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三番目の子は、姫様じゃない。

 なんとか離宮に戻ってきて、刺草に塗れたドレスを着替えたところ。

 鏡台の前に座って髪を梳かれながら乳姉妹で専属女官のマギーに声を掛ようと窺い見るも、なんだか険しい顔をしている。

 トリスティアの髪にそっと櫛を差し込み梳いていくマギーの手つきには、どんな小さな棘をも見逃すまいという気迫がこめられている。

 その真剣な様子に、今は話ができる状態ではないと諦めて、マギーが集中しやすいよう大人しくしておく。

 

 マギーはトリスティアの金髪に並々ならぬ思い入れがある。


 腰までたなびくトリスティアの金髪が、春の光を集めたように輝き、ふわふわと軽く、指通り滑らかなのはマギーが日夜その手入れに勤しんだ努力の賜物だ。

 トリスティアには窺い知れない手法によって日々丹精をこらすマギーは、この御髪は私がお育てしましたと言って憚らない。全くその通りだと、トリスティアも思っている。

 

 いつもより張り切って整えた金髪を乱されて、マギーもさぞかし刺草を憎んでいることだろう。

 今更ながら、綺麗なまま帰って来られなかったことが悔やまれる。


 せっかくのドレスも台無しにしてしまった。

 あの空色のドレスはもう日の目を見ることはないのだろうか。さらさらと肌触りが良く、金糸の薔薇が散りばめらた素敵なドレスだったのに。


 気持ちが萎れて俯きそうになるのをぐっと堪えて、背筋に力を入れて前を向く。綺麗に梳かれた金髪をあらゆる角度から見回して満足気に頷くマギーが、鏡に映っている。

 自分に注がれる、その優しい眼差しに許しを得た気がして、トリスティアは口を開いた。


「マギー、あのね、私、姫様じゃなかったみたい」

 

 帰ったらマギーになんて伝えよう、聞いてマギーはどう思うかしら、と悩みに悩んだ帰り道。おかげで躓き転んだうえに憫れまれてしまったけれど、結局いい考えは浮かばなかった。

 髪を梳かれながらも考えていたけれど、トリスティアの金髪を愛おしげに見つめるマギーの顔を見ていたら、どんな言葉を使おうとも真実を伝えることが何より大事なことだと気づいて、思うままを口にする。


 トリスティアの言葉を聞いたマギーは驚きからか、その深緑の瞳を見開いている。吊り上がり気味な目が丸みを帯びると仔猫みたいで可愛いな、なんて場違いなことをトリスティアが思っていると。


「存じておりますよ」

「え?」

「トリスティア様が、姫様じゃないなんてこと、とっくの昔から存じ上げております」


 と、なぜか誇らしげに胸を張って、マギーはトリスティアににっこりと微笑んだ。


 今度はトリスティアが目を丸くする番だ。

 自分に関わるとっておきの秘密だと思っていたのに、マギーはとっくの昔から知っているという。

 自分ですら今日初めて知ったことなのに。どうして。


「知っていたの?」

「ええもちろんです。トリスティア様のお世話を一体誰がしているとお思いですか?」


 トリスティアが問えば至極当然の答えが返ってくる。

 この離宮でトリスティアに仕えているのは、マギーとマギーの母でトリスティアの乳母であるアニタだけだ。

 乳母のアニタは王宮との調整や離宮の管理を主な仕事とし、髪の手入れはもちろん、トリスティアの身の回りに関することは全てマギーが一切を取り仕切っている。

 自分よりも小柄なマギーにばかり頼るのは申し訳なくて、簡単なことなら自分でなんとかしているが、ドレスの着付けや髪の手入れなどには力及ばない。

 今朝も、あの素敵な空色のドレスを着付けくれたのはマギーだ。

 

 こんなに身近で世話をしてくれるマギーが、秘密に気付いていないわけがなかった。ずっと知っていて、それでも自分の世話してくれていたのだと思うと、いたたまれない。申し訳なくて、恥ずかしくて。


 どんな顔をしていいのか分からず、また俯きそうになっていると、正面に回り込んだマギーが膝に置いた手をそっと握ってくれる。温かく優しい手つきにトリスティアが顔を上げると。


「私はとっくに存じておりましたし、トリスティア様が王子様だとしても変わらずお仕えする所存ですので、何も問題はありませんよ」


 本当はきっと問題だらけだというのに、なんでもないことのようにマギーは言ってのけた。


 姫様じゃなくて王子様でも側にいてくれる、と。

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