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ふたりな  作者: TKN
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第四話 「古傷」 中編

どうもTKNです。 今回から、心理描写を他のキャラクターに繋げて移す。

 というやり方を組み込んでみました。


まだまだ不器用ですが、どうぞ宜しくお願いします。

もう、見慣れてしまったこの町並み。いつものデパート、個人商店。時間のように流れ、過ぎていく。

 黒色のリムジンの窓から、見飽きている町並みをただ眺める。


そこに、一際鮮烈に、記憶に残る交差点。信号が赤になり、その交差点に車は止まる。

 

「…余り、この交差点では止まりたくないわ。」


鬱。というよりも、心の傷を強く握り締められる。

 心苦しさか、私はうつむき、眉間にシワを寄せ唇をかみ締める。


「お嬢様。やはりまだあの時の事を?」

隣には、荷物持ちとしてついてこさせた。私とは違う生粋のフランス人のアリサと言う名前のメイド。

 私が、物心ついた時より一緒にいる、いえ、一緒にいてくれる姉の様な存在。

屋敷でも、私を知ってくれている数少ない人。執事のエドもその一人。

 

「いえ、なんでもないわ。でも……ココを見ると、やっぱり思い出すのよね。」


「そうで御座いますね。あの元気な少年。私も忘れ様も御座いません。」


相槌を打ち、少し、私の髪に触れると、そっと私を抱き寄せ、私に話しを合わすアリサ。

 私は、そんなアリサの胸の中で思い出す。



そう、忘れもしない10年前。ちょうどこんな晴れた、肌寒さが残る日。

 私は、早く家に帰ろうと、この交差点の信号と、慌てて止めるアリサを無視して、横断歩道を渡った。

  もちろん、左右確認して、車は着ていなかったから。

 でも、そこは交差点。曲がってくる車には気づいていなかった。


迫る車。運転手も慌ててブレーキを踏むけれど、そんな急に止まれるモノじゃないわ。

 驚いて立ちすくむ。そう、まるで走る車を目の前にした猫の様に。

そんな私を、誰かが助けてくれた。

 私を横から蹴り飛ばして、その人が私の代わりに、車にはねられた。

車の衝突から助けられ、転倒しただけの私は起き上がり。

 私の身代わりに跳ねられた人。同い年ぐらいの男の子。

 その男の子に慌てて駆け寄ったわ。アリサも、その運転手も。


そんな私達の心配とは裏腹に、その少年はあれだけ激しく跳ね飛ばされたにも関わらず。

 無駄に元気に起き上がり。全然問題無いと言ってのけた。

子供は、まだ体が完全には出来上がっていないし、それだけに柔軟なので、

 結構、大丈夫なケースはよくある事。でも、それは衝突にたいしてのみ。

私は、元気に起き上がった彼の顔を見た。左の頬に大きな傷がついていて、血が流れ出ている事に。

 私とアリサと、運転手は慌てて病院に連れて行こうとしたわ。

 でも、その少年。恥ずかしかったのか子供とは思えない速度で走り去ってしまった。


帰宅後。お父様に全てを話した私は、自責の念を全てお父様にぶつけた。

 そうすると、お父様はこう言ったわ。

「凄い少年もいたものだ。 よし、その少年の事は調べておこう。

  だが、それからどうするかは、鈴女。お前が決めなさい。」


優しく、けれど厳しい表情で小さかった私の頭を撫でてくれた。

 お父様は、電話をとり、近場の探偵や、小学校、役所に至るまで。

 私が知る容姿だけを頼りに探してくれた。 

数日後、見つかったわ。お父様の情報網。そして、探偵の数。

 人海戦術に近いモノがあったと記憶はしているけど、余り覚えていない。


その所在を知った私は、お礼に自分で初めて作ったお菓子を持って彼の自宅にいこうとしたの。

 思ったより作るのに手間がかかり、夕暮れになっていたある日。

彼の学校の帰宅路を頼りに歩いていた。見覚えのある背丈と後姿。そして同い年の子が二人いた。

 でも、様子がおかしかった。 いえ、苛められている様にも見えなかったけど、それに近いもの。


「ヤクザー」

「こわっよるなこわっ!」


あの時の傷の所為。この言葉で、彼の顔に傷が残ってしまっている。そう思い知らされた。

 私は、自分の手に持っているお菓子を見てこう思った。 そしてお父様の、どうするかは自分が決める。という言葉。


その意地悪を言う子供二人を少年は、顔を真っ赤にして殴りかかっていたのは覚えてる。

 

近場にあったゴミ箱に、私はそのお菓子を捨てたわ。勿論食べ物を粗末にしてはいけない。

 それは判っていた。けど、そんな事がどうでも良くなるぐらいに自分に腹がたったのを覚えてる。

 そして…男の子二人を叩きのめして、満足そうに帰る夕日に照らされた彼の背中。


それから何年か過ぎて、顔に傷のある、青年がこの町で鬼と呼ばれる程の悪玉になっている。

 そう聞いた。 私の自責の念は更に強まり。行くべきである筈だった私立の高校。

 そこをお父様に申し上げ、彼と同じ公立の学校へと入学した。


…そう。あのままじゃ、彼。彼女なんかできそうに無いし。

 なら、それで何かの恩返しにならないかと。私はその学校へと入学した。


「お嬢様。つきましたよ?」


物思いにふけっていた私を、揺すって気づかせるアリサ。


「あ、…ありがとう。」

「いえいえ、でもお嬢様。あの少年。いえ、清水一多様。とても良いご友人に恵まれた様ですね」

「ええ。友人と、一人の女の子に、ちょっとしつこい程求愛行動とってるわ。」

「判ります。お菓子を持って帰りたい。そう申し上げられたあの子ですね。

  彼、お菓子を食べたいのを必死で我慢していましたものね。見ていて微笑ましかったです。」


「そして、アリサ。貴方の胸元も食い入る様に見ていたわね。」

二人して、苦笑いを浮かべる。

 確かに、アリサの胸は大きい。でも私だって、半分はフランス人の血が流れてる。

 いつか必ずこうなってるわ! うん。そうに違いない。

 そう思いつつ、連絡していた、ホテルのレストラン内部へと。


ここも見慣れた場所。綺麗に整列された像と、大理石の床に赤いカーペットが敷かれている。

 その左側にカウンター。 入り口左右に警備員一人ずつ。

私は、そのまま奥にあるエレベーターに行き、

 10Fにあるレストランへと。


待っていたのは、そこの経営者。お父様の友人で、とても気さくで面白い人。

 同時にここの料理長でもあり。私もたまに料理を教えて頂いているわ。

 良く考えたら、そんな料理を食べた事が何度もある彼は幸せ者ね。お父様でも食べた事無いのに。

 私が来たのを視認した彼、経営者の観月義人さん。 年齢は42歳。妻子持ち。

 清潔感漂う風貌。髪は全て帽子の中だけど、普段はオールバックの白髪交じりの黒。

 割と痩身で、背も高め。

 よく、会うし話もしているので、詳しく知っている。


「やぁ鈴女ちゃん。ようこそ。ご用件は聞いてるよ。さぁこちらへ。」


ついでに、私をちゃんづけして呼ぶのもこの人だけ。そして畏まらないのもこの人だけ。

 お父様が、仕事で滅多に居なく会えないのを知っているから。

 多分そうだから、こういう接し方をしてくれる人。

 唯一つ、気さく過ぎるのも問題だけど。

 年頃の女の子の腰に、気安く手を回して案内しないでくれるかしら。このセクハラ親父。

 腰に回った手を払いつつ、私はレストラン内部へと入った。


「大体の仕切りはすんでるよ。」

手際良く、大きなガラス張りの窓から外を一望出来る様。整えられたテーブルと椅子。

 そこへ私は立ち。周囲を見回す。


「一人、とんでもなく大食いで、体の大きい人がいるから、

  この一箇所だけテーブル追加してくれませんかしら? 義人さん」

「おお。そんな大食いの若い子もくるのかい。そりゃ楽しみだ。

 ここの料理の内容と格式上。どうしてもそういった料理人の喜びの一つと出会えなくてね。楽しみだよ。」

「クス。そうね。ちょっと度が過ぎるテーブルマナーも知らない男が多いと思うけど。」

「ははは。構わないさ。料理はテーブルマナーで食べられても私は余り嬉しくない。

  見た目が酷くても、うまい!と言われて沢山食べてくれた方が、料理人としては張り合いがある。」


そんなものなの?と、首を傾げた私。それに大きく頷いた義人さん。

 そして、義人さんとアリサと一緒に厨房へと。


「どうだい。非番の子達も総動員しておいたよ。」

十数人、若い子。といっても私よりは年上の青年が並んで私を迎え入れる。

 厨房は、広く。銀色の流し台や、大きなコンロ等、銀色でほぼ統一されている。

 壁は、客間の方と違い、白い。汚れる処なのに、汚れ一つ無い真っ白な厨房。

 居心地は悪くない。でも。


「天野お嬢様、ようこそ厨房へ。」


これ。毎回の事だけど、こういう堅苦しさは抜けない。唯一義人さんだけが、対等で扱ってくれる。

 そして、厨房のテーブルに並ぶ材料。


「うん。当然だけど、相変わらず良い材料ばかり使っているのね。」


「ははは。それは当然。さ、鈴女ちゃんは奥で休んでいてくれていいよ。

 時間までにこちらで全て用意しよう。」

「いえ、私も作るわ。一人分だけだけどね。」


その言葉に、義人さん含め全員が、何故か一瞬凍りついた。どうして凍りつくのよ。


「鈴女ちゃんも…つ、つくってくれるのかい?またどうし・・・ああ。意中の彼でもいるんだな。」

にやにやと、清潔な手を顎にあてて、私を見る。

「どうしてそうなるの? ただ彼は私にとって特別なだけ。でも特別の意味が違うわ。」


そう言う私を、まだにやにやしながら、頷いて、私に調理服を手渡してくれた。

 何か勘違いされている様だけど、まぁ、いいわ。


そして、普段ではあり得ない量の料理が作られ続ける。

 そんな中、私も厨房に立ち、作っている。

・・・あれ。確かこれはこうして。うん。こうね。 

 試行錯誤しながら、料理を作り続ける。

何かしら、背中から嫌な視線を感じなくも無いけれど、今は調理に集中しなくちゃね。



それから、1時間程。かしら。それぐらいの時間が立ち。

 客間の方へと、料理が運ばれていく。もちろん私のは自分で運んだわ。


あらかた準備がおわって、一息つく私。


「お疲れ様。さて後は意中の彼と、その友達がくるのを待つだけだな。」

「義人さん。…怒りますわよ。」


明らかに誤解され、不快感を顔に出す私に、義人さんはわざとらしく慌てた振りをして誤魔化した。

「ん?あいやすまん!いや~ついついな。然し若いっていいもんだねぇ。」


無理矢理話しを別の方向へ持って行こうとしてるのかしら。 ヘタクソね。


そんな義人さんを睨む私の視界に入ってきた、見知らぬ黒服の男達8人。

 それに気が付いた義人さんは、その男達に近寄りこういう。

「どなたかね?今晩は貸切ですまないが…。」


言葉は続かず、義人さんは何か黒く小さいもので叩かれ、壁際へと蹴り飛ばされた。

 その黒い物。余り信じたくないケド。拳銃。どこで手に入れたのか。

 安っぽい中国製のトカレフ。 暴発したりしそうで嫌だわ。こっちに向けないでね。

 割と、エドの手塩にかけた傭兵を見慣れている私は、冷静に場を分析していた。

 

「誘拐かしら?」


その言葉に、黒尽くめの男達の一人。名前なんて聞きたくもないし、

 知りたくも無いから、黒いの1とでも名づけましょう。

その黒いの1が、私に答える。

「何とも気丈な嬢ちゃんだ。 見た目通りと言うかまぁ、

 話が早い。大人しく言う事聞いてくれれば何も心配する事はない。」


何、このアリガチなテンプレート悪人。馬鹿みたい。

 もうちょっと違う答え期待した私が馬鹿みたい。


「判ったわ。で、…お父様の影響力をどう使うのかしら?」

 その言葉に驚いた黒いの1。


「お見通し。というわけか。ならば率直に言おう。

 君の携帯で、お父さんに連絡にして、私と代わってくれればそれでいい。後はこちらで全てやる。」


手際よく話す黒いの1に対して、私は間髪いれずこう答えた。


「いやですわ。 馬鹿じゃありませんこと?」

その言葉に、黒いの1は怒りを露にして、近場にあった料理を蹴散らした。

 私を殴り飛ばす。ではなく、料理を蹴散らした。

 つまり、私に危害を与えると、何か不都合が生じる。と言う処かしら。

 料理を蹴散らし、気が済んだのか、どうでも良い事をツラツラと御託を並べるくろいの1。

 それを無視して、私は後ろ手で、携帯のあるボタンを押した。

 何かあった時に、エドに直通する様仕組まれたボタン。


「あんまり怒らせないでくれないか? あんま女殴りたくないんだよ。とくにガキなんぞ。

 携帯がエドに繋がる。

「失礼ですわね。私の年頃だともう立派な淑女ですわ。

  仕方ありませんね。で、用件をもう一度確認したいのですけど?。」


「何度も言わせるなよ、君のお父さんと連絡を取らせてもらえればそれで良いと。」


「私をホテルのレストランで監禁はするのでしょう?」


「当然だ。勿論事が済めば無事に帰そう。危害を加える気も無い。」


「判りましたわ。ですが、お父様は今現在の時間帯だと、私でも携帯から出て下さいませんの。

  ですから、暫くお待ち頂く必要がありますわ。」

と、携帯が繋がっているのを騙す為に、あえて男の前で携帯を軽く見せる。


「そうか。それなら仕方無い。まぁそこの料理でも食いつつ時間まで待たせて貰うとするか。

 おいお前等。」


私は、早々に繋がったままの携帯をポケットにいれる。そして、私の監視に男が二人ついてきた。

 こいつらもどうでもいいですわ。黒いの2・3と言う処かしら。


「貴方達は、食べないのかしら?大変ね。」


暇なので、少し話しかけた。

「…実は、めっちゃ食いたいんだけどね。何か凄ぇ豪華なホテルだし。」

「ああ、損な役回りだよ。」


余り、部下の信頼は厚くなさそうね。あの黒いの1。

「食べてくればいいじゃないの?私は逃げたりしないわよ。」


「いや、そうも言ってられない。」

「そうそう。変に気に障られると俺達、食い扶持失うからな。」


成る程。そう言う事ね。


「こんな事して、お金手に入れて…恥ずかしくないのかしら?」

「う…うるせぇ!何不自由無く育った奴になにがわかるってんだ。」

「そうだそうだ。世の中お嬢ちゃんみたいな恵まれた奴ばっかじゃないんだぜ。」


判りきってますわ。そんな事。けれど、恵まれてるからこそ、得難い物もある事を知らない様ね。

 それを今、貴方達は潰してくれた。………許せないわ。


「ならどうかしら。助けてくれたら、貴方達だけ無事に帰してあげる。

 そして、お父様にお願いして、私の護衛として雇ってあげるわ。

 少なくとも、あんな馬鹿で浅はかな男の下にいるよりも、ずっと良い暮らしができるわよ。」


「…その年で、怖い脅し方してくれるなよ。」

「いや、然し、確かに用事が済んで帰した後。あの天野財閥総帥が、みすみす見逃す。

  いや、捕まえて裁判なんて甘いモノにかけると思えない気がしてきた。」


「当然ですわ。日本の法は甘過ぎる。ほとんど法の無い様な国に連れて行って、

 それはそれは筆舌に尽くし難い、

 死んだ方がマシ級の責め苦を、寿命が尽きるまで味わう事になるでしょうね。以前の方々の様に。」


そう、私がこんな事態に動じないのも、最早慣れてしまっているから。

 そして、そういう悪人の心理を弄る事をその最中。そしてエドから学んだ。将を射るには馬を落とせと。


「死ぬより辛い毎日を…いやだ。」

それを想像したのか、顔を青白く、判り難いけれど、身震いしている。…落ちたわね。

 私はそれを確認したのか、優しく微笑んで耳元で囁いた。

「大丈夫。貴方達はまだ助かるわ。いえ、私が助けてあげるから。」

「ほ…本当ですか。」

「どうすればいい?」


「簡単よ、今は何もしなくいい。いえ、一つ教えて欲しいわ。

 目的は想像出来るけど。大元は誰かしら?」

「それは…。」

「大丈夫。お父様がついてるわ。政治家ぐらいなら、貴方達に手も足も出させないわ。」

「……です。」


小声で、大元の名前を言う黒いの2と3。

 そして、向こうには聞こえない様、けれど、携帯には声が届く絶妙の力加減で名前を確認した。

 

「判ったわ。有難う。やっぱりあの肉だるまでしたわね。見た目も腹の中も醜い事です事。」


「お…俺達本当に大丈夫なのですか?」

「心配いらないわ。私は嘘は言わない。決してね。お父様に叱られるもの。」


それを聞き安心した男二人。 ふと、向こう側から声がする。


「うわっ。なんだこの料理だけ異様に不味いっつか料理じゃねぇ!!」

「まじか?どれ。 ぶっ。豚でも食わんぞ!ひでぇ!猫またぎならぬ豚またぎってか?。」

「ははは、そりゃいい!豚またぎだ!」


ぶ…豚またぎ。 それは間違いなく私の作った料理だった。

 あの人達、味覚がどうかしているのかしら。可哀想に。彼は毎回おいしいと食べてくれてるから。

 あの人達の味覚がおかしいのよね。うん。


さて、味覚の狂った連中はどうでもいいわ。後は、任せたわよ。エド・アリサ。

 連中にバレ無い様、身を潜めているアリサ。彼女もまた、エドに鍛えられている。頼もしい護衛。




そしてようやく出番だ畜生! 何か上で天野が人身掌握無双してやがるみたいだが、どうでもいい!

 見なかった事にしよう。どうやって見たかは突っ込まないでくれ!


ひたすら重労働。いや!超重労働。一発変換したら鳥獣労働なんだそりゃ!!

 体力の限界を超え、既に脳内でエンドルフィンだかアドレナリンが過剰分泌されていてもおかしくない。


黒い豪勢な乗った事も無い、名前すら知らない車。

見た目ダックスフンド的な車!金持ちのセンスは判らん。


そんな瀕死な俺と 天野を心から心配して、焦りを露にし、

 運転席の執事の爺さんの頭を掴み急かす雀ちゃん。

 そして、疲れてはいるが、何か考えているカズタ。頭脳戦になるととっても頼りになる。

 あとどうでも良いボブ。 このデカい車の窓から身を乗り出して。こう叫んでる。


「ゼンはハリアーップでース!!!!」


急げは良い。急げは、が!乗り出すな!体半分車から乗り出すな!子供かお前は!!

 そして善は急げはこの場合使っていいのか!? 助けるために即行動!うん。確かにその通りだが。

  何かお前が言うと使い道間違ってる様にしか思え無い俺!!

まぁしかし何だ。誘拐する方もする方だが、何故だ!


 明らかにこう、誘拐する奴を見誤った哀れな奴としか思え無いこの変な思い!

そうだろ!?誘拐つか監禁されて、銃突きつけられて、驚くどころかどうだ。

 相手の部下を取り込む様なチート性能少女をどう心配しろと!?

むしろ相手を心配する。どうせこの爺さんもチートだろ!

 そうに決まってるもういや!!このストーリー。どこに純愛?どこに恋愛? 

 何かもうアクションだよ!その内時間の歪みとともに裸で現れる某アンドロイドとか。

 ハチマキ巻いて、半裸に弾薬巻きつけて両脇にマシンガン抱えて乱射する乱暴な男とか。

 そんなの出てきそうでもういや!!!!


そんな死にたくなるような嫌気を脳内に駆け巡らせる俺を乗せた車は、

 この説明するのもどうでもよくなる町中を走り、どうでもいいホテルへ到着する。


既に、警察へは連絡が渡っていたのか、

 人だかりっつか野次馬の群れ。かなりの数のパトカー。武装した警官もかなりの人数。

 そして、よくドラマで耳にするアレ。


「君達は完全に包囲されている。 大人しく投降しろ!」


届くのか!?そんなちっさいスピーカーで10Fの室内にいる犯人に届くのか!!!?

 どうにもこれに出てくる奴等、

 俺にツッコミくらいたいのか、やる事なすことボケているそんな気がしてならない。

そんなツッコミを入れている俺。中から内部の電話から、繋いだ線が運ばれてくる。


そう。そうやって連絡とりゃいいのよ。うん。然し、どうする。天野が捕まっているなら。

 どうする事も出来ない気がするが俺達。来たはいいけど。と雀ちゃん達の方を見る。


心配そうに、小さくて可愛い顔を必死で10Fに向けている。あ~心配する顔も可愛いなぁ。

 カズタは、辺りを見回してまだ考えている。

「そうでース!おとなしくギブアップするですよー!」


お前はもうどうでもいい。ツッコミする気も失せた。というか体力残って無いもう。

 ゲンナリしつつ、ふと気が付く。

あれ。執事の爺さんいないぞ? さっきまでいたのに。いつの間に。まさか助けにいったのか?

 どうやって? 判らん。


それに気づいたのか悩む俺に、雀ちゃんが話しかけてきた。

「アタシも行く!行って天野さん助ける。」

無理無理無理無理無理無理無理ィィィィィッ!!!!


ズキュゥゥゥゥゥゥゥン!!!とヘンな擬音とヘンな悪霊が背後から出そうになる様な言葉を叫写する。

 しかしだ。雀ちゃんは、そんな俺を置いて中へ行こうとする。

待て!待て待て待て待て!!!

 慌てて取り押さえた俺。その瞬間彼女のタイラントと呼ばれた豪腕の肘が、

 俺の股間部に抉り、突き刺さる様にヒットする。耐え難き痛みに耐えつつ、尚も取り押さえる。

それを見て、ボブとカズタもかけよってくる。


「無理デース。ポリスにまかせるでース雀サン。」

「そうですよ。いくらなんでも、武装した相手に。」


「いや!行く!」

う~わ~!初めてみる雀ちゃんの一面。すっごい聞かん坊!

 しかもなまじ強いから手に負えない。

 つか痛いから某名人みたいに連打しないで! 俺の股間はボタンじゃないよ!発音似てるけど別物だから!痛いから!

 雀ちゃんの近距離肘の16連打に耐えて尚も押さえる俺。というか。


やめて! もうやめて!! 俺の息子のHPは0よ!


激しく猛獣の様に息を荒立てる雀ちゃん。 名前は雀なのに。どう見ても例えるなら獰猛な猛禽類だろう。

 そんな俺達を見て、カズタはこういう。


「どうにもこのままだと、俺達を叩き潰してでも行きそうですね。」

いや!既に叩き潰されてる!俺の息子!!! 俺の息子が既に瀕死だよ!

「ほんとタイラントネー。」

もうそれいいから!というか痛いから見てないで止めろ!古代の超戦士ボブ!お前なら止められるだろう!

 

「仕方ないな。」

カズタは、ホテルの隣にある、1F程低い建物に目をやる。おい。まさか。

「アッチから、ボブ君の人並みはずれた力があれば、相手の裏をかいて雀ちゃんだけでも送り込めるだろ。」

まぁ、そりゃそうだが。いかせられるか!!!!!!

 然し、…どのみちこのままだと、全員突き倒して正面から入っていくのは確実だ。

 警察でも彼女止められるのか?彼女を知らない油断した警察が止められるのか?無理だ。


ならば、比較的安全な所から送り込むしかない。この猛禽類を。

 俺達は、荒ぶる。いや怒れる猛禽類を押さえつつ、隣のビルの屋上へと急いだ。




「畜生。どうやってバレたんだ。…まさか貴様。」

「ようやく気づきましたの? 哀れな事ですわ。」


慌てる黒いの1に、私は下から軽蔑・侮蔑。そういった感情全てを込めた眼差しを向けた。


「てめぇ!」

痛い…。髪をかきあげられ、掴まれて、汚い顔を近寄せられた。

「痛いですわね。それに、その醜くて部下の信頼も得られそうにないマヌケな顔。

 近づけないでくださります? 息も臭いわ。歯磨きぐらいちゃんとしたらどうですの?」


料理の恨みとばかりに、散々相手の悪態をつく私。 そのまま、床に叩きつけられる。

 叩きつけられた床で目にしたのは、奥の方で身を潜めるアリサ。

 けど、まだ大元が捕まって無いわ。出ては駄目。と目で合図を送る。

 それを理解したアリサは、再び深く身を潜める。


「くそう。手を出せないと判って好き勝手言いやがってこのガキ。」

「マヌケね。」


顔を真っ赤にして悔しがる黒いの1。

「ち!おいお前等! そいつ縛ってさるぐつわでもしとけ!」


「は、はい。」

さっきの二人。既に彼の元から離れた二人は、私を縛るのを躊躇する。

 それに私は縛りなさいと小声で言う。


「判りました。」

二人は、いつでも抜け出せる様。緩く、けれど、あちらからは判らない様に縛る。

 慌てて、大元と連絡をとっているのだろう黒いの1。

 もう、手遅れですわ。


「何!? そっちにも手が回っている!?馬鹿な!」


馬鹿は貴方ですわ。本当に。お父様を敵に回して、ただで済むとお思いなのかしら。








隣のビルの屋上が良く見える。いや、床は見えないけどね。流石に。

 そこに雀ちゃんを腕に乗せ、まるで砲丸でも投げる様な姿勢のボブ。


「雀サーン!着地しないとバッドエンドねー!?」

「早くやれってのこの馬鹿!」


うわ~。ほんと。性格と顔変わるよこの子。

茶髪にドングリまなこ。見事に別の生物の様に生えたアホ毛。

あの美少女を絵に描いた様な可愛らしい子が。

 ナマハゲを思い出す様な、悪鬼羅刹へと変貌する。見たくない。でもそれも雀ちゃんなのだ。

そして、カズタは雀ちゃんにこう説明する。


「静原さん。屋上に一人は見張りはいる筈です。多分正面に気を取られているので、

 こちらには気づいてはいないでしょう。

 ですから、着地したらそこには敵が一人は確実にいると思っていて下さい。

 そして、視認したら、判ってますね?」


「勿論判ってるよ…見つけたら潰してやる。」


ぶり返す痛み!思い出したく無い痛みが俺の股間を刺し貫く。

 哀れ、これから雀ちゃんのいや、

 猛禽類の眼に捉えられた餌は尽くその爪に捕らえられ、

叩き付けられ、その活動力全てを奪われて無力な餌と化すのだろう。

 想像するに易い。この後の展開。



「イキマースねー!」

腰を深く落とし、その巨体の手の上に大きめ猛禽類が、今にも羽ばたかんとばりに、身を屈める。

 猛禽類を乗せたボブの腕の筋肉は、異様に緊張・膨張する。さながらシオマネキといった所か。

 いや、お前がタイラントじゃないのか。とツッコミを静かにいれておこう。


「タイラント…レディ…ファイヤーねー!!」


何かレディが少女。暴君少女に聞こえてならない俺。まぁ、そんな戦術核+生体兵器にも匹敵するであろう(当社比)

 大きく猛禽類を乗せた腕を上空へ向けて打ち出したボブ。

  その瞬間同時に、その腕というか手を蹴り上げて凄まじい跳躍を見せた。

 確かにこれは余裕で隣のビルに届く、下に転落する恐れは全く無い。

  それを静かに見上げる俺。

 いや! やっぱ見てるだけやばいだろ!主人公的にも!


「ボブ!俺もやってくれ!」

「oh!無理ですー。重すぎまーす!」


お前!さっき何した!? とんでもない重量の本棚担いだろ!?そんな時だけ無理言うな貴様!!!

 畜生!仕方ない!!


俺は、やや上に見える、窓に向けて助走をつけ飛んだ。眼下には吸い込まれる様なビルの谷間。

 落ちたら死ぬだろう確実に。しかしそれは雀ちゃんも同じだろうが!!

 俺は、窓に手をかけた!かけようとしたが外した。見事に外した。

落ちる俺は、壁に手を突きつけ、少しでも落下速度を落とそうとする。

 壁との摩擦で、剥がれる手のひらの皮。激しい痛みに耐えつつ、尚も壁におしつける。

 そう。次の窓を掴む為に。 痛みに耐える俺の手に、窓の手ごたえ!

 ここだ!といわんばかりに、両手でその窓を掴む。激しい衝撃が肩を貫く。肩が抜けるかとおもったが、耐えた様だ。

 痛みにたえる顔を上に向けると、心配そうに。

 だが声を出してはバレるので、黙って身を乗り出しているボブとカズタ。

 俺はそんな二人を他所に、窓を蹴り、反動で少し、窓から手が離れそうになったが、

 耐え、戻った勢いで窓を蹴り割った。なんとか内部侵入は成功した様だ。

俺は、雀ちゃんがいるだろう屋上へと向かった。





待っててね。天野さんすぐいくから!

 アタシは、ボブの怪力と、跳躍で一気に飛び上がった。

 一瞬で地面が遠くなる。勢いが弱まってきたその時に、思わず下を見ると、眩暈がしそうになった。

けど、すぐにその地面は、屋上の床へと移ったので安心した。

 あれ?今なんか、イッタが落ちている様に思えたけど…気の所為だよね!

 

「屋上に必ず一人はいますから、視認後はすみやかに・・・」


脳内で杉宮君の言葉が再生される。うん。判ってる。

 確かに一人いるね。銃?っぽいもの持って暇そうにアクビしてるよ。

 そんなアタシは、そのアクビしている男性の目の前に丁度落下した!

呆気に取られている見張りの人。それはそうだろうね。空から人が降ってくるなんて、想定外だろうし。

 そんな呆気に取られている人を、

 一瞬強く睨めつけて、全体重を肘に乗せて、男の股間部に叩き込んだ。

 くにゃっと、体を捩じらせて、なんとも言えない顔をしながら倒れこむ男。

 でも、これだけでは怒りが収まらない。

 倒れこむ男の顎めがけて身を捩って、地面を強く蹴った反動で肘を打ち上げた。

 勢い余り、軽く宙に浮くアタシ。仰け反る様に後ろに激しく倒れた男。

 もう起き上がってこないでしょ。流石に。

 …イッタは起き上がりそうだけど。あのゾンビみたいなタフさは普通もってないよね!


何にも無いけど、綺麗に掃除された屋上。その周りに人がいない事を確認して、

 一度イッタ達が、いる方のビルへと顔を出す。

あれ?イッタがいない。 それに杉宮君とかボブがこっちの窓を指差してる…。


えーっ。ちょっ。窓に飛び移ったの!?じゃ、あの落ちてたのやっぱり。

 無茶すぎるよイッタ。 私は、慌てて、中に駆け込んでいった。



…便所かよ。窓をぶち割って入った所は便所だった。

 臭いものだが、ここの便所は臭くない。流石に高そうなホテルなだけある。

と、そんなどうでもいい事に関心してる暇は無い!


俺は猛然と便所を駆け出し、通路をうろつく一人の黒服の男と遭遇する。


「邪魔だ死ね固羅!!!」

一般人か?犯人か?そんな事はどうでもいい! 邪魔者は殺す!!

最早一匹の猟犬と化した俺は、

 男の顔に拳を打ち込みそのまま全体重を乗せて拳ごと床に叩き付けた。

倒れた黒服の男を確認もせず、走り出す。屋上へと。


見事に整列されたホテル内部の通路。本来なら驚く処であろうが。

 天野邸を見た後だといささか、物足りなさを感じる。

 それを横目に赤いカーペットの敷かれた階段へと。そしてかけあがる。


9F 10F。…ん?ここに天野が…いや先に雀ちゃんだ!

 そして11F。屋上への階段のラストを駆け上がろうとした瞬間、激しい痛みとともに俺は階段下へと、転げ落ちる。

 転げ落ちる最中見たものは、怒れる猛禽類の顔、雀ちゃんの足の裏。…いやんまたこんなオチ…。


見事に11Fと10Fの中間にある階段の踊り場へと転げ落ちた俺。

 慌てて駆け寄ってきた雀ちゃん。


「だ…大丈夫?イッタ。」

いやもうだめっス。流石に致命的…ちめ…。

「ほらしっかり。」

優しく抱き寄せてくれた雀ちゃんの、あるかないかわからん胸がほんの僅か顔にあたる。


「全然平気っスよ!」

こんな事で体力回復出来る俺ってすごくね?と思うが、こうなんか体力とは別。

 そう精力!それが俺の体を突き動かした!


「うん。んじゃいこう。」

おうともよ!とばかりに声をあんまり上げたらやばいので、腕を上げて仕草で答える。


そして、俺達は、天野の囚われている10F。レストランへ急いだ。






食い散らかされた料理。 本当は今頃、楽しく料理を食べていたんでしょうに。

 それを…いつも美味しいけど、美味しくない料理しか普段食べられない。…私の楽しみを。

 絶対に許さない。この世の地獄を全て見せてやら無いと気がすまないわ。

でも、さるぐつわされてしまって、一応喋る事が出来ないし、今は動かない方が良い。

 大元はもう捕まったから、そろそろ、頃合かしらね。

私は、身を潜めているアリサと。どこかしらに潜んでいるエドに、合図を送ろうとした。

 その瞬間。流石の私も予想すらしてなかった事態になる。

目に入ったのは、清水一多と静原雀。


「天野ー!」

「天野さんどこ!?」


えーっ!?ちょっと待って。ちょっと来ないで! というかどうやって下の警察掻い潜ってきたのアンタ達!!

 あ~…どうしようかしら。相手は銃もってるし、あの二人は危害を加えてもあの男は問題ないし。

 あ~もう!なんではいってくるのよ!せめて隠れてバレない様に入ってきなさいよ!

 文字通り無鉄砲よ本当。


そんな心配を露にする私。それを悟ったのか、黒いの1が、二人を捕らえようと部下をけしかける。

 いや、やめときなさいな。素手では勝てないわよ。そんな子供と油断した顔したままじゃ。

8人の内、二人は、私の傍。そして私のモノ。一人は黒いの1。残る5人。

 大人5人。にやや押され気味ながらも、抵抗している二人。

 何の訓練も受けてない素人、いえ子供2人が大人5人を相手に出来る。

 この時点で凄いと思うけど、やはり相手が相手の様ね。

…仕方ないわね。私は立ち上がり緩んでいるさるぐつわを、顔を左右に振って下に落としこういった。


「アリサ!!」


「はいお嬢様!」

その瞬間、一つのテーブルが、部屋を勢い良く回転しながら舞った。

 床に落ちた瞬間、砕け分解する。何事かと全員がテーブルに視線を向ける。


男達の背後に、砕けたテーブルの破片を手に持ったアリサが、

 身を低く構え、その欠片で男達の足の腱を斬っていく。

相変わらずの手際。本当に戦いに無駄が無い。

 大人数での戦い方、虚を付く事に優れた戦い方。エドもとんでもない弟子持ったわね。

けれど、やはり未熟だったのでしょう。全員までは至らず。 

 それを見た黒いの1が慌てて私の首に腕を回し、中国製の銃トカレフを突きつける。


「やめて下さらない?そんな安物。いつ暴発するかもわからないわ。」

「う…うるせぇ!だまってろ!!」


余りの展開についに私に、銃までつきつけ、追い詰められた黒いの1。

 そして、助けようか悩む黒いの2と3。私は、そっちに目をやり、いらない、と目で合図を送る。


「さて、大人しくしてもらおうか。流石天野財閥のご令嬢。

 とんでもない部下を持ってるな。」


「部下じゃないわ。友人よ。」


「嘘をつけ!どこにこんな戦い慣れしたガキが居る!」

目の前にいるじゃない。今ここにリアルタイムで。

 まぁ、信じろと言っても無理でしょうけど。


「天野!」

「天野さん…ちょっとあんた!放しなさいよ馬鹿!」

いや、あなた達黙ってて、お願いだからこれ以上ややこしくしないで。


「うるせぇ!クソガキ!!」

室内で響く銃声。


「イッタ!!!」

私は思わず声をも心の中でしか呼ばなかった彼のあだ名を漏らした。

 この世界で、最も…いえ、二度と見たくなかった。彼の血。

直撃はしなかったものの、威嚇で撃った銃弾が、散らばっているテーブルの破片を弾いて。

 彼の、もう二度とつけてはいけない顔に、またつけてしまった。それもまた、…私の所為で。


「は!怯えて声もでなくなったか! まぁ当然だな。さておまえ・・・」

「許さない…」

「なんだ。なんかいっ…。」

「許さない許さない許さない許さない…殺すなんて生ぬるい…生きる事の地獄にのたうちまわらせてやる…。」

「何いってんだ。撃ち殺されたいのかテメェ。」


意識があるのか、無いのか。良くわからない。でもただ一つ。

 許さない。という言葉だけが頭の中を埋め尽くしていく。



「うわっ。清水様。静原様。早くこちらに。」

「え?いやちょっと。何、何スか。」

「え?え?あの時のメイドさん?」

「さ、早く。」



「デスストーカー…やってしまいなさい。遠慮はいらないわ。後の責任は私が全て請け負います。」




デスストーカーと言う天野が出した言葉。なんだ。確かサソリにそんな名前があったよな。

 何か良くわからんが…むっほ~!あの一際ゴージャスなメイドさんがのむねが俺の腕にっっ。

 アレなんかわりといい役回りじゃない今回俺! 顔や手の傷の事なぞ些細な事。

 むしろ、手の傷と顔の傷の見返りがこの感触たまんねぇっっス!!

 顔のデッサンが崩壊し、床につかんとばかりに伸びる鼻の下。

 そんな俺に気づいたのか、雀ちゃんが俺に肘を入れてきた。イテェ・・・。

!?イテテテテテテテテテテテテテテテテテ。また16連打!!

 いや16連打どころかキツツキが巣を作るが如く突付いてくる。

  やめてごめんなさいゆるして!!!!


更にそんな俺と雀ちゃんを、そのでっかい胸で圧迫するように押さえつけた。むほっ。

「静かにしていて下さい。マスターがきます。」

「は?マスター?」

「むぎゅ…何だろう。」


そんな悩みは一瞬で解決した。本当に一瞬というかいつの間にそこにいるんだ爺さん!!

 そして俺は聞き逃さなかった!見逃さなかった!

 巨大なプレッシャー(胸)に押しつぶされて、むぎゅ。なんて可愛い事を言った雀ちゃんを!

 それはまぁ、置いときたくないが置いといて。だ。


こっちからは判るんだが。明らかに、天野以外は気づいてないだろう。

 あの穏やかな、ハイジの爺さんを思わせる優しい執事の爺さんが、

 物凄い形相をして後ろに立っている事に。

 デスストーカー。忍び寄る…あ~。確かそのサソリ見え難いし小さいんだよな。

 そんな納得を覚えた瞬間、天野を捕らえていた男の両肩が、力なくガクン!と落ちた。


「なっ…なんだ!?」

そりゃ驚くってかこっちも驚いたわ!何した爺さん! あんた何した!!

 次の瞬間、今度は男の両足がまるで毒に体の自由を奪われたかのように、

 地に膝がつき、乱れたカーペットの上に男は倒れこんだ。


「なんっ。手足が動かない。」


そこへその男に容赦無く、怒りを露にした天野が顔を踏みつける。

「許さない…許さない…許さない…。」


僅かに聞こえるが…許さない?何が許さないんだ。 わからん!然し。

 判る事は爺さんが何かして自由を奪ったってことだけだ。

しかし、天野…こえぇっ!まじこえぇっ!!いやだ!こんな女いやだ! ヤンデレという怖いジャンルがあるが。

 それに似ている様な、そうでない様な! ど…どうなるあんだあの男っつか、

 逆らわなくて良かった俺。と凄まじい安堵の息を吐く。


「危ないですわね。お嬢様があんな取り乱すなんて、初めてみましたわ。」

「うん怒ってる…でも何に対して怒ったの?」

「それは…。」


そうそこ!なんであんなブチキレてるのかちょっと教えて、ゴージャスなメイドさん!

 て、え?なんで俺の方見る?なんか俺、怒らせる様な事した?ちょ・・・アーッ!!!!


そうか! あの爺さんが居たから安心!なのにそれを引っ掻き回しにきただけの俺!(何か雀ちゃん除かれてるが)

 それに対してブチキレた天野! いやてことは次俺!? 俺がああなるの!?いや助けて神様!!!!!


顔面蒼白!もうほんとに今度はゴンザレスの小便じゃなくて俺のついちゃうよズボンに!!

 いやだよ!助けてよ!!やっぱりこういうオチになるのねもうイヤ!!!!


「いえ、これは私が伝えては決していけない事ですね。」

「…ほえ?」


慌て恐怖におののく俺!それを見ていないメイドさんと雀ちゃん! 

 何か今アラレちゃんみたいな事いったような気がするが、もうどうでもいい!

 それよりも身の危機だ!なんとか逃げなければ。




許さない…またイッタの顔に傷を。…私の所為で。…殺してやりたい。

 私は、最早自我を失ったと言って良い程に、負の感情全てを込めてを眼下に這い蹲る黒いの1に踏みつけた。


「ぐ…テメェ。」


…。

無言で這い蹲る黒いの1の顔、口の中を靴の踵を押し込み捻り、歯と言う歯をへし折った。

「ぐぁっ。」

…。

煩い。とばかりにそのまま、鼻を下から蹴り上げた。いびつに歪む、黒いの1の鼻。歪に笑む私の顔。

「ひへっ。」

………。

身動きも取れず、口から血の泡を蟹の様に吐き、鼻から息を吸う事も出来ず。ヒルコの様に成す術無く苦しみ悶える。

「…。」


どうしてくれよう…どうしてくれようか。この痛み。

…古傷を無理矢理こじ開けられたこの痛みを!!!


「お嬢様。」

「放して。デスストーカー。」

「いえ、放しません。これ以上は…危険です。 …御免!」


エドに背中を強く打たれた私は、我を取り戻した。

「あ・・・エド?」

「気がつかれましたかな。」

「私は…あらやだわ。」


足元に、顔を血の海に沈めた黒いの1が力なく横たわっている。死んではいない様だけど。

 どうやら、その寸前でエドに止められた。という事は理解した。


「ありがとう。エド。」

「いえ。」

そういうと、エドは救急車を手配と下の警察と連絡を取る為、携帯を取り出した。


「はい。こちらは鎮圧しましたので、後は犯人の確保と、救急車の手配を。

 はい。命に別状は御座いませんが。怪我人は室内に7名。屋上に1名 8F通路に1名。

 口内の裂傷、及び歯の損壊が酷く、鼻骨の粉砕骨折の恐れがある重傷者一名。

 左頬付近に中度の裂傷及び、両手の平に中度の擦過傷。 軽傷者一名。

 両足首の腱断裂 5名。

 軽度の打撲傷・・・でしょうか。まぁ残り2名は。

 では、手配をお願い致します。」


「え?手にも傷を?」

私は、思わず清水一多の掌を見た。 本人は忘れている?様だけど、

 凄い血が流れている。酷い擦り傷なのは見て取れた。

 

「やりすぎだ! いくらなんでもやりすぎだ!!!」



俺は、これから次にそうなるであろう。それを覚悟の上で天野に突っ込んだ!!!


「清水一多。あなた。」


ひっ…!こっちくるな!こないで!ごめんなさい!もう言いません。もう勝手な行動取りません許して下さいエンプレス!!

 そう!ボブのつけた女帝という名に相応しい存在であると、認識したのは、雀ちゃんもだろう。ちょっと怯えてるぞ!!

そんな俺を他所に、一歩また一歩と、歩み寄ってくる死神!! イヤァァァァァァァッ!!


いやっ寄らないでっこないでっごめんなさい許してっ!! 俺は一歩また一歩と後ろへ逃げる。


「あの…。」

どうして、後ろに下がるのよ、顔だけじゃない。手も凄い傷。

 私はまた、彼の傷を増やしてしまった。せめて、拭わせて欲しい。

一歩、また一歩と、清水一多の方へと歩み寄る。でも、彼は逃げる。

 やっぱり。もう…。でもせめて。


「清水一多…。」


「やめてっお願いッ許して!! もう勝手な行動しません!! 許してごめんなさい!!」


え? 何か別のことで逃げてる?勝手な行動。成る程。

 そう、そうなのね。傷の事も、私の事も忘れてしまっていた。という事なのね。ふ…ふふふふふふふ。



「許さない!待ちなさい清水一多!!」


「いやーっ!!捕まったら俺もボコられる死ぬ一歩手前までいたぶられる!いやだ!ごめんだ!!」

「人を鬼畜みたいな言い方しないで待ちなさい!こらーっ!!!」



な~んか、仲良いなぁ。イッタと天野さん。何気にお似合いなのかな。

 アタシちょっと。入り込む隙間が見当たらない。でも、イッタはアタシの事好きなんだよね。

 でも、好きになったらどうすれば、いいんだろう。アタシもあんな風にすればいいのかな。

 判らない。そもそもそんな好意もたれた事初めてだし。どう接していいのか判らない。

 悩む私に気が付いたのか、メイドさんが話しかけてきた。


「静原様。お嬢様は、清水一多様に負い目を感じているのです。」

「負い目?」

「詳しくは教える事は出来ません。と、これも内緒にして置いてくださいね。

 清水一多様の好きな人は、貴方ですから。それだけは忘れないで下さい。」

「う…うん。」


そっと頭を撫でられたアタシ。何かこう…お姉さんがいるとこういう感じなんだろうと、アタシは思った。

 そして、テーブルとか、椅子とか。とっても高そうなカーペット。

 それらが無残に散らばる室内を見て私は、逃げるイッタと、おいかける天野さんを横目に、

 散らばった破片をメイドさんと一緒に拾い集めた。

 そして、奥に閉じ込められていた、コックさん達かな?一人なんか顔がちょっと腫れてるケド。

 皆こっちきて、室内の掃除をし始めたの。


「お嬢ちゃん、あぶないから破片は触ったらだめだよ。」

何か、顔をちょっと腫らしてる気さくそうなオジサンが話しかけてきた。

でも、私は、こういうのに慣れているからと言い、手伝いを続けた。


「そうかいそうかい。ちっちゃいのに偉いねぇ。あの鈴女ちゃんに追いかけられてる子の妹かな?」

その瞬間問答無用。初対面のオジサンに肘を見舞った。

「いたっ。」

「違いますアタシも同年代です!」

「おおっ。それは失礼失礼。はは、いや、これはなんとかわい・・っふっぐ!?」

全然判ってないオジサンに、更に肘を見舞うアタシ。

 そんなこんな、ある程度、掃除が済む頃に、警察と・・・あれは、

 なんだろ。白衣の様なうん?タンカ持っているから、救急車の人かな。


運ばれていく、顔が凄い事になってる男の人。

両脇抱えられて連行されていく男の人と・・・あれ?天野さんが庇っている?



「あ、ちょっと!」

私は、あの約束した二人。そう黒いの2と3。その二人も警察に連行されそうになったので、慌てて声をかけた。


「その二人は、大元を捕まえる為に、相手側に先に潜らせていた二人よ。放してあげて。」

「え?」

警察は、呆気にとられた様に私の方を見る。


「もう、鈍いわね。私を捕まえて、私のお父様の影響力を利用しようとした政治家、いえ政治屋がいるのよ。

 もうそろそろ、そちらに連絡が届いてないかしら?」


「え、は。少々お待ちを。」

本部に連絡を取り確認する警察。イライラしつつ待つ私に二人がこっそり声をかけてくる。

「ありがとうお嬢ちゃん。」

「助かったよ。」


「いいわよ。その代わりもうあんな人の道から外れた事はしてはダメですわよ。」

勿論と、大きく頷く二人を見て、一つため息を漏らして、清水一多の方を向く。


来た人に治療されている清水一多。本当は、私がするべきなのだけど、もう!逃げるから!

 さて、どうしたものかしら。私はじっと彼の方を見つめた。


「イダダダ。ちょっともうちょっと優しく!擦りむいてるから薬しみるっス!」

「いい年した男の子が何を言うんだねキミ。 我慢しなさい。」

「いや・・・すんげぇ染みるんスけど。」


手の皮がずる剥けどころか、ちょっと掌のなんて部分か知らない骨。

 いや骨かしらんが、ちょっと白い物が赤みを帯びてボロ雑巾となった掌からちょっぴり見え隠れしている。

「キミ、一体何をしたんだい。こんな酷い擦り傷。普通出来ないぞ。」


「え、あいや~。そこの隣のビルから飛び移る時にちょっとドジったっス。」

「ビルから飛び移った!? 全く最近の若い子は信じられないな。」

「本当、どうやってきたのかと思えば、馬鹿過ぎて例え様が無いわね。」

「げ!天野!!!」


俺は治療の途中で逃げようとしたが、まぁ大の大人数人にあえなく鎮圧された。

 いやだ!逃がして!いや!そんな傷じゃすまなくなるから!!!

そんな痛みよりも、天野に対する恐怖で逃げたかった!!


「ほら、大人しくしなさい。」

押さえつけられる俺に、一際柔らかいモノがあたる。また胸か?何かこっち方面今回多くね?

 ともあれ、いやだ!例えおっぱいがあたっていようが逃げたい!逃げる!更に暴れる俺!!


「もう!大人しくしなさい!」

更に押し付けられる胸!しかし!こいつ見た目細いのに割りと・・・いやそんな事はどうでもいい!!!

 逃げたい放して開放して俺は無実だーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!


「はぁ、もう何。子供じゃないんだから。痛みぐらい我慢しなさい。」

痛みじゃない!恐怖だ!絶対的な恐怖!! お前が獅子なら俺は哀れな仔ウサギだ!!逃げるぞ普通!!


結局、最後まで押し付けられ、治療されてしまった俺。

 見事に包帯でぐるぐる巻きにされた俺の手。

何かもうアレ、腹部に四次元ポケットつけた猫型ロボットみたいな手してるよ!!

 ものも掴めないだろ! メシどうするんだ!足で食うのか!!?


「一応治療は終わりましたが、念のため後日、病院に行ってください

 暫くは通院が必要でしょう。」

「判ったわ、首に鎖をつけてでもつれていくわ。」


俺は犬か!! そんな事しなくても今いくわ! ここから逃げ出す為に!!

「では、私達はこれで。」

「ご苦労様。」


笑顔で見送る天野、何で俺をつれていかない!?重傷患者じゃないの?これ!ねぇ!!!


「さて。」

「ぐ・・・。」

もういい。覚悟を決めよう、大分天野も落ち着いたさまだし、あそこまで酷い事にはならんだろう。


「お腹、すいてない?」

「は?ああ、そりゃまぁ。」

「うん、じゃ待っててね。」


おかしい。ボコられるフラグが立っていた筈なのに、そのまま終了しやがった。

 どうなってやがる。と悩みつつ、天野を見送った。



「義人さん、大丈夫?」

「ん?ああ、大丈夫だよ。それより、他の友人じゃないかい?入り口からこっちみてるが。」

「え?あら。」


私は義人さんに教えられて、二人ボブ・グラスンと、杉宮和田が立っている事に気づき、

 室内に手招きした。そして二人ともこちらに駆け寄ってくる。


「oh!エンプレース!大丈夫ね!?」

「お怪我は無い様で、安心しましたよ。」


うん。怪我は、無いけど。私も私で重傷よ。本当。

二人の声に対して、沈む顔の私。それを見た義人さんがこういう。


「よし!ちょっと・・・どころじゃないが、まぁ、どこでも料理は食べられる今からでも作ろうか!」


そういって、他の料理人達を引き連れて厨房へ。確かに、厨房は荒れてないものね。

 でも、こんな荒れた所で食べても。


「hahaha!何かグレイトなホテルのレストランですネー! 料理楽しみでスー!」

「確かに、一生に一度お目にかかれるかどうか。判らない様な所だねここは。」


こんな荒れた所で、食べても美味しくないと思うけど。そう私は思い、二人にそれを伝えた。


「oh!ノープロブレーム!おいしいものはドコで食べてもおいしいネー!

 たくさんヒトたべればもっとおいしいネー!」

「ボブ君、君。意味は判るけれど、沢山人食べればは、正しくない。

  沢山の人と食べれば。が正しい言葉だよ。それだと人を食べてしまうよ。」


本当その通り。たまにとんでもない日本語にするわね。ボブ=グラスン。

 そして、確かに美味しいものは、何処で食べても美味しいのかもしれない。

  今までそういった経験が無かったから、考えても見なかったわ。


「そうね。じゃ私も中で手伝ってくるから、ちょっと待っててね。」


「ok!」

「天野さんも?それは光栄ですね。頑張ってきて下さい。」

「うん。ありがとう。杉宮和田。」


いやまて!お前ちょっと待て!いくな!!いってくれるな!!

 この疲れきった体にその料理兵器はマジで死ぬ!マジで昏倒するから!!


「うんうん。お店の料理も、天野さんの料理も楽しみだね~。」


雀ちゃん! だめ!だめだよ!アレは食い物じゃないから!食ったら倒れる毒だから!!

 これは、まだ俺の戦いは終わらない様だ。


いい加減終わってくれ!この話!!長い痛い!そしてちょっと気持ちよかったけど!いやだ!

 早く!早くおわってくれ!



次回! 料理兵器と俺(俺的裏題) に続く!

 

 


 

少し長い話になりましたが、なるべく、

 心理描写、背景描写等に力を入れて作ってみました。


さて、後編はもう、

 どう見ても清水一多が苦しむ姿しか、思い浮かびませんがどうなるでしょうね。


では、どうも有難う御座いました。

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