三番目の子の、諸事情③
「それじゃあ、私はやっぱり姫なのね」
本当は王子なの、と言われた時はどうしたらいいか分からなかったけれど、結局姫として育てることにしたと母は言った。
そういうことなら、本当は王子なのかどうか知らないけれど、自分はやっぱり姫なんだと思う。
ああ、良かった。
知らず、詰めていた息をほっと吐き、トリスティアは安堵した。
安心ついでに手付かずのままだったお茶を一口飲む。冷めても美味しい、トリスティア好みの甘いお茶だ。
もう話は終わったとばかりにお茶を楽しむトリスティアと、トリスティアの言葉に呆気にとられている母とアニタ。二人とも、どうしてその結論に達したのか問いたげな顔をしていたが、口を開いたのはアニタだった。
「トリスティア様、人は生まれながらにして肉体的に男女の別がございます」
「うん」
「トリスティア様は、今はドレスをお召しになって姫様と呼ばれておいでですが、肉体的には間違いなく王子様です。姫様だということはありえません」
「うん?どういうこと?」
「トリスティア、そこからなの?」
アニタの言葉に首を傾げるトリスティアと、トリスティアの理解に合わせた説明内容に対して驚く母の声が、二重奏を奏でる。さすが親子と言うべきか、息がぴったり合っている。
「はい。護衛もつかず、離宮でお過ごしのトリスティア様の身近には女性しかおりません。日頃より、男女の別など気にせずお育ち遊ばしましたがゆえ、この手の話題には慣れ親しまれておられないと存じます」
まずは母の疑問に答えるアニタの言葉に、トリスティアもその通りだと思う。
トリスティアにとって一番身近な男性といえば、一番目の子で兄のアンドロス王太子殿下である。
それも、トリスティアがこうして王宮に参上した折にごくたまにすれ違い、お声をかけらるというだけのもの。あまり会話が成り立った記憶もなく、颯爽と去っていく後ろ姿ばかりが目に浮かぶ。
だから生まれてこの方、全く男性と関わったことがないと言っても過言ではないし、アニタの言うように、男女の別など意識して考えたことはない。そんな必要など今までなかったのだから。
では、マギーと私は違うということ?お姉様とも?
「トリスティア様、男女には肉体的な特徴がそれぞれにございまして、いくら姫様の装いをされていましてもトリスティア様には王子としての特徴が備わっております。今はただ、仮初に姫様としてお過ごしですが、その特徴が損なわれることはございません」
いつもは無口なのに今日は率先して口を開きトリスティアに優しく説くアニタ。その瞳はマギーと同じ色をしている。
母スティーラより、トリスティアと長い時間を過ごしてきたアニタには、突然自分が本当は王子であると聞かされたトリスティアの困惑と理解の追いつかなさが手にとるよう分かるのだろう。
限られた者しか立ち入ることのできない離宮で満足な教育を受けることも出来ず、戒めの呪いの目を眩ますために情報を遮断してきたが故の偏った知識と環境のせいで、トリスティアは自身の本質を理解できないでいる。
スティーラもアニタもすぐに理解できることではないと思ってはいたが、ここまでのトリスティアの様子に、道は長く険しいかもしれないと遠い目をして。
「姫に見えるけど王子、ということなのね」
まだよく分からないような顔をしてぽつりと溢したトリスティアの言葉に、二人は苦笑いした。
諸事情説明回はこれにて終了です。