三番目の子は、負けられない。
十五歳の誕生日から一夜明けた翌日。
今日も離宮は早朝から動き出していた。
「トリスティア様、今年こそは目にもの見せてやりますからね」
トリスティアの支度を手伝うマギーは朝から元気だ。
昨日はいつもよりやることが多くて大変だっただろうに、その疲れを微塵も感じさせないマギーはトリスティアにドレスを着付けていく。
一方トリスティアはというと、気迫に満ちたマギーとは裏腹に、まだ少しうとうとしていた。
昨日は大変な一日だった。
隠されるように離宮で暮らしているトリスティアにとって、あんなに次から次へといろんなことが起きた日は今までになかった。誕生日の当日に、アニタとマギー以外の人から祝ってもらえたのも初めてだ。
母とアニタに祝われて、思いがけず父との初対面を果たしたうえに記念の宝物を頂いた。
今年も変わらずマギーが祝ってくれて、離宮の主からの祝福も受けた。いつもより少し華やかだったマギーお手製の夕餉で締めくくられた、夢のような一日。
実は王子だった、なんていうとっておきの秘密が明かされて、自分の在り方に迷いが生じたりもしたけれど。ありのままを受け入れてくれる人たちがいて、自分が「不憫な子」であることを忘れてしまいそうになるほど幸福だ。
この幸福が、いつか醒める夢だということは分かっている。それでも、この幸福な夢が見られたことこそが、幸せなんだとトリスティアは思う。
たとえ世間から離れて暮らしていようとも、トリスティアが十五歳になって大人の仲間入りを果たしたことに変わりはない。
大人になったからには、ずっとこの離宮で守られてばかりはいられない。王家に生まれた者としての責務を果たさなければならないだろう。
こうしてここで姫のままで居たいと願ったのは、トリスティアの我儘だ。
だから、自分が姫でいることを受け入れてくれたマギーに恥じないように、マギーが誇れる姫でいようと夢現に誓って、トリスティアは微睡から目を覚ます。
瞬きして目の前の鏡を見れば、トリスティアの体から余った布を手繰り寄せて作られた襞が、優雅に曲線を描く朝焼け色のドレスを纏った自分と目が合う。
「マギー、いつもありがとう」
目が覚めて最初に見たものが、あまりにも素敵でマギーに感謝していると、裾の始末をつけていたマギーがトリスティアを見上げて微笑む。
今日のために用意されていたのは胸元から足先へと大きく膨らんだドレスだった。恐らく、昨日のトリスティアの王宮参上に合わせて姉ドゥフィーネから下げられてきた最新のものだ。
大きく膨らんだドレスはトリスティアの体から余る布の量がいつもより多くなる。その分マギーの手を煩わせることになるのだが、マギーのその深緑の瞳は爛々と輝き、ドレスはトリスティアの体に合うよう詰められていった。
「これは、トリスティア様の専属女官である私への挑戦です」
「うん」
「トリスティア様は大人しく私に飾られてくだされば、それで良いのです」
マギーの手技に感嘆のため息を吐いたトリスティアに、体を起こしたマギーの強気な言葉がかけられる。
自分の仕事の出来具合を確認するようにトリスティアを右へ左へ眺め回すマギーの力強い視線を受けて、トリスティアも鏡で全体像を確認する。
「心配なさらなくとも、トリスティア様が誰よりも美しいのは間違いございませんし、このドレスだってトリスティア様の美しさを存分に引き立たせるよう、素敵に仕立てて見せますから」
過分な褒め言葉とともに胸を張ったマギーは、次の作業に移るためか、トリスティアの背後へとまわる。
ふわりと膨らむばかりだった朝焼け色のドレスはいま、トリスティアの体の線に沿って腰から裾へと末広がりになっている。
可愛らしさを全面に押し出していたお下がりのドレスが、優美で大人びた印象になり、トリスティアの華奢な体を引き立たせる。
このままでも充分素敵だとトリスティアは思うのだが、マギーはさらに手を加えるようだ。
いささか気合いが入り過ぎているような気もするけれど、今年もマギーの負けられない闘いが始まったのだと思えば、トリスティアの身も引き締まる。
「私も頑張ってくるからね、マギー」
自分も負けてはいられないと、つい先程届けられたドゥフィーネからの招待状に向かって、トリスティアは拳を握りしめた。
お読みいただきありがとうございます。
やっと誕生日から明けました。