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神は一体どのような結末をお望みなのでしょうね?

何番煎じ?な転生悪役令嬢話ですが、思いついたのでさらっと投稿。


5/10 一部表現を修正しました!

5/11 誤字脱字修正しました!(ご指摘くださりありがとうございます)

「フランティーヌ・ジュピタル!今日をもってお前との婚約を破棄する!」


 今年一年の臣下の労をねぎらうために開かれる年末の王宮大夜会。

 参加者が出揃い宴もたけなわというところで、アルゼンバーグ王国の王太子バスティアン・オル・アルゼンバーグは父である国王が座している玉座の御前で自身の婚約者を呼び出し、婚約破棄を高らかに宣言した。

 バスティアンの傍らにはミルクティブロンドにアイスブルーの瞳が美しい女性が一人、彼に寄り添うようにして立っている。


「……バスティアン殿下。婚約破棄の理由をお伺いしても?」


 まるで辱めを受けるような状況にも関わらず、婚約破棄を突きつけられたフランティーヌは煌めくプラチナブロンドの髪を靡かせ、宝石のようなルビーレッドの瞳でしっかりと前を見据えながら背筋を伸ばして凛と佇んでいる。


「白々しい!フランティーヌ、お前が犯した数多の悪事にこの私が気が付かぬとでも思ったか!?」


 バスティアンは憤懣やるかたない様子でロイヤルブルーの瞳を細め、見事な黄金の髪を掻き上げる。

 どれだけ不快感で顔を顰めても、アルゼンバーグの至宝とも称されるその美貌が損なわれることはない。


「……全く身に覚えがございません。悪事とは、何のことでございましょうか?」


 どれだけバスティアンが声を荒げようとも、フランティーヌは少しも動揺することなく平坦な声色で聞き返す。

 その一見不遜にも見える態度に、バスティアンは目の端を吊り上げる。


「とぼけるな!お前は王太子の婚約者という貴族の模範でなければならない立場でありながら、このミーシャ・ファイアフロイド侯爵令嬢にありとあらゆる暴虐の限りを尽くしたな!」


 バスティアンはそう言うと、怯えた表情で小さく震えながらフランティーヌを見下ろすミーシャの肩を抱き寄せ、そっと前に押し出す。


 ───ああ、やはりこうなるのね。


 何番煎じか分からないこの茶番劇を、見た目は無表情、心ではうんざりした気持ちでフランティーヌは見つめていた。


 …………そう。

 フランティーヌには()()があるのだ。


 …………『前世の記憶』が。




◇◇◇




 フランティーヌが、この世界が前世で人気だったライトノベル『荒野の賢女、王妃になる』の世界だと気づいたのは10歳の時。王太子バスティアンと婚約が成立して初めてのお茶会の席のことだった。


 初顔合わせが婚約後だって?

 そんなことがあり得るのがこの世界。

 フランティーヌはこの国の筆頭公爵家であるジュピタル家の生まれであり、同じ年頃の令嬢の中で最も高貴な血筋だった。

 近年になって実力主義が興隆してきたものの、このアルゼンバーグ王国ではまだまだ血統主義が主流のため、当然の流れのようにバスティアンとフランティーヌの婚約は取り決められた。


 とにかくその初顔合わせとなるお茶会でのこと。

 フランティーヌは眼前に座る、目に痛いほど光を反射する金髪とロイヤルブルーの瞳の愛らしい少年を見た瞬間、この世界が小説の世界だということを唐突に理解したのである。



 『荒野の賢女、王妃になる』はヒロインのミーシャが荒れ果てた町の片隅にある孤児院で育つところから始まる。

 ミーシャは貧しい暮らしを送っていたが、類稀な頭脳を持っていた。

 その頭脳を生かして孤児院の環境を改善、そして荒れ果てた町を活気あふれる町へと変貌させ『荒野の賢女』と呼ばれるようになる。


 ミーシャが12歳の時、彼女が実は生まれたばかりの頃に誘拐されたファイアフロイド侯爵夫妻の実子だったということが判明する。

 町の人に惜しまれつつもミーシャは侯爵家に戻り、今度は傾いていた侯爵家の領地経営に手腕を発揮することになる。


 そして16歳になると、ミーシャは侯爵令嬢として『王立アルゼンバーグ学園』に通い始める。

 入学した学園で、彼女はついに運命の出会いを果たす。

 その相手はこの国の王太子バスティアンだ。


 学園3年生のバスティアンには既に公爵令嬢であるフランティーヌという婚約者がいたが、このフランティーヌ、見た目は悪役令嬢らしく美しいのだが、破茶滅茶に性格が捻じ曲がっている。

 そして破茶滅茶に頭が悪い。

 見栄っ張りで金を使うことと着飾ることにしか興味がなく、最低限のマナーも知識も身に付いていない、どう考えても王妃なんて無理だろっていうオツムの持ち主。


 フランティーヌの振る舞いに辟易していたバスティアンは、聡明で情にあついミーシャに当然のように惚れ込んでしまう。

 ミーシャもバスティアンに段々と心惹かれていくものの、しかしバスティアンは婚約者がいるからと一線を引いて接し続ける。


 バスティアンは何としてでもミーシャを妃として迎えるためにフランティーヌの悪行の証拠を片っ端から集め、年末の王宮大夜会にて数多の貴族達の前でその罪を詳らかにした。

 そして婚約破棄を宣言し、無事にミーシャと結ばれることとなる。

 フランティーヌは極悪非道な行いの罰として、王宮前広場にて断首による公開処刑となった。


 その後バスティアンと結婚して王妃となったミーシャは類稀な頭脳を生かしてバスティアンを支えることとなる。

 そしてバスティアンとミーシャが治めるアルゼンバーグ王国はますます発展し、豊かな国になるだろう───というのが小説の結末である。



 お茶会中にそんなことを思い出した10歳のフランティーヌは、笑顔で目の前のバスティアン(10歳)の話を聞き流しながら、頭の中で小説と現実の齟齬について考えていた。

 小説内のフランティーヌはそれはそれは馬鹿で、例えば牛と馬の違いが分からないぐらいの馬鹿。

 しかし現実のフランティーヌはそこまで馬鹿じゃない。

 前世の記憶を思い出す前でも前世の人格を引きずっていたのか、むしろ成績優秀で品行方正。

 10歳にして家庭教師に「淑女マナーは完璧」と言わしめたぐらいだった。


 その時点でもう小説の設定が一部破綻しているわけだが、だからと言って楽観視もしていられない。

 小説の筋書きが存在している以上、時がくればヒロインは現れるだろうしバスティアンは婚約継続か破棄か選択を迫られる時が来るだろう。


 それならば、とフランティーヌは考えた。


 ───最初から舞台に上がらなければ良いのではないか?と。




◇◇◇




「悪虐の限り、ですか?わたくしは何もしておりませんが」


 フランティーヌはバスティアンの恫喝に少しも動じることなく、淡々と答えを返す。


「ここまで言ってもしらを切るか?……ならばこの場でお前を断罪させてもらう!おい、証拠をここに!」


 バスティアンがバッと空を切るように片手を出すと、脇から黒髪に眼鏡がトレードマークの宰相の息子、ユアン・シズリーが書類の束を抱えて颯爽と登場する。


「殿下。こちらはフランティーヌ・ジュピタル公爵令嬢が犯した様々な罪についての報告書でございます」


「直ちに読み上げろ」


「かしこまりました」


 そう言って頷くと、ユアンは眼鏡を親指の付け根でクイッと上げる。


「……まず今年の藤の月、学園の食堂でフランティーヌ嬢はミーシャ嬢に罵声を浴びせながら熱々の紅茶をかけ、火傷を負わせました。こちらはそれを目撃していた生徒が多数います。それから今年の桔梗の月、フランティーヌ嬢はミーシャ嬢を校舎の大階段の一番上から突き落としました。こちらは騎士団長の息子であるサーベル・オクラホマが目撃してミーシャ嬢を庇い、打撲を負っています」


 ユアンがそこまで読み上げると、脇から赤毛短髪のサーベル・オクラホマがいかめしい顔つきで登場する。


「このサーベル・オクラホマ、確かにそれを目撃したことをここに証言する!あの時階段の上にいたのは、確かにフランティーヌ殿であった!」


 胸を張ってサーベルが宣言するのを見届けて、ユアンは再び書類に目を落とす。


「……それから今年の萩の月、国王誕生祭の夜会でミーシャ嬢が媚薬入りのワインを飲まされるという事件がありました。このワインを給仕した使用人は後に自害しましたが、フランティーヌ嬢とその使用人が事前に打ち合わせをしていたのを見たメイドが複数おります。そして最後に、1ヶ月前。ミーシャ嬢が乗る馬車が何者かに襲撃を受ける事件がありました。媚薬事件を受けてバスティアン殿下がミーシャ嬢に王家の影をつけていたため襲撃者は難なく捕えることができましたが、その者達はフランティーヌ嬢に雇われたと証言しています」


 以上です、と言ってユアンは顔を上げフランティーヌを見据える。

 眼鏡がシャンデリアの光を反射してその視線を見ることはできないが、フランティーヌを悪しき者として睨みつけているだろう気迫が感じられる。


 フランティーヌは先ほどユアンが述べた悪事について、全て知っていた。

 なぜならば、それらは全て小説に書かれていたフランティーヌの悪事だったから。

 もちろん、現実のフランティーヌには全て身に覚えのないことである。


 フランティーヌはひとつ溜息をつくと、小説のフランティーヌのように動揺して取り乱すことなく淡々と答える。


「……それらは全てわたくしが行ったことではありません」


「この期に及んでまだ言い逃れをしようとするか!証人も証言も十分にあるのだぞ!」


「言い逃れではございません。ならば正確に申しましょう。わたくしにはそれらを()()()()()()()()()のです」


「どうしてそんな嘘をつくのですか?フランティーヌ様がやったことは皆んなが知ってます!」


 バスティアンに肩を抱かれその体にしがみついていたミーシャが、不安に目を潤ませて声を上擦らせながら尋ねる。


「嘘も何も……。わたくし、この一年は学園に通っておりませんでしたから、それらの事件を起こすことは物理的に不可能なのです」


 目の前で繰り広げられている断罪劇を静かに見ていた貴族たちは俄かに騒めく。


「が、学園に通ってないだと!?」


 バスティアンは驚きのあまりそのロイヤルブルーの瞳を溢れんばかりに見開く。


「はい。わたくし、父について一年間、隣国ベローナへ遊学の旅に出ておりました」



 フランティーヌは前世の記憶を思い出してから、自身の断罪を避けるためにそもそも小説の舞台に乗らないという選択をした。

 小説のフランティーヌが断罪される原因となる悪行を働くのはミーシャが学園に入ってくる年、フランティーヌにとっては学園最後の一年である。

 つまり、その一年間まったくミーシャと接触しなければ断罪されるべき罪は犯さないということになる。


 そのために、実はフランティーヌは学園を2年で早期卒業したのだ。

 もちろん小説のフランティーヌならば到底無理だったろうが、現実のフランティーヌには容易いことであった。

 そしてこの一年はというと。

 外交官のような仕事をしている父に「将来王太子妃になるための研鑽として、隣国の進んだ教育システムを学びたい」と申し出て、父に付き従い大使代理として隣国で過ごしていたというわけだ。


 フランティーヌには小説の記憶によりミーシャが受ける災難の詳細を覚えているから、事件が起こる当日には特に念入りに人目に触れる行事等に参加したので、隣国での目撃証言はばっちりである。



「娘は確かに一年間隣国に滞在しておりました。大使代理として娘を隣国に行かせる旨、きちんと国王陛下の許可も取っておりますので申請書類をご確認いただければと思いますが」


 断罪劇を静観していたフランティーヌの父であるジュピタル公爵が、フランティーヌの隣に歩み出て補足する。


「ちなみに娘が本当に隣国ベローナにいたかどうかは、隣国に問い合わせていただければ幾らでも証言は取れます」


 ジュピタル公爵の言葉に、バスティアンは明らかに困惑の表情を浮かべる。


「……どういうことだ?バスティアン」


 バスティアンの主張を黙って聞いていた国王陛下が訝しげに尋ねる。


「そんなはずは……。確かにフランティーヌが犯人だと言う目撃者が大勢いるのです。それに、ミーシャ嬢が何度も襲われたのもまた事実」


 ミーシャは不安げにバスティアンを見上げるが、バスティアンは頭を抱えていてその視線に気づかない。


「この調査書は本物です!確かに、正規の手順で事件は調査されたのです!」


 書類の束を高らかに掲げ、ユアンも大真面目に言い切る。

 その表情に焦りの色はなく、嘘をついているようにも見えない。


「……っ!学園でフランティーヌの悪行を目撃したと証言した者!この場に出てきてくれないか?」


 バスティアンは顔を上げ、断罪劇を取り囲むように見ている貴族たちの顔を見ながら呼びかける。

 しばらくの沈黙はあったものの、周りの様子をキョロキョロ見ながら一人、また一人と歩みを進め、最終的には30名程度の令息令嬢がバスティアンの周囲に集まった。

 その面々を見ると同じ派閥の家門というわけでもなく、意図的に人選されたようなメンバーには見えない。


「私は食堂でフランティーヌ様がミーシャ様に紅茶をかける瞬間を目撃しました」


「私もです」


「私は直接現場を目撃してはいませんが、あの時聞いた暴言は確かにフランティーヌ様の声でした」


 20名程度の令息令嬢がそう証言した。

 そして食堂に勤務する使用人や料理人も、同じように証言したという。


「そうですか……。しかし、わたくしはその日確かに学園にはいなかったのです。藤の月の5日ですよね?その日はベローナの魔法学校にて、ベローナとアルゼンバーグの魔法に関する法律の違いについて、たくさんの学生達の前で講演をしておりました。ですから、わたくしがその日その時間に隣国にいた証言者はたくさんおります」


 すべての証言を聞き終えると、フランティーヌは少しも感情の揺れのない声で理路整然と反論する。

 すると、先ほど次々と証言を披露した令息令嬢たちは皆一様に首を傾げる。

 まるで自分たちの証言は事実で、違うはずがないと心から信じているかのように。


「……この人数の生徒が一斉に勘違いをしたと言うのか?」


 バスティアンがやや困惑した様子でフランティーヌに問いかけると、フランティーヌは困ったように小さく眉尻を下げて答える。


「それならば逆にお聞きしますが、ミーシャ様が紅茶をかけられたというその日、わたくしは一体どんな服装で、どのクラスで、どのように授業を受けておりましたか?」


 アルゼンバーグ学園には制服がなく、生徒たちは各々華美ではないが貴族らしい服装で通っている。

 毎日同じ服を着るということはあり得ないので、フランティーヌがその日どんな服装だったかということは重要な情報となる。


 それにフランティーヌは2年で学園を卒業している。

 したがって、どのクラスにも在籍していないはずなのだ。

 ならば《紅茶をかけたフランティーヌ》は一体どのクラスでどの授業を受けていたのか?

 まさかわざわざ紅茶をかけるためだけに学園に登園するということもあるまい。


「フランティーヌ様の服装……?赤だったような……いや、緑だったか?」


「確かに、フランティーヌ様の服装をはっきりと思い出せないな」


「今思い返せば、フランティーヌ様だと思ったものは黒い影のように見えた気もする……」


 先ほどまで自信満々に証言をしていた生徒たちは、自信なさげに記憶を辿りながら口々に曖昧なことを口走る。


「ならば!誰かフランティーヌと同じクラスだった者はいないのか!?」


 バスティアンが再び貴族たちに問いかけると、どういうわけか今回は誰も名乗り出ない。

 フランティーヌの悪行を証言するより、同じクラスだと名乗り出る方が遥かに簡単なのにも関わらず。


「一体どういうことなんだ……?」


「バスティアン殿下!発言をよろしいでしょうか?」


 ガヤガヤと煩雑なその場の空気を劈くように、サーベルが声を上げる。


「私は確かにこの目で、フランティーヌ殿がミーシャ殿の背中を押して階段を突き落とす瞬間を見ました!それは私と共に行動していた3人の仲間たちも同様です!私は咄嗟にミーシャ殿を庇い、すぐに仲間のうちの2人に犯人のフランティーヌ殿を追いかけるよう指示を出したのです!」


 いつの間にかサーベルの後ろには付き従うように3人の令息が立っていて、サーベルの証言に強く頷いている。


「私アルド・ティーチとこちらのヨハネス・ブルゴーニは、確かにサーベル様の指示を受けてフランティーヌ様を追跡しました!」


「すぐさま階段をかけ登り、翻して走って逃げるフランティーヌ様を追いかけたのです」


 アルドとヨハネスは力強くサーベルの証言を補足する。


「それで、アルド様とヨハネス様はフランティーヌ様を捕まえたんですよね?でしたら、犯人はフランティーヌ様で間違いないです!」


 相変わらずバスティアンの横でふるふると子鹿のように震えていたミーシャが、不安で震える声を叱咤するように大きな声を出す。


「捕まえた……?いや、それが実は……」


 ミーシャの言葉を受け、アルドは途端に口籠もる。


「………逃げられてしまったのです」


 ヨハネスはバツが悪そうに頭を掻いた後、そう答えた。

 それを聞いていたサーベルもその時の無念を思い出したのか苦い顔をしている。


「えっ!?逃げられた!?そんなはず………はっ!」


 それを聞いたミーシャは酷く驚き、取り乱したように声を上げて慌てて両手で口を押さえる。


「……そうですか。それでは、屈強な騎士であるお2人が全速力で追いかけたにも関わらず、ドレスで走っていたわたくしに逃げられてしまったというわけですね?……ちなみに、その日わたくしは何色のドレスを着ておりましたか?」


 フランティーヌは実に寒々とした視線をサーベルたちに投げかけ、なおも感情の乗らない声で問いかける。


「フランティーヌ殿の……ドレスの色?」


 サーベルはそう呟くと、意表を突かれたように目を丸くして押し黙る。

 他の3人も目を見合わせながら戸惑っている。


「あの日のフランティーヌ様のドレスは、青色ですわ!そう、まるでサファイアを埋め込んだかのような煌びやかで鮮やかな青色!」


 必死の面持ちでそう声を上げるミーシャを、フランティーヌは観察するようにじっくりと見ている。

 そして納得したように小さく頷き、ひとつ小さな溜息を吐く。


 ───やっぱり。ミーシャ様も転生者なのだわ。


 フランティーヌはミーシャの言動を見てそう確信した。

 なぜならば、小説の中のフランティーヌは『まるでサファイアを埋め込んだかのような煌びやかで鮮やかな青色』のドレスでミーシャを階段から突き落とし、走って逃げたところを追いかけてきたアルドとヨハネスに捕えられるのだ。

 ちなみに小説ではフランティーヌの父であるジュピタル公爵が裏から手を回し、この事件をもみ消すのだが。


「青色……?そんなことを言われれば、そうだったような気もするが……」


 サーベルはミーシャの言葉に心からは納得いかない様子で首を傾げている。


「……ミーシャ様は『背中から』わたくしに突き落とされたはずですのに、わたくしのドレスの色まで随分はっきりと覚えていらっしゃるのですね?」


 フランティーヌが静かにそう問いかけると、ミーシャはギクッと顔色を変えて押し黙る。


「まあ、良いでしょう。とにかく……ミーシャ様が階段から突き落とされたのは桔梗の月の12日でございますね?……ああ、その日はわたくし、ベローナの王妃様のご招待を受けて王宮でのティーパーティーに参加しておりましたわ。王妃様がわざわざベローナ国内の有力貴族の夫人を集めてくださり、アルゼンバーグ特産の絹織物を披露させていただいたので、よく覚えているのです」


 フランティーヌはここでもまた、疑いようのないアリバイを用意していた。

 隣国の王妃相手に「それは真か!?」などと問いただすような無礼な真似はいくらバスティアンでもしないだろう。


「つまり……その日もフランティーヌは学園にいなかったと……?」


「仰る通りでございます」


 バスティアンは信じられないようなものを見る目でフランティーヌを凝視したまま、口に手を当ててワナワナと震えている。


「……だが、王宮で起こった事件とミーシャ嬢が襲撃された事件については言い逃れはできまい?」


 しんと静まり返った場を再び叩き起こすように、国王が声を上げる。


「その2つの事件については、正式に騎士団が調査をしておるはずだ。……騎士団長、こちらに!」


 国王に呼ばれた騎士団長が玉座の側に歩み出て、首を垂れる。


「調査結果の仔細を発表せよ」


「は。仰せのままに」


 騎士団長は頭を上げると、胸に手を当てて広間の貴族たちに向き直る。


「まずはファイアフロイド侯爵令嬢に媚薬が盛られたワインが給仕された件について、給仕として夜会に忍び込んでいた実行犯の男は捕縛の際に持っていた毒薬で自害しました。しかしその後の調査により、夜会会場の裏口で犯人の男とジュピタル公爵令嬢が何か会話をしていたのを、複数の王宮メイドが目撃しております。ちなみに証言をしたメイドたちは長く王宮に勤めている者たちばかりで、誰かに証言を強要されたり買収されたということはありませんでした」


 さすが王国が誇る騎士団とも言うべきか。

 証言者が嘘をついている可能性についてもきちんと調査済みのようだ。


「それから1ヶ月前にファイアフロイド侯爵令嬢が乗る馬車が襲撃された事件。これは媚薬事件を受けてバスティアン殿下が王家の影をファイアフロイド侯爵令嬢につけていたために、大きな被害がなく済みました。襲撃者は全員捕縛され、その後の調査で裏稼業専門の傭兵団員であることが分かりました。その者たちの証言により、ファイアフロイド侯爵令嬢の襲撃を依頼したのはジュピタル公爵令嬢であると判明。依頼の際に交わした契約書から、ジュピタル公爵令嬢の関与は確実です」


 騎士団長は調査些細を公表すると、再び頭を下げた。


「まあ……そんな痛ましい事件が。まったく存じませんでしたわ」


 フランティーヌは少し芝居がかった言い回しで頬に手を当て、こてんと首を傾げる。

 その様はまさに、しらを切る悪役令嬢といったところだ。

 いつまでも白々しいフランティーヌの態度に、バスティアンは苛立たしげに顔を顰める。


「ですが……どちらの事件もわたくしは関与しておりませんので、申し上げることは何もございませんわ。媚薬事件が起こったという萩の月18日の夜、わたくしはベローナ王室主催の夜会に王太子殿下のエスコートを受けて出席しておりましたので、その犯人の男性とお話しすることは不可能でございます。

 それから……そうですね。襲撃事件については隣国にいても関与は可能かもしれませんが……ちなみに、その契約書とやらが結ばれた日付はいつのことでございますか?」


「……契約書には柊の月の2日と書かれています」


 フランティーヌの問いかけに、騎士団長が手元の資料に目を落としてから答える。


「柊の月の2日……実はわたくし柊の月はまるまる1ヶ月、隣国ベローナではなく、さらにお隣のヒガシツキ国におりましたの。たまたまベローナに留学されていたヒガシツキ国の皇女であられるミナキ様と親しくなりまして、ミナキ様のご招待でヒガシツキ国に滞在し、大変な歓迎をいただきました」


 例えばフランティーヌが契約時にまだ隣国ベローナにいたとしたならば、隣接する都市に移動すればその日付で契約を結ぶことが可能だろう。

 しかし、フランティーヌがベローナよりもさらに遠いヒガシツキ国にいたとなると話は全く変わってくる。

 ヒガシツキ国からアルゼンバーグの端の都市に入るのには、主要都市をつなぐ転移ゲートを使って少なく見積もっても10日はかかるため、契約書にある日付に契約を結ぶことは不可能だ。


「……しかし、契約書にはジュピタル公爵令嬢の署名がある。筆跡鑑定でも、限りなく本物に近いと鑑定が出ているが」


「皆様もご存知の通り、市井には筆跡を似せることができる技師がいて数々の犯罪に利用されていますね。筆跡鑑定士が『限りなく』などと曖昧な表現を使うのも、絶対に正しいと言い切れないことが分かっているからです。

 でしたら、こういうのは如何でしょう。隣国ベローナには魔法を使った筆跡鑑定法がございます。何でも人が文字を書くときには微量の魔力が漏れ出すそうで、その魔力紋を識別することでその文字を書いた人物が特定できるのだとか。我が国では魔力紋の登録リストがありませんので人物の特定は難しいですが、わたくしの魔力紋と照合することは可能です」


 魔力紋とは人によって異なる魔力の模様のようなもので、前世で言うところの指紋の役割を果たす。

 つまり同一の魔力紋と認定されれば、その署名をしたのがフランティーヌだと確実に証明されるのだ。


「わたくしは自分の署名でないと証明するため。騎士団の皆様は証拠品の信憑性を高めるため。隣国に魔法による筆跡鑑定の依頼を出していただけませんか?」


 フランティーヌの申し出に、国王と騎士団長は目を見合わせる。

 契約書の署名に限らず、フランティーヌがこの一年アルゼンバーグにいなかったという事実を確認するためにも、一度隣国とはコンタクトを取る必要があるだろう。


「……うむ、分かった。今までのフランティーヌ嬢の反論は筋の通らぬものではなかった。だが、事実確認に時間が必要だ。すぐにフランティーヌ嬢の証言の裏を取るよう手配しよう」


 国王は頷いてフランティーヌの主張を受け入れて、追加の調査を約束する。

 そもそもこの断罪劇はフランティーヌが犯した(とされる)罪を受けて開かれたのであって、フランティーヌを断罪するために仕組まれたものではなかったということだろう。


「お言葉ですが国王陛下、私が何者かに襲われたことは事実なのです!誰かが私を恨んで陥れようとするなら、その相手はフランティーヌ様以外に考えられません!」


 一連のやり取りを黙って聞いていたミーシャが、今日一番の大きな声を上げる。


「あら、どうしてわたくしがミーシャ様を恨むと?」


 フランティーヌはやはり少しも動揺せずに淡々と聞き返す。

 ミーシャは恐怖に声を震わせながらも、強い眼差しをフランティーヌに向ける。


「……それは!私がバスティアン様に気にかけてもらっているから……」


「それがどうしてミーシャ様を恨む理由になるのですか?」


 フランティーヌはなおも淡々と聞き返す。


「だって、バスティアン様は今はあなたの婚約者だから!あなたは私とバスティアン様の仲に嫉妬して、私に危害を加えたのでしょう!?」


 小説のフランティーヌは確かにそうだったかもしれない。

 しかし現実のフランティーヌには、王太子妃という地位に固執する気持ちもバスティアンに対する恋情もまるで無いので、嫉妬するはずがないのだ。


「確かにわたくしとバスティアン殿下は婚約者同士ですが……。あなたとバスティアン殿下は()()()()()()()()()()なのですか?」


 フランティーヌは淡々と、しかし確実に急所を突くような質問を投げかける。

 ミーシャはフランティーヌがあたかも自分を恋敵と思っているような発言をしたが、それは裏返せば自分とバスティアンがまるで恋仲であると言っているようなものだ。

 それを認めてしまえば、バスティアンは婚約者がいながら他の女にうつつを抜かす男、ミーシャは婚約者のいる男に手を出す女と公言してしまうことになる。


「それはっ……!今はバスティアン様はフランティーヌ様と婚約関係ですから想いを抑えておられますが、私たちは心の奥では繋がっているのです!!」


 ミーシャの発言に、隣に立つバスティアンはギョッとして目を見開く。

 確かにバスティアンの心は既にミーシャにあるのだろうが、こんな場で今それを公にすることは悪手でしかない。


「み、ミーシャ嬢。私は婚約者がいるのだからそのような発言は控えてくれないか……」


 ミーシャの発言を肯定も否定もできないバスティアンは、弱々しくミーシャの発言を窘めることしかできない。

 そんなバスティアンの思いにも気づかず、ミーシャはまるで悲劇のヒロインかのように泣き崩れて嗚咽を上げながら目元をハンカチで拭っている。


「はぁ、お二人はそのような関係性なのですね。それはわたくし、今初めて知りました。……ですから、これ以前にわたくしがミーシャ様を恨む理由はございませんわね?」


 フランティーヌはやや呆れたような口調と眼差しでバスティアンとミーシャを交互に見遣っている。

 広間は何とも言えない気まずい空気に包まれる。

 今この場を囲んでいる貴族たちの中で、フランティーヌがミーシャを襲った犯人だと考えている者は殆どいないだろう。


「しかし……フランティーヌ嬢には犯行が不可能だったにも関わらず、なぜこれほど多くの者がフランティーヌ嬢が犯人だと勘違いしたのか?」


 微妙な静けさが漂い始めた時、国王がボソッと呟く。

 そして、水を打ったように広間が静まり返る。

 その時、どこからともなく別の呟きが聞こえる。


「………まるで、神の仕業のようだな」



 誰もフランティーヌの姿を見ていないのにも関わらず、多くの者が「フランティーヌが犯人だ」と勘違いした。

 しかもそれは誰かに誘導されたわけでもなく、証言者が口裏を合わせたわけでもない。

 何らかの要因で()()()()()()()のだ。

 それなりに信憑性のある証拠が残されており、もしフランティーヌが隣国にいなければ確実に罪を問われていただろう。


「ああ………」


 そういうことか、とフランティーヌは思った。


 ───これが『物語の強制力』なのね。


 きっとこの世界には、小説『荒野の賢女、王妃になる』のストーリー通りに物事を進めようとする何らかの大きな力が働いていているのだろう。


「神が『フランティーヌを断罪せよ』と仰っていると……?」


 バスティアンはそう呟いて口を手で覆い、俯く。


「……我々が犯人をフランティーヌ殿と見間違えたのは、神の思し召しだった?」


 サーベルも腕を組み、唸るように呟く。


「『神の思し召し』か。それならば、一度にたくさんの人がいるはずのない人間を見たと思い込む超常現象に説明はつくが……」


 玉座の肘掛けに頬杖をつき、虚空を見上げた国王が呟く。


「……きっとそうです!フランティーヌ様が断罪されるのは、この国の発展のために必要な出来事ですから……」


 そう呟いて、ミーシャはフランティーヌに憐れみの目を向ける。

 小説の通りならば、フランティーヌが断罪されミーシャがバスティアンと結ばれることで、このアルゼンバーグ王国は更なる発展を遂げるのは間違いない。


 ───そう、小説通りならば。



「……つまり、わたくしは神の思し召しのためにやってもいない罪を被され、処断されるということでしょうか?」


 フランティーヌの問いかけに、国王もバスティアンも、ミーシャもユアンもサーベルも、誰一人として口を開こうとしない。

 アルゼンバーグ王国では唯一神信仰の宗教が一般的に広まっているが、それほど敬虔な国民性というわけではない。

 ただ科学が発展していない影響か、説明のつかない超常的な現象を「神の思し召し」などと言って納得するような風潮がある。


「いくら神の思し召しとはいえ……まさか、何もしていないのにいきなり首を刎ねるなどとは仰いませんよね?」


 フランティーヌがそう問うと、国王は慌てて首を振る。


「まさか!フランティーヌ嬢が本当に罪を犯していないならそんな非人道的なことは出来まいよ。ただ、なあ……」


「分かりました。わたくしが罪を被ることがこの国のために必要と仰るのでしたら、甘んじて罰を受けましょう」


 口籠もる国王を一瞥し、フランティーヌは堂々と、しかし優美な淑女の礼を披露する。


「バスティアン殿下に申し渡されました通り、婚約破棄をお受けいたします。それから罪人がいつまでも目の前にいては不快でしょうから、年が明けましたらすぐにでも隣国へ移り住みます。『国外追放』とでも公的文書にはお記しくださいませ」


 フランティーヌが淡々とこれからの自身の処遇について述べる間も、それを止めるような声は一切上がらない。

 この場にいる誰もが、無実のフランティーヌが罪人として裁かれることを『神の思し召し』として受け入れているのだ。


「それでは皆様、わたくしはそろそろ舞台から退場させていただきます。最後に一言……… 神は一体どのような結末をお望みなのでしょうね?」


 フランティーヌは礼の姿勢から体を起こして微笑むと、踵を返して出入口へとゆっくり歩いていく。

 その後を追うように、全てを見守っていたジュピタル公爵も歩き出しフランティーヌの横に並ぶ。


「……結局、お前の言う通りになったな」


 そう言って寂しげに小さく笑ったジュピタル公爵の目尻には、疲れたような皺が刻まれている。


「後の始末はよろしくお願いいたします、お父様」


 夜会会場を抜けて公爵家の馬車に乗り込むと、馬車はまだ雪の残る道を用心深く駆けて行った。




◇◇◇




 転生したことを自覚してからこの日まで、フランティーヌはずっと準備をしてきた。

 前世の知識を生かし、色々なパターンをシミュレーションしたのだ。

 もちろん公爵家の情報網を使って、ヒロインの動向も把握していた。

 だから知っていたのだ。

 小説の中のミーシャと現実のミーシャが全く異なることを。


 小説ではミーシャはその類稀なる頭脳を生かして、育った町や孤児院を発展させるが、現実ではそのような現象は確認されなかった。

 小説ではミーシャが侯爵家に戻った後、その頭脳を生かして傾いた侯爵家を立て直すが、現実のファイアフロイド侯爵家の財政は傾いたまま。

 学園でのミーシャの様子も報告を受けていたが、成績は地を這っていてとても聡明と称されるような人物ではないとのことだった。


 多少キャラデザインに相違はあるものの、やはりミーシャを狙った卑劣な嫌がらせは行われたし、バスティアンはミーシャを好きになった。

 そしてフランティーヌの断罪が行われれば、()()()()()小説通りに進むだろう。


 だが、その後は?

 筆頭公爵家の後ろ盾があり自身も優秀なフランティーヌを排し、聡明でもない、実家も没落寸前のミーシャを娶るメリットは?


 ミーシャは「フランティーヌの断罪が国の発展のためになる」と言っていたが、それは実際に自分が王太子妃になることを想定しての発言だっただろうか?

 先の夜会でのミーシャの発言から、フランティーヌはミーシャ自身も転生者であると見抜いた。

 今までは何らかの強制力によりストーリーが小説に沿って進んだが、これからはただ「バスティアンとミーシャが国を豊かにするだろう」という不明確な結末に向かって自分の判断で進んでいかなければならないのである。


 侯爵家の領地経営に貢献するどころか、学園の勉強すら覚束ない現実のミーシャ。

 一方でフランティーヌはこの一年、表面的には「将来の王太子妃として」という名目でベローナやヒガシツキ国との交流を深めてきた。

 そのフランティーヌとの婚約を破棄するということが何を意味するのか、国王やバスティアンはまだそこまで考えが至っていないのだろう。



 公爵邸に戻ったフランティーヌはベローナで会得した通信魔法でとある場所へ連絡をする。

 それから既にモノや人が減ってガランとした屋敷の中で、隣国に移り住むための最後の準備をした。

 もうここにはフランティーヌとジュピタル公爵の世話をする最低限の使用人しかいない。

 母と公爵家を継ぐ予定だった弟は既に隣国へ渡っている。

 年が明けてすぐにフランティーヌが隣国に渡り、諸々の整理のためにこちらに残るジュピタル公爵は、手続きが終われば家族が待つ隣国に向かう予定だ。


 実は一年前に隣国ベローナに渡った際、王太子であるディランが、2つ年上だが聡明で美しいフランティーヌに首ったけになってしまった。

 もうその頃には学園に忍ばせている密偵の報告からフランティーヌの断罪に向かっていることが予想できたため、ディランに事情を話し、もし断罪されれば家族ごと身柄を受け入れてもらえるよう交渉したのだ。

 もちろん交換条件はフランティーヌがディランに嫁ぐこと。

 ディランが学園を卒業する2年後に、フランティーヌはベローナ王国の王太子妃となる。




◇◇◇




 フランティーヌがベローナに渡って2年。

 フランティーヌの父は王家預かりとなっていたデュボワ侯爵位を賜り、ベローナの王都に居を構えていた。

 デュボワ侯爵、以前のジュピタル公爵はアルゼンバーグ王国を出る前、公爵位を王家に返上して、手がけていた事業を全て精算して国を出た。

 筆頭公爵家がいきなり爵位を返上して隣国に移住するなど普通は許されない背信行為だが、先に王家がフランティーヌに強いた行いを思うと誰も非を咎められなかった。


 例の大夜会の後、『物語の強制力』の呪縛が解けたためかバスティアンは様々な違和感を抱くようになっていた。

 フランティーヌは客観的に見て容姿は一級品、人柄も穏やかで冷静、さらに聡明で機知に富んでおり、間違いなく未来の王妃の器であっただろう。


 一方でミーシャはどうか。

 お世辞にも頭の回転が良いとはいえない庇護欲をそそる様子は可愛らしくはあるが、その愛らしさは王太子妃としては全く役に立たない。

 王太子妃になる未来が眼前に来て初めてもっと頑張らないといけないと自覚したようで、彼女なりに頑張ってはいるようだが必要なレベルには全然追いつかない。


 どうしてあの完璧なフランティーヌを差し置いて、凡庸なミーシャに惹かれたのだろう?

 フランティーヌが国を去ってから、バスティアンはそんなことばかりを考えるようになった。

 学園にいるときは確かにミーシャに惹かれていたはずなのに、今思い返してみると、彼女のどこを魅力に感じたのか、何を思って彼女を王太子妃にしようとしたのか、過去の自分が全く理解できない。


 もしかしたらそれすらもフランティーヌの言うところの『物語の強制力』なのかもしれないが、そういった理解を超えた事象を『神の思し召し』と言って押し通したのは他ならぬバスティアン自身である。

 ミーシャに惹かれたことが『神の思し召し』であるならば、神はどうしてその気持ちを継続させてくれなかったのか?

 バスティアンは生まれて初めて神を恨めしく思った。



 睡蓮の月には珍しく雲一つなく晴れた良き日。

 ベローナ王都にある大聖堂で、この国の王太子ディラン・オーウェン・ベローナとフランティーヌ・デュボワの婚姻式が行われる。

 国内の有力貴族の他に海外の賓客も多数招き、大聖堂には1000人を超える参列客が集まった。

 もちろん隣国アルゼンバーグも招かれ、国を代表して王太子のバスティアン・オル・アルゼンバーグが参列している。

 しかし、バスティアンの傍らにはミーシャ・ファイアフロイドはいない。


 この2年間で遅々として進まぬ妃教育に加え、生家のファイアフロイド侯爵家が財政破綻をし領地経営を管財人に委ねることになったため、後ろ盾が完全に力を無くしたミーシャがバスティアンの婚約者として選ばれることはなくなった。


 結局バスティアンの婚約者には、新たにリンドウ侯爵家のジュリアンナが選ばれた。

 学園卒業までフランティーヌと婚約していた影響でめぼしい家の年が近い令嬢は全て婚約するか結婚していたため、新たに婚約者に選ばれたジュリアンナはまだ12歳という若さだ。

 そのため、今回のベローナでの祝賀行事にはバスティアンは一人で参加している。


 式が始まり、父のデュボワ侯爵に手を引かれながら花嫁のフランティーヌが入場する。

 バージンロードの先にはステンドグラスに照らされ神々しく輝いた神の偶像とその前に佇む大神官、それから真っ白なタキシードに身を包んで花嫁を待つ王太子ディランの姿が見える。


 この春に学園を卒業したディランは、ベローナ中の令嬢が彼に恋をしていると言われるほどの美丈夫で、彼が婚約を発表した夜会では数多くの令嬢が人目も憚らず泣き崩れた。

 しかもその相手が隣国の王太子の元婚約者という何とも醜聞の香りのする相手だったため、婚約者の入れ替えを狙って相当な謀略が繰り広げられた。

 しかしディランは深い愛でフランティーヌを守り抜き、またフランティーヌ自身も得意の外交手腕でベローナに大きな利益をもたらしたため、そのうちにフランティーヌを軽んじる者たちの声は殆ど聞こえなくなった。


 バージンロードをゆっくりと、しかし一歩ずつ確実に進むフランティーヌの姿を、バスティアンは参列席から眺めている。

 フランティーヌに初めて会った日のことを思い出す。

 10歳のフランティーヌは笑顔が花のように愛らしい、しかし口を開けば子供とは思えぬほどしっかりした考えを持つ少女であった。


 ───あの時選択を間違えなければ、君の隣に立つのは私だっただろうか……?


 いいや、それは無理だったろうとバスティアンはかぶりを振る。

 フランティーヌが学園を卒業したことにも気づかず、うつつを抜かす令嬢に危害を加えたと決めつけ憤慨して、一方的に断罪した自分の行いを、彼女が許すはずもない。


 やがてバージンロードの先で花嫁の手が父親から花婿に手渡される。

 エスコートを任されたディランは少し頰を染め、しかしとても嬉しそうにベールの向こうのフランティーヌに微笑みを向ける。

 参列者に背を向けて大神官の洗礼を受ける2人は、体から光を放っているかのように輝いている。


 それはまるでベローナ王国の明るい未来を示しているようで………バスティアンは眩しさで思わず目を細めた。


 ───「神は一体どのような結末をお望みなのでしょうね?」


 彼女が去っていく時に残した言葉が今更ながらに胸に響く。


 次の瞬間、ディランとフランティーヌの唇が重なり、式場は割れんばかりの拍手で包まれた。





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― 新着の感想 ―
あそこで踏みとどまらずに陥れる選択をした時点で、ミーシャに同情の余地は皆無ですね。 神の思し召しだから無実の人間を陥れ罰を与えて良い、と判断した国の未来は疑心暗鬼で荒れそうです。
[良い点] 強制力怖いですね。 バスティアンも本来そこまでアホではないはずっぽいのに。 そして強制力の力も物語で描かれる範囲までってのがやりっ放し感があってなるほど機械仕掛けの神だなぁとなりました。
[一言] 運命の強制力を前提とするなら、ミーシャちゃんが相当可哀想ですね。無理やり本人の力量に見合わない場所に担ぎ出されて。圧倒的に可愛いという特性があるので、普通の娘として生活していれば、素敵な旦那…
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