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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第四回 史上最悪の手段
29/96

ビクビクおばさん、略してBBAと呼ばれて

「あいつ、あんなBBAが母親なんてかわいそうだったよな」



 BBA。



 ネットスラングの一種で婆《BABAA》と言う意味だが、彼女はその時まだ三十五でありそんな風に言われる歳ではない。ずいぶんな話だと思ったが、その彼曰くBBAとは婆の事ではないらしい。

 じゃあ何なのと聞くと


「ビクビクおばさんの事だよ」


 ビクビクおばさんの略らしい。




 —————ビクビクおばさん。




 おばさんと言うのもそれなりに失礼だが、同学年の人間の母親の年齢はだいたい自分の母親の年齢と≒だから伯母および叔母(小母ではない)と言うのはそれほど不自然な年齢でもない。

 そしておばさん=auntと言う事でか、略して「BBA」らしい。四文字略語と言う事で「ビクおば」とか言うのもあるらしいが、いずれにしても褒められるような言葉ではない。


 で、何にビクビクしているか。皴か、白髪か、シミか、それとも家計か。

 いやそれなら、私を含めみんなビクビクしている。私だってこの年になるとそれこそ化粧品を肌に塗ったくりすっぴんなど家以外で絶対に見せない事にしているが、そんなのをわざわざ強調したりしない。ましてや私に「ビクビクおばさん」の言葉を教えてくれたのは小学四年生の子であり、そんな風にわざわざ言い出すとは思えない。


 では、そのビクビクしている対象は何か。







「子どもたちは元気ですね」

「元気って、それだからいいんじゃない。それにしても、本当なの」

「ええ……」

 スーパーマーケットで働いていたその「ビクビクおばさん」は、レジを叩きながらため息を吐いていた。

 土曜日午後と言う事もあり、お菓子を買いにやって来る多数の子どもたち。いくらですかと無邪気に聞く子どもたちの多くが、親のしつけでもないだろうがきっちりとカバンを持っている。同調圧力のせいかレジ袋代の3円が惜しいせいか、実に良くできている子どもたちだった。

 本来ならばほほえましいはずだが、彼ら彼女らを眺めるレジ係の女性の顔は冴えない。仕事に追われるでもない昼下がりなのに、まるで数十連勤しているかのように目の焦点が合っていなかった。


「実はお金が…」

「もしかして工場で軽作業とか」

「そうなんです。その方がお金も入りますし。と言うか皆さんを決して嫌っていた訳じゃないんですけど、いや本当に、ですから……」

「そうですね、少しでも多いに越した事はないですからね、お金なんて」


 早口になりながらその理由を話す彼女に対し、仲間たちは適当に話を合わせるのがやっとだった。単純に何十連勤するような目で仕事場に立つ人間など、客にも同僚にも重たくて仕方がない。その言葉には噓偽りはなく誠実ではあったが、逆にその誠実さもまた問題になっていた。

 仕事を遊び半分でやるなとか言うのは正論だが、それでも彼女の仕事は常に鬼気迫っており、とてもパートと言う名のそれには思えない。当初は品出しであったがあまりにも激しいやり方からいつの日か同僚から敬遠されてレジ係に回され、ここもまたこのままの調子なら後ろで食材をさばいて総菜を作る係に回される所だった。いっそ万引きGメンでもやったらと言う軽口もあったが、それをやるには彼女の存在感は重すぎた。抑止力になるならいいじゃんとか言う話ではなく、まともな客も来なくなりそうだと言う悲しいながら説得力のある論旨に封じ込められてしまった。


(いったい何を考えているのかわからない人……)

 

 それが同僚と言う名の近所のママさんたちの評価だった。休み時間になると談笑もせずにスマホばかり見て、少し笑顔を浮かべる。スマホゲーですよと言ってはいるが、信じる人間はいない。たまたまのぞき見した同僚女性がどう見てもゲームには見えないそれを見てしまって目を背けてからは、もう誰も彼女のスマホを見ようとしなくなった。そして彼女自身も、それを是としている様子と分かってからはすっかり孤立してしまっていた。


 何をそんなにピリピリしているのか。そんなに張り詰めた所で給料が上がる訳でもないのがパートタイマーであり、ましてや接客業である以上そんなに鬼気迫る姿をしている必要がないどころかマイナスなのはわかっているはずなのに。


 そんな不出来な人間など、この職場においてははみ出し者だったのだ。

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