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三番目の子と、姉の合図

 トリスティアとコルボー伯爵が席に着いた頃合いを見計らって、給仕のための侍女が近づいてきた。

 当然のことながら茶器を乗せた盆を手にしており、危なげない足取りで二人の元へ向かってきているのだが、トリスティアは彼女の動きを注意深く見守っていた。


 昔から、このサロンでは不思議と不運な目には遭わないけれど、油断は禁物。


 今、こちらに向かってきているのは見たことのない侍女。いつものドゥフィーネ専属筆頭女官ではない。

 トリスティアのことをよく知るあの女官ならば何の問題もないのだけれど、初めての者には何が起こるか分からない。


 いつもは手練れの女官たちで固められているのに珍しいなと思って、トリスティアはふと気づく。


 そういえば、このサロンに通されて最初に話しかけてくれたご令嬢は姉の専属筆頭女官に面差しが似ていたような気がする、と。

 ドゥフィーネの席の近くで談笑しているのを見ると、やはりその笑い方や声が似ている。隣で相槌を打っている令嬢も、姉がずっと歌を歌っていた日に伴奏をしていた女官にそっくりだ。


 部屋中を見回せば、皆どこかで見たことのあるような顔をしている。


 離宮からほとんど出ることなく暮らしているにも関わらず、トリスティアの容貌は広く知られているらしく、滅多にないことだがこのように大勢の人の目に触れる場に出された場合、少し離れたところから憫れみの目を向けられるか、積極的に可哀想がられるのどちらかになってしまう。


 そんなトリスティアにまともな社交を望むことなど不可能に近いのだが、この茶会の参加者たちからは憫れみの視線や空気を感じない。


 皆さん、お姉様のところの人達なのね。


 気づいてみれば、当然のことだ。

 何においても抜かりないドゥフィーネが何も考えずに茶会にトリスティアを招くわけがない。

 王家の二番目の子の側仕えともなれば貴族の令嬢子息であることが多く、一通りの社交を学んでから宮仕えする者ばかりであるし、ドゥフィーネの手の者ならばトリスティアを三番目の呪われた子扱いはしない。

 トリスティアの社交デビューの場を固めるにはうってつけの人選だろう。

 考えていることはよく分からないけれど、ドゥフィーネの采配はいつも的確で、頭が下がる。


 では、目の前のコルボー伯爵はどうだろう。

 どこかで会ったこともなければ、姉に支える者たちの中に似たような顔は覚えにない。まず、この黒目黒髪というのがこの国では珍しい色合いなので、もし見たことがあれば忘れるはずがない。


 もしも完全に初対面であるならば、トリスティアにとっては自分を無条件に可哀想がらない数少ない貴重な人物ということになる。

 昨日会った父よりは若く見えるけれどトリスティアよりは随分年上のようなのに、離宮の主と同じ色をもつ安心感によるものか、大きな体に柔和な笑みを浮かべる様子は話しやすそうに見えて、急な誘いに臆することなく同じ席に着くことにも抵抗がなかった。

 

 一方そのコルボー伯爵はというと、給仕の侍女が下がるまでは話をするつもりはないのか、頭の中であれこれ考えては納得したり不思議がったりしているトリスティアを、微笑ましく観察していた。

 給仕の侍女に注視しているトリスティアの紫眼が爛々としているのに気づいたコルボー伯爵は、不審な動きのない侍女に対してトリスティアが警戒心を抱いたのにも気づいて、さてこの後どうなるのかと、静観している。


 そんな二人の前に、薔薇色のお茶と新鮮な果実がふんだんに添えられた焼菓子の皿が、並べられる。


 このような華やかな場にふさわしく、味でも見た目でも楽しめて、会話の糸口にもなりうる品々ではあるけれど、トリスティアにとっては目の毒でしかない。


 王宮仕込みの侍女のようだけど。

 

 お茶の淹れ方も、それを供するその所作も、お手本のように美しく無駄な動きひとつない。

 かえってそれが、うっかり間違って他のテーブルと同じものをトリスティアに出してしまったという可能性を否定する。何に対しても完璧な姉がトリスティアに対する指示を怠ることなど考えられないし、きっとこのことに関しては一番厳しく指示したはずだ。

 臨時とはいえ、主人から厳しく指示されたことを見過ごすような新人には到底見えない侍女への警戒心が高まる。


 その主人である姉の方をそっと窺い見れば、トリスティアの前に出されたものをじっと見つめて、綺麗に巻かれた栗色の毛を人差し指に巻きつけ弄んでいる。


 髪をくるくるするのは、敵襲の合図。


「コルボー伯爵様、大変申し訳ございません」


 ドゥフィーネからの合図を受けてまず、これから起こることに巻き込んでしまうことをコルボー伯爵に謝っておく。謝ったところできっと面倒なことになってしまうのだけれど、このあと謝罪の機会があるとは限らない。

 王子として生きることになった時の相談相手になってくれたらと勝手な願いを抱いていたのだけれど、碌に話もできなければ縁繋いでいくのは難しいかもしれない。

 残念だけど仕方がない、と諦めて、トリスティアは手と目にぐっと力を入れる。


 トリスティアの謝罪の意味を知ってか知らずか、さして驚いた顔も見せず、トリスティアを見ていた眼差しと同じように静かに頷くコルボー伯爵。 


 許しを得たトリスティアはもう迷うことなく、給仕を終えて下がっていこうとする侍女の手首をしっかり掴んで、低く囁く。


「お姉様に怒られる覚悟は、できていますか?」

次のお話はまた視点が変わります。

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