三番目の子は、離宮を発つ。
王宮に召喚されたトリスティアは、謁見の間ではなく、王の私的応接室に通された。
王と王妃、母スティーラ、そして一番目の子アンドロスと二番目の子ドゥフィーネが揃っている。
こんな時でなければ、初めての家族勢揃いだと喜ぶところなのだが。
「トリスティアをコルボー伯ナサニエルの元へ嫁がせることにする」
トリスティアが一番入り口に近い席に着席するやいなや、父王クラウスが固い声を発した。
一同、聞かされる内容をある程度は把握していたのか驚きの声を上げる者はなく、しんと静まり返っている。
「発言をお許し頂けますか」
声と同じく固い表情の父を見て、誕生日に出会った優しい目の色を思い出しながらトリスティアが声を上げると、クラウスは重々しく頷く。
「先日、コルボー伯爵様とはご挨拶させて頂き、大変お優しいお方とお見受け致しました。此度のお話、喜んでお受けしたく存じます」
この場にふさわしい程度の、なるべく嬉しく聞こえるような明るい声音で言ってみたけれど、父の顔は依然として厳しいままだ。
この重々しい空気をどうにかしたかったのだけれど。
「光の聖堂が騒いでいるゆえ、明朝にはこちらを発たねばならぬ。用意は出来そうか」
クラウスの言葉に、ドゥフィーネは息を呑み、アンドロスは眉を顰めた。あとの二人が動じていないのは事前に知らされていたからだろうか。
母の目には泣いた跡のような朱が差して見える。
トリスティアも明朝と聞いて全く驚かなかったと言えば嘘になるが、今日は朝からいつでも辺境に向けて発てるようにマギーと荷物の整理をしていたせいか、落ち着いて父の言葉を受け止めることができた。
やっぱり離宮の主様の言うとおり、支度しておいて良かった。
朝は苦手なはずなのに、自分の元へこの一報を届けてくれた離宮の主への感謝の念が溢れる。
「こちらはいつでも発てるよう手配は済んでおりますゆえ、いつなりとご判断くださいませ」
トリスティアが落ち着いた調子で言えば、誰のものとも知れないため息が漏れる。
「物分かりが良すぎるというのも、考えものだな」
クラウスがぼそりと呟く。
父として、自ら手元で守ってやりたかったのだろう苦々しい気持ちが、その握られた拳に表れている。
もっと、悲しんだりしたほうが良かった?
予告されていたから取り乱さずに済んだだけで、トリスティアは自分が特別物分かりがいいとは思わない。
展開の早さには驚いているし、いまだに王子の自分が誰かに嫁ぐということに納得はしていないけれど、いつかは離宮を出る日がくると思っていたのが、意外と早く来たというだけのことだ。
いつか、が、いま、になっただけのこと。
やっと言葉を交わせた父や初めて顔を合わせたのに心配そうに自分を見つめる王妃様、いつもの無表情を少し歪めた王太子殿下と、唇をぐっと引き締めて強い眼差しを向けるお姉様、そして大好きなスティーラ母様。
みんなと離れて暮らすのは寂しいことではあるけれど、二度と会えないわけではない。
きっとまたこうして、今度は家族勢揃いなことを祝福できるときに、集まることができるに違いない。
不憫な子と可哀想がられてきたけれど、ちっとも憫れなことなど今までなかったのだから。
寂しがってくれるだけ、悲しんだりはしないでいい。
「ここまで大きく育てて頂き、また今までとても幸せに過ごさせて頂けたこと、心から感謝しております。本当にありがとうございました」
今までで一番の笑顔と最敬礼で、トリスティアは家族に別れの挨拶をした。
翌朝、まだ空が明け色に染まり始めた頃。
近くで見送る人のない中、トリスティアはマギーとともに初めての馬車に少し興奮した面持ちで乗り込み、離宮を後にした。
王宮の展望台では父王クラウスと母スティーラが肩を寄せ合って、トリスティアを乗せた馬車の行く先を陽が昇り始めるまでずっと見つめていた。
お話の舞台は辺境の地へ向かいます。




