三番目の子の、処遇のゆくえ
いま、なんと仰った?
妻にするつもりはない、と聞こえた気がしたけれど?
自分にあまりにも都合の良い言葉が聞こえた気がして、トリスティアは耳を疑った。
王子を娶るだなんてコルボー伯爵があまりにも気の毒だと思ったトリスティアは、早々に秘密を明かして自分との結婚を反故にしてもらおうと思っていた。
どういう事情でこんなに急な輿入れとなったのかは知らないけれど、きっとこれは自分を護るためのものだと気がついたから。
王家とコルボー伯爵との間になんらかの取り決めがあって、こちらに保証や報酬があったのかもしれないが、それはそのまま取っておいてもらって、こっそりこの話はなかったことにしてもらおう。
その上で、どうにかここに置いてもらうことはできないだろうかと、トリスティアはそんな身勝手なお願いをしようと思っていた。
自分に何ができるかは分からないけれど、離宮の主様お墨付きの地であれば、誰にも迷惑をかけずに一人でやっていけるような気がする。
せっかくついてきてくれたけれど危ない目には合わせたくないから、マギーには王宮に帰ってもらう。
すごく寂しいし、きっとすごく怒られるだろうけれど、そんな決意を持ってトリスティアはここに来た。
でももし、本当にコルボー伯爵がトリスティアを妻にするつもりがないというのなら。
そんな願ったり叶ったりなことが起きていいのか信じられなくて、トリスティアは真意を図ろうとコルボー伯爵の目をじっと見つめる。
真顔なのに、滲む優しさが隠しきれていない黒い瞳。
「もっと他に言いようがあるでしょに、うちの主人がすみません」
とんでもない発言に驚きの声すら上げず目を見開いたままのトリスティアを慮ってか、爽やかな香りを放つ茶器を差し出したコルボー伯爵の従者から声がかかった。
「ナタン様の心ない言葉にトリスティア様が石みたいに固まってしまわれたじゃないですか。本当に何を考えているのですか?」
「本がお好きだと聞き及んだゆえ、市井で流行りの物語の一節を借りてみたのだが」
主従逆転の様相で責められたコルボー伯爵は真顔から一転、眉をハの字に下げて項垂れた。
「そんな市井で流行りの下世話なことを仰っても、深窓の佳人であるトリスティア様に通じるわけがないでしょう?そんなことも分からないとは。このおじさんが、本当に申し訳ございません」
場を和ませようと思ったのですが、と小さく呟いたコルボー伯爵と自分の主人をおじさんと称する従者のやりとりがまるでトリスティアの大好きな騎士と従者の物語のようで、思わず吹き出してしまう。
「まぁ、場を和ませるという目的は叶ったようですね」
くすくす笑うトリスティアに従者も顔を綻ばせ、コルボー伯爵を慰める。
「申し遅れましたが、私はファンセ領にて領主補佐官を務めておりますヘリオスと申します。幾久しくよろしくお願い申し上げます」
ほんの一瞬前まで主人と冗談のようなやりとりをしていたとは思えない優雅な身のこなしで、ヘリオスと名乗った従者は最敬礼をとるとにっこり微笑んだ。
「こちらこそよろしくお願い致します」
一変したヘリオスに、トリスティアも急いで込み上げる笑いを微笑みに代えて答えた。
もう立ち直ったコルボー伯爵の顔もにこやかで、打ち解け始めた三人の和やかな雰囲気が厳しい応接室の空気を柔らかく変えていく。
「それにしても、トリスティア様は麗しい方ですね」
「そうだな」
「とても我々と同じ男とは思えませんね」
「ああ、全くだ」
トリスティアの笑顔をまじまじ見つめながらヘリオスが褒める言葉に照れていたら、またもや耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
同じ男とは思えない?ということは、もしや。
「お二人とも、ご存じなのですか?」
「はい。我々二人とも、トリスティア様が王子でいらっしゃることをスティーラ様から知らされております」
「母から?」
「ええ。先日ヘリオスと王宮を訪れた際に、スティーラ様からトリスティア様の秘密明かされ、結婚の打診を受けました」
秘密を明かした上での結婚の打診、それは。
断れないようにして無理矢理受けさせたということではないだろうか。
我が母のことながら、その強引な手口にトリスティアは申し訳ない気持ちになる。
「そういうわけで、私は最初からトリスティア様を妻にするつもりはありませんでした。王子の身で二十も年上の男の嫁になるなど、トリスティア様もさぞや困惑されたことでしょうが、もう安心して頂いて大丈夫です。その代わりと言ってはなんですが、トリスティア様には、私の息子になって頂きたいと思っております」
「えっ、息子?」
妻にするつもりはない、と言われた時には上がらなかった驚きの声が、今度はさすがにトリスティアの口から飛び出した。




