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1話 勇者、反省してやり直す (1)

最悪の状況に私は追い込まれていた。こうなったのは、すべて身から出た錆であり自分の責任だ。


今さら後悔しても遅いが、王国初の女勇者に選ばれ、称賛されて慢心した。そして愚かにうぬぼれた結果がこの有り様だ。


魔王討伐の長い旅路が、最悪の結末を迎えつつあった。


「う…」


体力は残り少なく、立つこともおぼつかなくなっている。


私は死をまざまざと予感した。


グオォー


魔王が絶叫した。


ダンジョンの壁に絶叫がこだまする。


閉鎖された薄暗い空間に魔王と私だけがいる。


他には誰の姿もない。


単独で魔王に対するのが無謀な行為と承知はしていたが、勇者の使命は戦うことであり、逃げるワケにはいかない。


人間の数倍はあろうかという巨体を駆使して魔王は攻撃を繰り出してきた。私は必死に応戦した。


しかし、力の差は歴然だった。


無念だが、私は見事に打ちのめされ、大地にこうして這いつくばっている。おそらく、もう間もなく命は尽きるだろう。


(ああ…)


死ぬのは覚悟しているが、それにしても悔いが残った。


本当は仲間と一緒に戦うはずだった。


4人の仲間が私にはいたのだ。


しかし、その4人はこの場にいない。みんな私のもとから立ち去っていた。


なぜ。どうして。


自分に問うてみた。なぜ、みんな去っていったのか。


答ははっきりしていた。


私の器が小さかった。


それだけだ。


勇者として、リーダーとして、私には色んなものが欠けていた。


謙虚さ、配慮、思いやり


人として大事なものが不足し、人望を失っていた。


強ければいいだろうと横柄な態度を取りがちで、仲間の気持ちを考えることなく、自分の考えを押し付けていた。


コミニケーションを怠り、謙虚さも欠き、ときに尊大で、手柄を自分のものにしたがり…


そんな私が仲間に見放されたのは、ある意味当然のことである。


そしてその結果、独りで魔王と戦う羽目になり、命がここで尽きかけている。


悔いがもちろん残るし、できれば過去に戻ってやり直したい。もしやり直せるなら、もっと良好な関係を仲間と築いて、みんなで魔王との戦いに臨みたい。


しかし、後悔先に立たず。今さら考えても無駄なこと。


「わははは。憐れよのう」


魔王は私のことを嘲笑った。


「手下をまともに掌握できない人間が勇者を名乗るとは片腹痛いわ」


「…くっ」


ぐうの音も出ないとはこのことだ。


まったくの正論を、こともあろうに魔王に突き付けられ、さすがに泣きたくなった。


魔王は巨体を大きく反らせて勢いをつけ


「あの世へ行くがいい。これでとどめだ!」


そう叫んで火炎魔法を放ってきた。


ああ、死ぬんだなと覚悟した。業火に焼かれて苦悶する自分を想像した。


その時、視界の隅でなにかが動いた。


(ん……妖精?)


妖精のような小さな生き物が、すぐソバで、じたばたと動いていた。よく見ると1体ではなく2体いた。


ダンジョンを住処にする妖精だろうか。


よくわからないが、どうやら戦いに巻き込んでしまったようだ。


私は最後の力を振り絞り、2体の妖精を抱え込む態勢をとった。


火炎にさらされないよう守るためだ。


ゴー


激しい音とともに私の背中に熱波が押し寄せた。


意識が薄らぐなか、妖精とぴたりと目があった。




   ◇




見覚えのある街に私は立っていた。


石畳の道がまっすぐ目の前に伸びていた。通りをはさんだ両側にいろんな商店が立ち並んでいる。


(ここは…)


たしか、半年ほど前だと思うが、魔王討伐の旅の途上で、仲間と一緒に立ち寄ったテブリアという街だ。


どういうことだ?


私は自分の体を確かめた。死んだのではなかったか。


しかし、体には傷がひとつも見当たらない。


(ん…?)


左の肩になにかが乗っていた。


ふわふわしたそれは、妖精だった。


魔王との戦いのさなかに出現した2体の妖精だ。


2体とも人間の手のひらより少し大きいほどの身長で、少女のような顔立ちだった。肩口にちょこんと腰かけ、よく見ると1体はすやすやと眠っていた。


「187日よ」


起きてるほうの妖精が言葉を発した。見た目の可愛さに似合わず明瞭な声だった。


「やり直したいという気持ちが私の心に流れ込んで時間を飛び越えたみたい」


「え」


妖精は肩の上でぴょこんと立ち上がり、話をはじめた。


ぼんやりする頭で妖精の言葉を私は聞いた。混乱して状況が把握できないので黙って聞くしかなかった。正確に理解できたかどうか定かでないが要約するとこういうことだった。


妖精(名前はライラ。寝ているほうはレイレイらしい)は私と魔王が戦ったダンジョンで昼寝をしていた。すると、急に戦いが始まり、魔法の威力で壁が崩れて逃げ出せなくなった。


危うく巻き添えになって死にかけたが、私が庇ったことで命は助かった。


魔王のとどめの火炎攻撃の瞬間、やり直したい、という私の強い気持ちがライラとレイレイに伝わり時空を飛び越えた。


そして、今いるのは187日前。


なぜ187かというと


「この日がターニングポイント。その後を左右する大きな失敗があったからよ」


ライラは言った。


「覚えてる?この日にテブリアであったこと」


ライラには私の記憶の一部が流入しているらしく、過去について知っていた。


「テブリアで……?」


私は自分の記憶をたどってみた。


たしか、この街に着いた当日だったが住民から頼まれごとがあった。


近くの森で魔物が暴れて困るので、なんとか退治してほしいと懇願され、私と仲間たちで退治した。


思い出したままを伝えると


「魔物を退治して、その後にどうなったか覚えてる?」


「その後?」


ライラは背中の羽をひろげて、ふわっと宙に浮いた。そのまま羽をぱたぱたしながら私の顔の真ん前に移動した。


「言い争いになったはずよ」


「言い争い……あー、そういえば」


「魔物退治で予想以上に手こずって、仲間たちのことを非難したでしょ」


「……」


そうだ。思い出した。


予想外に魔物が強くて苦戦したのだ。


それでつい、街に戻ってから仲間のことを責めてしまった。


今になって考えると厳し過ぎたように思わないでもない。しかし私にも言い分はある。


「みんなが油断してた面があるから、しっかり注意しないと」


「それがダメなの」


「え」


「注意するのはいいわ。でも怒鳴るのは違うでしょ」


少女のような妖精にぴしゃりと説教され、私は言葉に詰まる。


「この日を境に険悪な関係になったのよ。わかってる?」


「うーん……まあ」


言われてみれば確かにそうかもしれない。それ以前も気まずい空気が生じていたが、この街で、より一層関係が悪化した。


ライラが言ったターニングポイントというのは、そういうことなのか。


「じゃあ、この街からやり直しましょ」


「やり直す?」


「そう。仲間との人間関係をしっかり修復するの」


人間関係を修復する…


できることならそうしたいが、一体どうすればいいのか見当がつかない。


そんな、こちらの気持ちを見抜いたのか


「まかせて。私が指導してあげる」


「へ?指導?」


「私たちがいたダンジョンはパワースポットだったの。学問の神様として私たちは信仰されてたの」


「学問の神様…」


「そうよ。だから何でも教えてあげられるわ」


ライラは、ぱたぱたと羽ばたいて、肩にちょこんと腰かけると自慢げに胸をはった。


私は色々と訊きたいことがあった。


でも、なにから訊いていいのか迷ってしまい、取りあえず


「なんで私のことを気にかけてくれるの?」


ちょっと間抜けな質問をした。


「なんでって、命の恩人だから手伝うのは当たり前でしょ」


「恩人?」


ダンジョンで火炎攻撃から庇ったことを言っているようだが、戦いに巻き込んだのはこちら側なので命の恩人などと言われるのはバツが悪かった。


「それともう一つ理由があって…魔王をなんとかしてほしいのよ。あのダンジョンは住み心地がいいけど魔王が根城にしてからもう最悪なの。だから勇者に倒してほしいの」


「それはもちろん」


「よかった。じゃあ宿に戻って今後の計画をたてましょ」


ライラがそう言うと、隣で寝ていたレイレイが、ふぁーと欠伸をして目を覚ました。寝起きでぼんやりしながら宙を見ていたが


「お姉ちゃん、ここどこ?」


ライラに聞いた。


2人は姉妹のようだった。

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