表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冷えた棺桶で、調味料に抱かれて私は眠る

作者: 江戸前餡子

 冷たいルビーに包丁を入れる。

「つべてぇ~まだ慣れないなぁこの冷たさは……」

 指先で抑えながら切ってく俺に、「なあなあ、今日親方見た?」なんて先輩の島津(しまず)さんは頭にタオルを結びながらやって来た。

「そういえばいないですね、大将なら知ってるかもしれませんよ?」

 親方が居るのに何で大将が居るのだと、皆は思うだろうが、親方は、風貌が相撲部屋の親方に似ていたからそう呼ばれているだけで、実際は秀夫という名前だ。俺が入社した時から、親方と呼ばれていたからそれに馴染んで苗字は忘れてしまった。

 大将はその名の通りお店の大将で、いわゆるボスだ。なんでも変わり者で――

「大将かぁ……肉を寝かしてる時の大将は見たくねえんだよな」

「分かります、あの独り言はキモイですよね」

 島津さんは何度も頷く。

 そう、うちは有名な唐揚げ屋なのだが、唐揚げ用の肉を漬ける時いつも「店の役に立てよな〜」「お前が休みたいって言ったんだから、ぐっすりと寝てくだちゃいねぇ」なんて言っているのだ。だが、俺たちがヤバイと言っているのはそこではない、肉をあたかも人の様に()()()()と言っている所である。これは俺達の前でもそうで、この店のルールでもあった。

その馬鹿げたルールが張られた張り紙を横目で見る。

《肉の事はお肉さんと呼ぶこと!》

「でもあれだな、肉は寝れて俺達は寝れないなんて皮肉なもんだな」

「肉屋だけにっすか?」

「上手い事言うねぇ、って違うわ!よく考えてみろ、仕事が楽だからか休みないだろ?」

 確かに。

「俺達も寝たいものだよな~」

「別の曜日に来てるハルさんに聞いたことがあるんですけど」

 大げさに周囲に誰もいないか確認してから、顔をズイッと近づけて「8()0()()()()()じゃなきゃ休めないみたいです」そう小声で言うと、彼は「マジか、まあハルさんが言うなら本当なんだろうな」なんて渋い顔をしながらも、あっさりと信じたようだ。

 ハルさんは、大将が店を始めてからの社員さんみたいで、彼女自身嘘をつけないし、つかない性格だから、ハルさんの言葉は神の言葉の様に皆直ぐ信じるのだった。

「そういや親方も90キロでしたっけ?」

「あ~そうか、なら今頃家で寝てるのかな?」

「良いなぁ〜羨ましいですね」

 給料は凄く良い、しかも正社員なのに勤務時間も短い、実にホワイト企業と言っても過言ではないのだが、やはりこうも出勤が続くとキツイものもある。たまには合コンにも行きたいものだ。

「島津さんならガタイいいし背も高いから意外と80キロかるーく行けるんじゃないですか?」

「まああと少しだな!一緒に筋トレしようぜ?」

 遠慮しときます……

 向かい合って肉を切りながら、他愛ない話をしていると、大将が「皆おはよー!」と七福神のような満面な笑みで階段を下りてきた。

「おはようございます大将」

 挨拶をすると「おう!おはようさん、そういえば今朝ニュース見た?」なんて俺の横にやってくる。

 今朝のニュースを話題に出すのも無理はない、何故なら――

「バラバラ事件ですか?あれ親方の住んでるアパートですよね、確か」

「そーそー怖いよね~まさかタッパーに人肉が……ねえ、彼が無事なら良いんだけれど」

 心配そうな声色の割りに、表情は満面な笑みだしお腹は鳴らすしで、本当に心配しているのかと言いたくなる。

 大将はため息を一つし、ぼんやりと前に居る島津さんを眺めた。島津さんも彼の視線に気づき「どうしました?」と苦笑いを一つ。

「津島くん結構筋肉ついてきたね、ボディービルダーみたいだ、今体重何キロ?」

 その問いに、休みたがっていた島津さんは「え?」なんて白々しく驚いたフリをしつつも、チャンスと言わんばかりにニヤリとし、「80っすよ」と嘘をついては「目指すは100キロっす!」なんて調子良く腕の力こぶを見せた。

「お~凄いねえ、そーかそーか80キロなのね」

 そう視線を天井に泳がせてから再び向き合い「まぁなんだ、休みたかったらいつでも言ってね、ゆっくり寝たいでしょ」そう言って、俺には「君はまだまだだね〜」なんて鼻歌まじりに自分の持ち場に戻って行った。

《バラバラ事件の新たな情報が入りました》

 キッチンに吊るされていたラジオから流れたその台詞に、今まで聞き流していたが、二人して目を合わせて意識を手元からラジオの方へやる。

《人肉はマヨネーズ•醤油・酒•生姜•にんにくで漬け込んであったそうです》

 すると再び、のそのそと大将が戻って来るなり「俺の包丁しらない?お肉さん切るのにはあれが一番良いんだよなぁ」なんてやって来た。

 島津さんは俺を見るが、肩をすくまたみせると「まあ知るわけないよな」なんてカラカラ笑った。

「でも珍しいですね、大将が包丁を無くすなんて」

「そうだよ〜料理人が包丁を無くすなんてシャレにならんのよ〜?」

 ため息を残して、やる気が無くなったのかお店の外へ出ていってしまった。

「バラバラ事件現場にあったりしてな!」

「だとしたら笑えないっすよ〜」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ