三番目の子を、見極む従者
「トリスティア様には私の息子として、コルボーの名を継ぐ者になって頂きたいと思っております」
息子にと請われたことに驚きの声を上げたトリスティア様は、コルボーの名を継ぐ者にというナタン様の言葉に、今度は円な瞳を溢れそうなくらい見開き固まってしまわれた。
無理もない。
ここに着いてからこれまでのところ、驚くことしか告げられていない。
我が主ながら、畳み掛けて我を通すような容赦のないやりように、トリスティア様が気の毒になってくる。
切った張ったの世界を潜り抜けてきた名残りか、優しげな顔で悪どいことを平気でやれるのだ、この主は。
今も、度が過ぎて萎縮させないようトリスティア様の反応を窺う黒い目は、優しく細められている。
そんな風に気遣うことができるのなら、もう少し小出しにして伝えるかどうかして、衝撃を抑えて差し上げれば良いものを。
妻にするつもりはないと拒絶されたかと思えば、息子に、名を継ぐ者に、と望まれる怒涛の展開にトリスティア様の心中の動揺はいかばかりかとお察しする。
それでも取り乱したりなさらないのは、さすが王族というべきか、それとも本来の気質がそうなのか。
見極めるにはまだ材料が足りない。
「私を、コルボー伯爵様の後継者に望まれていると、そういうことですか?」
確認を取るように問うトリスティア様の声から動揺の色は少しも窺えない。
ご自分の現状をしっかり把握しようとするあたり、可憐で儚げなのは見た目だけなのかもしれない。
「はい、そういうことです。王家から頂いたせっかくのご縁でしたので、当家たっての希望で養子縁組へと変えさせて頂きました。もちろん、これは陛下もスティーラ様もご承知の上でのことです」
当家のというよりも当主であるナタン様たっての希望で成った縁組なのだが、首を傾げるトリスティア様に本当のところはとても明かせない。
まさか、初恋の君にその御子を娶らされそうになったところを、まんまと義理の息子として迎えることにしただなんて。
我が主くらい図太い神経をしていないと王族相手に、ああは切り返せなかっただろう。
トリスティア様の身柄を保護するための嫁入りを、言葉巧みに養子縁組にすげ替えられた陛下の苦々しい顔を思い出す。
スティーラ様は昔から全く気付いていらっしゃらないようだが、きっと陛下は我が主の岡惚れ、というかスティーラ様に対する崇拝に近い複雑な感情に気付いていらっしゃる。
気づいていながら、スティーラ様からの強い後押しに負けて我が主に頼った結果が、これだ。
苦虫を噛み潰したような顔にもなろう。
そんな陛下から滲み出る不穏な空気を意に介さず、満面の笑みで養子縁組の誓約書を手に入れたナタン様はまさに傍若無人。
陛下の不興を買ってもおかしくはないと肝の冷える思いでいたのが馬鹿馬鹿しくなるほど清々しい笑顔で、トリスティア様をコルボーに迎え入れる手続きを調えた主の辣腕を、誇らしく思えば良いのか、こんな時ばかりと呆れれば良いのか。
「こう見えて私は王家の覚えめでたい辺境伯ですからね。ちょっとした我儘なら割と聞いて貰えるのですよ」
とはいえ、確かに我が主は王家の覚えめでたい。
我が主ナタン様ことコルボー伯ナサニエルは、夜の精の加護地を統べるファンセ領領主にして、三番目の子の呪いが発動する代の王族からは重用される、黒の加護を持つ夜の精の眷属筆頭。
我が主の黒目黒髪は夜の精の気を強く表しているため、現王家からも一目置かれている。
さらにコルボーの分家の姫であるスティーラ様が王家に嫁いでいることもあり、当家が王家にある程度の融通を利かせてもらえるのは暗黙の了解となってはいるのだが、今回のことはナタン様がその豪腕でもってもぎ取ってきたもの。
我儘を聞いてもらえたのではなく、聞かざるを得ないように持っていっただけだろう、あれは。
我が主ながら絶対敵には回したくない人だ。
「ああそうだ。これで私たちは系譜上親子となりましたので、どうぞ私のことは父とお呼びくださいね」
「えっ?」
「お父様でも、父上でも、好きなように呼んで頂いて構いませんが」
「ナタン様が構わなくても、こちらが構います。無用な争いを生むようなことは、冗談でもやめてください」
トリスティア様が素直に口を開くよりも早く、またとんでもないことを言い出した主の愚行を諌める。
一体何を考えているんだ。
構いたくとも呪いのせいで顔を合わせることすら出来ず、面と向かって父と呼ばれたこともない陛下の心中を、少しは慮って頂きたい。
陛下に恨まれますよ、と音を出さず口唇で伝えれば、悪戯が見つかった子供のように肩を竦める我が主。
「まあ確かに?血の繋がったお父様を蔑ろにするというのは良くないことですね。それでは私のことは、ナタンとお呼びください」
「ナタン様?」
「うん、愛称で呼びあうというのも家族らしくて良いですね。では、トリスティア様のことは、そうですね、トリィと呼ばせて頂いても?」
「はい、是非」
身を乗り出す勢いで答えたトリスティア様が嬉しそう顔を綻ばせると、ナタン様も満面の笑みを返す。
「呼び名を頂いたのは初めてです。ナタン様、ありがとうございます」
「どういたしまして。それではトリィ、お互い徐々に敬語もなくしていきましょうね」
親子というよりも、教師と生徒のようなやりとりだが、二人が楽しそうなのでこれはこれで良いのだろう。
結局、陛下には恨まれることになりそうだが。
お読みいただき、ありがとうございます。
従者ヘリオス視点のお話でした。




