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2話 勇者、反省してやり直す (2)

妖精のライラとレイレイの姉妹は対称的な性格だった。


姉のライラは落ち着きがあり、知的な空気を漂わせて、本人曰く


「学問の神さま」


の雰囲気が無きにしもあらずだった。


一方、妹のレイレイにはまだ幼さが残っていた。


振る舞いや言葉遣いに無邪気な子供らしさが感じられ、たとえば宿に戻る途中に


「あ、あれっ!」


と、道で見かけたもの全てにレイレイは興味を持った。好奇心が幼児のように旺盛で、あれはなに? あれはなに? と私に聞いてきた。


「焼き菓子よ」


屋台に並んだお菓子の前で私は立ち止まる。


「食べたことないの?」


レイレイは姉のライラを見た。ライラは黙って横を向く。


2人ともダンジョンの外の世界をあまり知らないようだった。


「食べてみる?」


そう訊くとレイレイは首をぶんぶん振って喜んだ。




   ◇




宿に戻って自分の部屋に入った。


肩には妖精たちがちょこんと腰かけている。


帳簿と通路で宿の人間と顔をあわせたが誰も気づかなかった。どうやら私にしか見えない妖精のようである。


「個室なのね」


ライラが聞いてきた。


「うん」


「意外。勇者と仲間たちって一緒に雑魚寝でもするのかと思ってた」


ちょっと微笑ましいことをライラが言った。たしかに物語に登場する勇者とその仲間は大部屋で雑魚寝をしたり野宿をして夜通し語り合ったりするものだが


「長旅だから個室のほうがいいかと思って」


「ふーん」


ライラは納得したのかしてないのか、どちらとも取れる表情をした。


レイレイはベッドの上にぴょんと飛び降り、布団の上でばたばた飛び跳ね、キャーキャー喜んだ。


可愛いその姿を見ながら、私はライラに話しかける。


「仲間を誘って、みんなで食事に行こうかと思うんだけど」


「食事?」


「うん」


魔物退治を終えたあと、私が怒って気まずい感じになってしまったが


「一緒にご飯を食べてお酒でも飲んだらまた仲良くできるんじゃないかと思って」


ライラはまばたきをして、天井を仰いで、呆れたようにため息をついた。


「オジサンみたいな発想ね。先が思いやられるわ」


「ダメ?」


「ダメに決まってるでしょ。ちゃんと一人一人に向き合って丁寧にコミュニケーションを取らないと」


ライラの厳しい言葉にちょっと落ち込むと


「一緒にご飯を食べるの賛成なの」


レイレイが口を挟んできた。まだ幼いせいなのか語尾に「の」をつけてレイレイは話をする。


「美味しいものを食べればすぐに仲直りできると思うの」


「そ、そ…」


そうよね、と私が言おうとしたらライラが遮った。


「レイレイは黙ってて。大事な話をしてるんだから」


「私も大事な話してるの!」


「いいから黙って」


ライラにきつく言われてレイレイは不満そうに頬を膨らませた。


「アイリス。大事なことだからよく聞いて」


私の顔をじっと見つめてライラは言った。まるで学問の神様が出来の悪い生徒をマンツーマンで指導するかのようだ。


「あなたは王室に生まれて王女として大切に育てられた。そうよね」


「ま、まあ」


「使用人がいつも周りにいて、なんでも言うことを聞いてくれた」


「まあ…」


「だから人の心があまり分かってないのよ」


「そんなこと…」


そんなことないわ、と思わず反論しそうになった。王族出身者が苦労知らずで人の心に鈍感だというのは単純すぎる偏見だ。


そういう性質の人間がいないとは言わないが、王家に生まれた私は楽に生きてきたつもりは決してないし、人の心にむしろ敏感だったと思っている。


説明してもライラは信じそうになかったが、私の出自が色々とワケありだったため、周囲に気を遣う人間にならざるをえなかったのだ。


その辺の複雑な事情は父の若かりし時代に遡る。


国王だった父は皇太子の時代に異民族の娘と恋に落ち、結婚した。相手が辺境の弱小民族の出身だったため周囲から強く反対された。


しかし、それを押し切って結婚した。


間もなく産まれたのが一人娘の私だが、異民族の血を引くという理由で王族では微妙な目で見られた。


露骨に嫌がらせを受けることはなかったが、どこか居心地の悪さを子供のころから感じていた。


両親は私のことをしっかり愛してくれたが、父が王に即位して数年後、両親が相次いで流行り病で他界した。


2人とも30代の若さだった。


王位を継いだのは父の弟、私にとっての叔父だった。


叔父にとっての私の存在は、一言でいうなら厄介者だった。邪険にはできないが我が子より上には絶対に立たせたくない。そういう扱いづらい存在だ。


自然な成り行きとして王宮に私の居場所はなくなり別邸に部屋を与えられた。


王宮に比べて明らかに簡素な建物だった。


その簡素な室内で学問と武芸にひたすら励んだ。やることが他になかったのだ。


叔父の子供、つまり従兄弟たちは王宮で催される華やかなパーティを夜ごと楽しんでいた。そこに私が招待されることはなかった。


黙々と書を読み、武芸に打ち込む年月が過ぎていき、20才を超えた。


魔王討伐の話が出たとき、真っ先に私の名前が出た。武芸の実力が買われたのだが、それだけで選ばれたワケではない。別の理由があった。


叔父にとって、いい厄介払いのチャンスだったのだ。


討伐に成功すればそれでよし、仮に失敗して私が死んだら、それはそれでよし。


叔父のそうした思惑があるなかで私は勇者になった。だから必ずしも名誉の中での旅立ちではなかった。


しかし私は嬉しかった。


新天地で新たな人生が開けるような気がしたし、なにより仲間ができることを喜んだ。


ずっと独りきりが多かったので生まれて初めて他人と密な関係を持つのが楽しみで、一緒に旅をしながら大きな目標を達成することに胸をわくわくさせた。


きっと熱い友情が芽生えるに違いないと夢想した。


(それなのに…)


私は失敗してしまった。自分の振る舞いが原因で仲間から疎まれ、徐々に孤立し、最後はたった一人で魔王と戦う羽目に陥った。


……あれ?


過去を振り返って今さらながら気付いたが、ライラの言う通り、やはり人の心に私は鈍感なのだろうか。


生徒のつもりで素直に問うてみた。


「どうすればいいの。一人一人に向きあうとか、丁寧にコミュニケーションを取るとか、一体どうすれば」


「そうね…」


ライラは私の顔を見つめて


「まずは話を聞くところから始めようか」


「話を聞く?」


「頭ごなしに怒ったり自分の考えを押し付けたりしないで、まず相手の話を聞いてみる。それが第一歩よ」


「それだけでいいの?」


「は?……それだけって今言った?」


ライラは急に険しい口調になった。


「あなたねぇ、人の話をちゃんと聞くのがどれだけ大切かわかってるの」


小さな指の先端で私のおでこを突ついて


「話をしっかり聞いて共感する。それが人間関係の土台だからね」


「お姉ちゃん、うざっ、なの」


レイレイが口を挟んだ。ついさっきライラに黙ってるよう言われて不満そうだったが、その不満を晴らすかのように


「お姉ちゃんこそ自分の考えを押し付けてるの。アイリスの話をひとつも聞いてないの」


「は?」


「は?」


視線をばちばち交わして2人が睨み合う。喧嘩に発展するのは嫌なので、取りあえずこの場を収めようと


「わかった。話を聞くのが大事なのね。やってみる」


ライラの忠告を受け入れ仲間の話を聞くことにした。

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