもも全部女の子なの」
「そうだ」
「もしかして男だったのが性転換して」
「それはダメらしいな。そこんとこ厳しいもんだよ」
学校教育に載せるのはまだ未成熟な存在だったとは言え、同級生たちの間でもそんな場所があるのかと好き勝手に想像されただけの世界。
時あたかも「第二次大戦」の最中でありニュースとして入って来る事はあっても「ああそう」だったり「大変なんだな」だったりで終わった世界。
ごくまれに離婚した親を持つ同級生の子とかが女性だけの町に移り住んだとか言う話はあったが、そうでもない限りは遠い異世界。それゆえに、まだまだ認知度は足りなかった。
だから先生の本は売れたんですよとかお世辞を言ってくれた編集者さんには頭が上がらないが、それでもその事が彼女にとって良かったのか悪かったのか、その問題の答えは私も含め誰も持っていない。まったく難儀極まる問題である。




