夢の後先
あの世とはどういう形をしているのだろう
胸の灯は消えないままに懐古病を患い
2mgのモルヒネを頂戴
それから赤いルージュを
お風呂の窓硝子に
この世を旅立つ辞世の句を詠みます
ヒトデが見てます
ウツボが見てます
部屋の中は過去の日差しが
にこにこと嗤いながら
初めて恋をしたのは
神社の神様
人の忘れた神様は
人知れずぽつんと山奥の中に取り残される
それでもやっぱり寂しいから
お面を被って神社にやってきた人間に
いたずらを
人も寂しいように
神様も寂しい
ほうら
潮騒が聞こえる
遠雷
呼んでいる
可憐な野菊のように
答えてあげ給えよ
櫻吹雪く里山の春は
けして捨てたものじゃないって
フィルムの中の女優は
繰り返しゼンマイを廻している
映画はお好きですか
煙草の匂いのする古い映画館は
来週には閉館してしまう
人のゐなくなった図書館の表も
夕焼け頃は寂しい風が吹いて
軒の下のてるてる坊主は
主が忘れたまま大人になっても
ボロボロの姿のまま
庇の下で雨を止めと祈っている
懐古病になってから
枕は蕎麦殻
祭りは着物を着て
じゃないと気が済まない
雨はどうして寂しい時降ってくるのだろう
君の心の悲しい部分に寄り添う驟雨
阿弥陀如来が残した曼殊沙華を
そっと玄関の暗がりに飾って
今宵も朱と共に生きよう
炎にも似た
戀にも似た
口紅にも似た
遠いお山に鴉が帰って行く
静けさの中
潮騒が聞こえる
海からは遠い
懐かしい母の胎内を思い出す
台所に寝転がる海蛇は
明日の野菊の名前を知らない
梅雨が恋しくて
枯れた紫陽花の枝を茶に入れてみる
夢は黄昏
恋はみなも
いつまでもそうやって過去に縛られている
お地蔵様は喉を通る冷たい水を知っている
秘密の御経の唱え方も
雨はどうして足跡をつけて去ってゆく
陰鬱なのに美しいのはなぜ
静かに忍び寄る老いという枯れ木に
私は花を見つけてやりたい
古道は釈迦如来
秘道は泡沫
いつだってあの鬼の子は雨の中
優しさは陽だまり恐ろしさは驟雨
夕立にずぶ濡れになりながら
夏とはなんと美しい
道端のお地蔵様の涙を思い出して
夢はどうして悪夢なんて産み出すんだろう
幽かな疑問に縁側は答えない
只黙ってひだまりを作る
過去は問いかけても答えない
夢は見ても立ち去るだけ
疑問だらけの世の中に
部屋の隅の赤い眼の鬼は答える
お嬢さん理由なんて求めたら
此の世は訳の分からないことばかりだぜ
こんなにも過去が恋しいのも
あの世とはどういう形をしているのだろう
胸の灯は消えないままに懐古病を患い
2mgのモルヒネを頂戴
それから赤いルージュを
お風呂の窓硝子に
この世を旅立つ辞世の句を詠みます
ヒトデが見てます
ウツボが見てます
部屋の中は過去の日差しが
にこにこと嗤いながら
初めて恋をしたのは
神社の神様
古い携帯で撮った写真は
色褪せていて
あの日の様
拝啓、怪人黒マント様
昭和を引きずる懐古主義者は
いつまでも過去に暮らしています
古い町並みはどんどん消えて行って
悔し涙を流します
それでも記憶の中
懐かしいびいどろみたいな想い出は
キラキラと輝く水面のように
何時までも逆さに廻る古時計
夏の頃
故郷へ帰ると
祖母の墓参りへ
こんなに小さくなってしまって
昔、縁側で背中を丸めていた祖母の姿
第二次世界大戦の頃の話を聞いても
怖かった怖かったと
繰り返すだけで
全然宿題にならなかった
死に際に逢えなかったのは
悪夢を見ていた頃だったから
今でも悔いは残る
おばあちゃん
愛しい人
古い写真は宿場町を映す
人のゐない道は
無音のシネマのように
時に木枯らしが泣いている
古びたシネマ館の中で
また日差しの強い日に逢いましょう
妖怪はそう云って
金平糖をくれた
さすらい人
彷徨い人
いつまでも旅人でいたい
だって僕らは永遠の子供
あの日人気のない道路で
けんけんぱをしていた
勿忘草の近くを通る電車の踏切
雨に濡れたお地蔵さんが微笑んでいる
遠い過去へ旅しに来たと
娘は神隠しに逢っていた
何気なく寄ったカキ氷屋で
自分の宿世を問いかける辻占婆
空は青く古町に人影はない
ただ妖しいカラスの声が
過去へ連れて行ってくれる
双六は最後まで出来なかった
夢幻はすぐ傍に
夏の呼び声は
号哭に似ていて
祭りの太鼓に似ていて
自分の心臓の鼓動に似ていて
古き町の風に似ていて
確かに花火は打ちあがりました
金魚すくいで出目金が欲しかった幼い頃
古き物は危険だよ
付喪神がいるからね、と、祖母に
押し入れの中では座敷童が
ずっと此方を見て遊んで欲しそうに
雨を呼ぶこともあるだろう
砂時計は過去を運んで砂を堕として
夢の塩梅は如何
夢人が腹巻から取り出した獏に
湯たんぽをやっている
夜の静寂は人を孤独にする
泣いてばかりいただろう?
渡せない手紙の匂い袋はとっくに
冬の麗人は電柱の町を行く
夜の灯りだけを頼りに
風の吹く旅人の足跡を頼りに
今頃眠る寺の仏像が動き出して
花札で遊んでいる丑三つ時
深夜には魍魎どもが人間を真似して
枯野を行く風が
そっと燃える炎を消して回る
どうしてたおやかな海鳥ではなかったか
私の海は何処までも妖しい火が浮かんでいる
燐寸一本火事の元
青年団が弔いの様に寒町を歩く
田畑は眠り星だけが輝く深夜
夏は人を呼ぶ
亡くなった人も
其れはまぼろばの季節
肩にぼんやりと人影が
切なくなって畳を毟る
古町はどうして
私を夢幻の常世へと
連れて行ってくれないか
途端、冬の風が窓から入り込む
又、夢だった
入道雲、かき氷、蝉の鳴き声、夕立、向日葵
何時だって、古道は読んでいる
あの坂道の上の方で
罪と罰
冬風は人を殺す
モルヒネの香りに誘われて
今日も宿場町の廃病院を覗く
古い町並みは息をしていない
只、親を知らない子の様に
静謐としてたたずんでいる
昭和は静かに眠る
古い木の香りは
麻酔の代わりになる
古いショーウインドウで
嗤うマネキンにご挨拶
さあさあ山高帽を取って
禁断の恋を
ヨードチンキの香り
正露丸の香り
虫下し
どれが祖母の香りだろう
祖母はピップエレキバンを
肩に張り付けていた
或いは線香の香り
懐かしい香りは夏に幻燈になる
くたびれたシネマを何度も繰り返す
潰れたお店の硝子細工は濁っていて
祖母は昭和を連れて行って仕舞いました
芥子の花が庭に咲いている
櫻の花は
妖異を持って
誰かに手折られるのを
待っている
静かに静かに
はらはらと
その時は来る
花弁を踏みしだき
幹をめりりと
怖ろしい鬼とはあなたのことだ
それでも抑えた涙が止まらないのは
やはり私の我儘でしょうか
攫ってゆくからと
春の幻は何時までも瞼の裏で
ゆらゆらと光の揺らめきのよう
夢のあわいに
旅人の燐寸には小さな家守が
鉄くずの工場の古町では
トタンから錆びの香り
旅宿の湯に浸かる頃
夕陽が湯たんぽの中で揺れている
雨は雪と喧嘩をしていて
ひっそりと軒の下で
隠れんぼ
娘は夕べの味噌汁に
磯巾着が這入ってゐると
本棚の栞に呪いという文字を書いて
こっそり父を呪う
空の月が夜目覚める頃、夕暮れは母の顔をしている
夜は透き通る氷のドレス
散々遊び散らかした後の真っ赤なヒールを
靴箱の暗がりに隠して
あの神社では夜になると火を焚いて悟りを開く
環状線を走る車のテールランプを
歩道橋から眺めて泣いてみたり
後ろを歩いている父と子が
母を探して旅する不憫な人たちに見えたり
夜の亡霊
青春時代を思い出すと
凡てが夏だった
肌に浮かんだ汗の粒
炭酸飲料を飲むときの白い喉
故郷は7月の大輪の花火
秘密の夏休み
鼠花火
自分の心臓の鼓動に耳を澄ましたまま
開けっ放しのトイレで
何時間も黙って蝉の声を聞いていたり
無駄な事ばかり
大切だった
古い携帯で撮った写真は
色褪せていて
あの日の様
拝啓、怪人黒マント様
昭和を引きずる懐古主義者は
いつまでも過去に暮らしています
古い町並みはどんどん消えて行って
悔し涙を流します
それでも記憶の中
懐かしいびいどろみたいな想い出は
キラキラと輝く水面のように
何時までも逆さに廻る古時計