三番目の子の、諸事情①
「トリスティア、貴方ね、本当は王子なの」
マギーの手を握り返しながら、鳶色の瞳を少し哀しそうに揺らした母の言葉を、トリスティアは思い出していた。
月に一度、トリスティアは王宮に参上している。
決められた時間に決められた場所でお茶をして帰ってくるだけの、三番目の子の存在を忘れないためという、トリスティアにとってはよく分からない行事だ。
もちろん公式行事というわけではないから気楽なものなのだが、今日はいつもと様子が違っていた。
まず、新しいドレスが用意されていた。
マギーに着付けてもらいながら、これが自分のために新調されたドレスだということに気づいて、驚く。
いつも王宮に行く時は二番目の子で姉のドゥフィーネから下げられたドレスを着ていた。
一度しか袖を通していないようなシワひとつないドレスは新品同様でどれも可愛らしかったが、トリスティアの体には少々合っていなかった。
二人の背丈はそう変わらないが、三つ年上のドゥフィーネは大人びた体つきをしているため、トリスティアが着るとところどころドレスの布が余る。
それをマギーがうまい具合に誤魔化して着付けてくれるのだが、今日のドレスは最初から体にぴったりと合っていた。
光沢のある生地に金糸で刺繍された小さな薔薇の花が散りばめられた空色のドレス。裾に向かって三段に広がる柔らかなスカートはトリスティアが動くたび、ふんわり弧を描く。
ふわふわ揺れる金色の薔薇をいつまでも見ていたくなるような、素敵なドレスだ。
マギーによって色とりどりの造花で飾られ編まれた金髪を背に垂らし、金糸の刺繍が見事な空色のドレスで着飾ったトリスティアを、誰が不憫な子だと思うだろうか。
いつもの疑問が頭をもたげる。
こんなに素敵なドレス、本当にいいのかしら。
誰に会うわけでもないのに新品のドレスを身に纏い、落ち着かない気持ちのまま、トリスティアは一人離宮を出た。
戒めの不憫な子とはいえ王族なのに、トリスティアには護衛が付いていない。トリスティアの見えないところで誰かが見守ってくれているかもしれないが、戒めの呪いに巻き込まれて大惨事になることを防ぐため、不憫な子には極力人を近づけないことになっている。
だから、どこへ行くにしてもトリスティアは一人で出かける。王宮では何が起こるか分からず危ないので、マギーも連れていかない。マギーは心配するが、トリスティア一人なら戒めの呪いに見舞われたとしても切り抜けられるし、慣れている。
いつも通りちょっとした不運な目に遭いながら時間通り王宮の中庭に辿り着いたトリスティアを、なんと母と乳母のアニタが待っていた。
いつもならこの中庭の四阿には、朝食と昼食の合間の時間に合わせた美味しいお茶と軽食が一人分用意してある。それはもちろんトリスティアのために用意されたもので、席に着くとひとりぼっちのお茶会が始まる。
滞在時間が決められていて早く食べ終わったとしても退席することはできないから、ここぞとばかりに王宮の味を一口一口ゆっくり味わう。
見たことのない果物や食べたことのない味わいに驚いたり感動したりしながらも、一人はちょっと寂しいなと思ってしまう。
離宮なら、マギーがいてくれる。一緒に食べることはできないけれど、側に控えて話し相手になってくれる。
マギーみたいにお喋りに付き合ってくれなくてもいいから、ここにも誰か付いてくれればいいのに。
そんな叶わないことを思っていたトリスティアもまさか、母とアニタが同席してくれるとは思わなかったし、望みもしなかった。
どうしたんだろう、何かあったのかしら、と思っていると母、スティーラがにっこり微笑む。
「トリスティア、十五歳おめでとう」
自分の誕生日だった。