公爵令嬢が英雄を破滅させ再び手に入れるまでのお話 ―もう逃がしませんわ。―
契約結婚そして裏切れば命が、妹の不始末。恐怖の一族と結婚をしたソフィアの物語 と人物設定は同じになっております。
王宮で華やかに今夜も夜会が催されている。
沢山の貴族達が着飾り、談笑やダンスを楽しむ中、大勢の男女に囲まれてひときわ目立った男性がいた。
銀の髪に青い瞳…整った顔のその男性に美しく着飾ったエルデシアは声をかける。
「わたくしとダンスを踊って下さいません?」
「まことにすまないが、先約があってね…」
失礼な男…自分の誘いを断るだなんて…
他の令嬢の手を引き、ダンスホールへと行ってしまった目的の男性…
エルデシアはギリリと悔しさに苛ついて、持っていた扇をバキっと折るのであった。
エルデシア・ミルデウス公爵令嬢18歳。
この銀の髪の美しき令嬢は小さい頃から夢があった。
この国の最高位の男性に嫁いで、社交界で華やかに生きる事。
父であるミルデウス公爵はこのレルト王国の宰相であり、権力の頂点にいた。
叔母であるマリーは今の国王陛下の兄であった前国王陛下の妻で、この前王妃は社交界のトップに君臨していた。
叔父であるグリドス副将軍は、軍の権力を実際に握っている実力派で、そのような恐ろしい一族に囲まれて育ったエルデシア。
わたくしも父達ように、思うがままに社交界に君臨したい。
最初は国王陛下に嫁ぐ事を夢見ていた。だが、このレルト王国の国王、ジェラルドは30歳。他国からの王女を既に妻に迎えていた。
だから、国王へ嫁ぐのは無理である。
悔しい悔しい悔しい…
そんな彼女が目につけたのが、英雄ユリウス・ハルド将軍であった。
軍の実権は叔父が握ってはいるが、固有の武はユリウスが一番優れている。
彼を軍のトップに掲げて英雄として持ち上げているのが、叔父のグリドスだ。
数々の戦で功績を上げて来たユリウス。
隣国との戦に勝ち、その戦果によって国王陛下から褒美を貰い、王宮へ出向けば、夜会で女性達からチヤホヤされ、男性達からは羨望の眼差しを浴び、今、一番目立つ時の人だった。
銀の髪に青い瞳の彼は容貌も美しく、剣技にも優れ、博識でおまけにダンスも上手で、欠点等何もなかったのだ。
「お父様。わたくし、彼が欲しいの。ユリウス・ハルド将軍。彼と結婚したいわ。」
父であるミルデウス公爵に強請れば、ミルデウス公爵は、
「彼はお飾りの英雄だぞ。確かに武勇は優れているが、実際の軍の統率はグリドスがやっている。」
「でも、英雄なのでしょう?彼がいるから他国との英雄の一騎打ちに負けないのでしょう?」
「ああ、それはそうだが。」
「わたくしは社交界で彼にエスコートされて羨望の眼差しを浴びたいの。だから、お願い。お父様。」
「解った解った。国王陛下に話して強引に婚約を結ぶこととしよう。」
「嬉しいわ。有難う。お父様。」
天にも昇る心地だった。
沢山の女性に囲まれて、ちやほやされているユリウス。
もうすぐわたくしの物になるのよ。だからわたくしを大事にしなさい。
あの逞しい腕に抱かれて、ダンスを踊るの。
わたくしはミルデウス公爵家の娘、エルデシア。
誰よりも輝いて誰よりも幸せになるのよ。
自分がミルデウス公爵令嬢だと知っているはずである。
だからユリウスが自分の誘いを断って他の令嬢を優先するなんてありえない。
更にあんな酷い態度を取るとは思わなかった。
ジェラルド国王陛下の元に、エルデシアは父と共に出向く。
ユリウスに命じて、婚約を強引に結ばせる為に。
エルデシアは目いっぱいおしゃれをした。銀の髪を巻いて、銀のドレスを着て、ドレスにはふんだんに宝石を飾り、爪にも宝石を着けて、豪華に自分を飾ったのだ。
化粧もばっちりと濃くして、キラキラにし、王宮へ父と共に出向いた。
呼ばれてきていたユリウスはそれはもう凛々しかった。
白の貴族服を着こなして、美しい銀の髪に青い瞳。
逞しい身体。その姿を見て、エルデシアはうっとりとした。
彼がもうすぐわたくしの物になるのね…
なんてわたくしは幸せなのでしょう。
ジェラルド国王がユリウスに向かって。
「ユリウス・ハルド将軍。そなたの働きは見事であった。褒美にミルデウス公爵家の令嬢エルデシアとの婚約を命じる。」
ユリウスはエルデシアをちらりと見やり、
「お断りします。いかに国王陛下の命とはいえども、私はまだ結婚する気はありません。」
ジェラルド国王は、
「これは決定事項だ。婚約を結ぶように。良いな。」
ユリウスがエルデシアを睨んできた。
なんて失礼な男なのかしら。わたくしと結婚出来るのよ。ミルデウス公爵家の令嬢と。
ユリウスの傍に行き、その顔を見上げて、
「よろしくお願い致しますわ。ユリウス様。」
ユリウスは背を向けて、行ってしまった。
なんて失礼な男なのかしら…
「わたくしは貴方の婚約者になったのです。ですから、婚約者扱いをしっかりとして下さいませ。」
夜会に出席しても、他の令嬢とダンスを踊り談笑はすれども、エルデシアを無視し、ちっとも婚約者扱いをしてくれない。
ユリウスの冷たい態度に、エルデシアはイラついた。
「そんなにわたくしとの婚約が嫌でしたの?」
「君との婚約が嫌な訳ではなく、私はまだ結婚したくはないのだ。せっかく戦が終わったのだから、のんびりしたい。」
「結婚してのんびりすればよろしいのでは?貴方とて25歳。妻がいてもおかしくない年頃ですわ。」
ぷいっと背を向けて、行ってしまうユリウス。
なんて酷い。何て酷い男なの?
そんな状況が二月も続いたものだから、エルデシアはついにブチ切れた。
ミルデウス公爵家を敵に回した事を後悔するがいいわ。
父であるミルデウス公爵に、
「わたくし、婚約破棄を致したいと存じます。お父様。」
「何だ。まだ、あの男、お前を大事にしてくれないのか?」
「わたくしを無視し、他の令嬢達と談笑しておりますわ。わたくしを無視するという事はミルデウス公爵家を無視するという事。わたくしあの男を破滅させとう存じます。いいですわね?お父様。」
「破滅とな…どうする気だ?」
「手を回して、あの男を無一文に致しますわ。わたくしに頭を下げさせて、土下座でも何でもさせて、泣かせて、踏みにじる。そうでもしないと気がすみません。」
ミルデウス公爵は、
「婚約破棄はしても構わぬが…その後、お前は誰と結婚したいのだ?」
「誰とも…わたくし、謝って来たユリウスを離しませんわ。鎖でがんがらめに縛って、わたくしの物にしとう存じます。」
「お前は…我儘な娘に育った物だ。解った。好きにするがいい。」
「有難うございます。お父様。」
ユリウスを婚約破棄した上で、徹底的に破滅に追い込む事にした。
王宮の夜会で令嬢達に囲まれているユリウスに向かって宣言する。
「婚約破棄させて頂きます。貴方には失望致しました。」
「それは上等。私は結婚したくはないのだ。婚約破棄でも何でもするがいい。」
ユリウスの冷たい態度。
後悔するがいいわ。わたくしを怒らせたユリウス。
破滅するがいい…
前王妃のマリーにエルデシアは頼んだ。
「令嬢達をあの男に近づけないように出来ません?叔母様。」
真っ赤な口紅を着け、赤い扇を優雅に扇ぐマリーは、40歳には見えない程、若々しい。
色々な男性との噂も絶えない毒女でもあった。
「可愛いエルデシアの頼みなら…わらわに逆らえる者はこの世におらぬ故。」
「さすが叔母様。有難うございます。」
「やるなら徹底的にやっておしまいなさい。」
「勿論、そうするつもりですわ。」
まずは社交界で彼を孤立させましょう。
前王妃マリーの権力は恐ろしい物で、令嬢達は誰一人、ユリウスに近づこうとしない。
ユリウスから令嬢に声をかけているようだが、皆、逃げていくようだった。
うふふふふ。いい気味よ。
ユリウスがこちらにやって来る。
「エルデシア。君のせいなのか?君が令嬢達に私に関わるなと。」
「さぁ、どうかしら。貴方が愚かだからいけないのよ。我がミルデウス公爵家の恐ろしさを知るがいいわ。」
次は彼が共同で商売をしている商売相手を脅すとしましょうか。ユリウスと共に商売が出来ないように。それから…彼が借りて住んでいる屋敷…そこの家主を脅して彼を家から追い出しましょう。
我が公爵家の者を使って、彼のお金を盗み出すの…
軍の実権は叔父が握っているから、何か罪をでっち上げて、謹慎という形で軍から彼を引き離すといいわ。
さぁ…ユリウス…
貴方はわたくしの物…鎖で縛ってもう離さない。覚悟する事ね…
面白い程にうまく行き、ユリウスはあっという間に転落していった。
軍ではありもしない罪をなすりつけられ謹慎する羽目になり、彼は借りていた屋敷も追い出されて、持っていたお金も盗まれ、冬を前に無一文になった。
公爵家の手の者から報告を受けて、彼が雪がちらつく中、行くところも無く公園のベンチにいるという。エルデシアは暖かいコートを羽織り馬車でそこへ出向く。
お腹をすかせているはずよ。
肉と野菜をたっぷりと挟んだパンと温かい珈琲を持って行ってあげましょう。
そして、わたくしが助けの手を差し伸べるの。
うふふふふ。わたくしが破滅させておいて、助けの手を差し伸べるなんて…
でも、貴方が悪いのよ。わたくしに対して酷い態度を取ったのだもの。
だから、当然…
さぁ、ユリウス。わたくしの手の中に…いらっしゃい。
しかし、まさかエルデシアはユリウスに逃げられるとは思いもしなかった。
雪の降る中、豪華な馬車から降りて、薄汚れた格好をしてベンチに座るユリウスの元へ近づく。
すっかりやつれ果てて、暗くなりかけて雪がちらつく中、ベンチに座るユリウス。
そっと声をかけた。
「英雄も見る影が無いわね。薄汚れた格好で行く所もないなんて。」
ベンチの背にもたれかかっていたユリウスはちらりとエルデシアを見やる。
エルデシアは持って来たパンの包みを差し出して、
「お召し上がりになって。お腹がすいているのでしょう。」
ユリウスは躊躇していたが、結局、空腹には勝てなかったらしい。
貪るようにしてパンを食べた。
用意してきた温かい珈琲を飲む。
「もうすぐ冬が来るわ。無一文の貴方が生きていけるとは思えない。今なら許して差し上げても良くてよ。」
ユリウスは立ち上がる。
「飯は美味かった。有難う。だが、降参はしない。」
エルデシアは驚いた。
「それでは死を選ぶというの?」
「いや、隣国へ行く。英雄である事を隠して、ユリウス・ハルドの名を捨てて、精一杯もがいて生きてみせる。」
「地獄の選択だわ。隣国ではユリウス・ハルド将軍を恨んでいる人も多くてよ。それでも行くの?」
「このまま、牙を抜かれたまま朽ち果ててたまるか。」
ユリウスは背を向けて、
「エルデシア。有難う。私は行くよ。」
雪がちらつく暗闇に姿を消してしまった。
何で?わたくしの元から離れるの?
大人しく鎖につながれてくれないの?
悔しい…ああ、彼は手の届かない所へ行ってしまった。
あああああっ…悔しいわ。
雪は勢いを増し、ベンチに座るエルデシアの上に容赦なく降り積もるのであった。
屋敷に帰れば、専属のメイド、アリサが出迎えてくれて、
「お嬢様、顔が真っ青ですわ。さぁ湯船に入って、温かい飲み物でもご用意致しますから。」
風呂に入りエルデシアは、冷えた身体を温める。
風呂から出て温かい飲み物を飲めば、気持ちが落ち着き、頭が冷静に働いた。
まだ方法はあるはず…
アリサにエルデシアは命じる。
「ユリウス・ハルド将軍に隣国へ逃げられたわ。彼の行方を掴めないかしら。」
忠実なるメイドアリサは、
「隣国の伝手をたどって捜索はしてみますが、難航すると思います。」
「そうよね…彼はどこへ行くかしら…目立つ事はしないはず。ともかく、探して頂戴。」
「かしこまりました。」
何としてもユリウスを見つけたい。
彼を再び手に入れたい。
エルデシアは彼に執着していた。
彼の行方が解ったのは一月後。
隣国の鉱山で働いているという事が確認できた。
それならば…彼の弱みを握る事は出来ないかしら…
いえ、弱みを作る事は?
アリサはエルデシアに報告をする。
「隣国ユリド王国の元王太子アレックが鉱山落ちをして、働かされております。」
「アレックといえば…両国の戦時に、ユリウスと一騎打ちを繰り広げた王太子だったわね。互いに顔見知りのはず。いかに敵だったといえども彼を使えないかしら。」
「こちらからアレックに接触してみます。彼は鉱山から出たいはずです。」
「よろしく頼むわ。」
筋書きはこうだ。
アレックにユリウスと仲良くなって貰う。
そして、自分の身体はもう鉱山で働くにはきつくて持たないと情に訴えて貰うのだ。
彼は必ず、アレックを助ける為に彼を連れて鉱山から逃げて来るだろう。
彼はアレックを助けたいと思うはずだ。
鉱山落ちしたアレック。彼は公爵令嬢と婚約破棄をして、鉱山落ちしたのだ。その彼をユリウスなら、自分と重ね合わせて助けたいと思うはず…
ユリウスの事を探しながら、ユリウスの過去を更に調べた…
彼は敵であったアレックに敬意を払っていたという事が解った。
アレックと一緒なら隣国にいる事は出来ないはず。
だから、この王国へ戻って来ざる得ない。
さぁもう一押しよ。わたくしを頼るように、上手く糸を引きましょう。
ユリウスはアレックを背負って、隣国から逃げて来た。
隣国と接しているこのミルデウス公爵領…彼は必ず、自分を頼るはずだ。
他に行くところ等ない事ぐらい、嫌という程解っているだろうから。
自分に許しを請うしかないのだ。
雪が降る中、アレックを背負って彼は門の前に現れた。
「背の男を助けてくれ。彼は隣国の元王太子だ。身体が弱って死にかけている。どうか、頼む。頼れるのが君しかいないんだ。」
彼は必死に頼んできた。
だから、エルデシアは、アレックを助ける事を条件に、ユリウスを護衛として傍に置く事にした。
護衛となった、ユリウス。
名をリュードと改め、外出時にはエルデシアの傍を離れなかった。
しかし、どこかよそよそしく、敬語でしかエルデシアと接してくれない。
心がどこにあるのか全く解らなかった。
「リュード。一緒にテラスでお茶でも飲まない?」
屋敷の中でそう、誘っても、
「私は護衛騎士ですから、共にお茶など飲めるはずもありません。」
「なら、少しはわたくしとお話をしましょう。」
「庭の手入れを手伝って参ります。」
護衛といえども、屋敷の中まで常に一緒にいる必要はない。
リュードは屋敷の中では積極的に他の人達の仕事を手伝った。
アレック元王太子は身体も良くなり、名をエリアスと改めミルデウス公爵家の老執事マルドの手伝いをするようになった。
頭はよいらしくマルドはとても助かると喜んでいるようだ。
リュードは他の人達とは談笑したり楽しくしているのに、エルデシアに対してはとてもそっけない。
王宮での夜会の時のように…
エルデシアは苛ついた。
破滅に追い込んだ彼をやっと手に入れた。
鎖で縛り自由を奪ったはずなのに。彼の心はわたくしにはない。
どうすれば彼の心が手に入るかしら…
だったら彼に汚い仕事をさせればいい。
自分の護衛だけでなく、ミルデウス公爵家に歯向かう者達を殺す役目をやらせればよい。
闇を植え付けるのだ。
英雄ユリウスは隣国での戦の時に沢山の人を殺している。
そんな彼の心を更に闇に落とすのだ。
リュードは命じられるままに、マリー前王妃や公爵家に歯向かう人間を殺した。
ガリウド公爵令嬢ルーシア。
彼女はミルデウス公爵一派や、マリー前王妃が幅を利かせている社交界が気に入らなかった。
隣国から嫁いで来たキャメリア王妃に近づき、社交界でマリー前王妃に歯向かったのである。
「キャメリア王妃様より先に、良い席に着くとは失礼ではありませんか。」
王宮で観劇が行われるのだが、国王に対しても、無礼な態度を取る前王妃マリー。国王も亡き兄の妻であるこの毒女には頭が上がらず、やりたい放題にさせてきたのだが、一番良い観劇の席にマリー前王妃が座ったのだ。
それを諫めたのがルーシア・ガリウド公爵令嬢である。
真っ黒なドレスを着て、真紅の口紅を着けて微笑むマリー。
優雅に赤い扇を扇ぎながら、
「わらわに対して失礼でないか?わらわは前王妃、マリーであるぞ。お前ごときに暴言を吐かれる覚えはない。」
「前王妃様がキャメリア王妃様より偉いはずがありませんわ。」
キャメリア王妃もここぞとばかり、
「わたくしが王妃なのです。マリー義姉上様。どうぞ、この席をお譲りになって。」
マリー前王妃は立ち上がり、国王夫妻の後ろの席に腰を下ろした。
マリーの後ろの席にミルデウス公爵である父と共に席に着くエルデシア。
叔母上は相当怒っているだろう。
プライドが高い女である。
ルーシア・ガリウド公爵令嬢を殺すしかあるまい。
リュードに命じる事にした。
リュードは二日後に、ルーシアの乗った馬車を襲撃し、物取りの犯行に見せかけて彼女を惨殺したのである。
その死骸は酷い有様だった。
ルーシアはめった刺しにされ、ボロ切れのように道端に放りだされていたのである。
御者も近くで惨殺されていた。
エルデシアはその報告を聞いた夜中、彼の部屋へ訪れた。
アリサに命じて、リュードの部屋の鍵を開けさせたのだ。
白い寝間着で、銀の髪を流して、そっとリュードの部屋へ入るエルデシア。
リュードはベッドから身を起こして、こちらをじっと見ていた。
エルデシアが近づくと、無言で手を掴んで、ベッドに押し倒してきた。
後はされるがままだった。
その手を血で汚したリュード。
人を殺した興奮のままに、エルデシアを貪ったのだ。
事が終わった後、背を向けるリュードの耳元でエルデシアは囁いた。
「もっともっと人を殺しなさい。もっと我が公爵家の為に役立ちなさい。愛しているわ。リュード。いえ、英雄ユリウス・ハルド将軍。貴方には人殺しがお似合いよ。」
彼は無言で、全てを忘れるかのように、再びエルデシアを求めてきた。
エルデシアはその熱を受けながら幸福を感じていた。
エルデシアはリュードにミルデウス公爵家やマリー前王妃に逆らう者達を影で殺させた。
人を殺すたびに、リュードは激しくエルデシアをベッドで求めた。
愛されていない事は解っている…
それでもエルデシアは幸せだった。
心が通わないまま、月日は無情に流れて、5年の月日が経った。
老執事マルドが引退し、エリアスが後を継いで執事になった。
エリアスはメイドのアリサと良い仲になり、時々、庭で二人で仲良く話している姿を見かけるようになった。
仕事中だが、それを大目に見ているのは、エリアスと良い仲になるように勧めたのがエルデシアだからである。
エルデシア以外なら、リュードは気さくに接しているのだ。
そこから、自分とリュードの仲を進展させる事は出来ないのか。
今まで結婚をしないでいた。
いい加減にリュードと結婚したい。
彼にはユリウス・ハルド将軍に戻って貰って、当初の目的。
社交界で華やかに輝きたかった。
アリサはエリアスを介してリュードに接近し、
「リュードもそろそろ結婚を考えた方がいいんじゃない?もう、30歳なんでしょう。」
エリアスの手に手を絡めてアリサは、
「私はエリアス様と結婚するの。もう、幸せで。祝ってくれるわよね。」
エリアスも嬉しそうに。
「アリサみたいな可愛いお嫁さんが貰えるなんて、私は幸せものだ。生きていてよかった。」
リュードの目の前で見せびらかすようにイチャイチャさせた。
リュードを庭に散歩に誘った。
「わたくし貴方とダンスを踊るのが夢だったのよ。」
「エルデシア様。」
「でも、貴方には断られてばかり…中庭にベンチがあるわ。あそこに行きましょう。」
中庭は周りが薔薇の花で囲まれていて、とても静かなところだ。
エルデシアはリュードと共にベンチに座る。
「もう、5年も経ったのね。わたくしはずっと貴方の事が好き。でも、貴方はわたくしを見てくれない。」
「エルデシア様。私は…」
「わたくしと結婚して頂戴。何度身体を重ねたと思っているの。いい加減に責任を取って欲しいわ。」
リュードは無言だった。
そして、一言。
「君はまだ私の事を許してはくれていないのだろう?」
「わたくしをないがしろにした事を許すはずはないわ。それに、貴方がいけないのよ。わたくしを愛してくれないから…」
リュードは立ち上がって、行ってしまった。
いつもそう…でも、今度は逃がさないわ。
そして…
ミルデウス公爵がエルデシアに、
「いい加減にしないか。そろそろお前にも結婚して貰い、先々、この公爵家を継いで貰わねばならん。」
「お父様。わたくしは女公爵になり、誰とも結婚致しませんわ。」
「そう言う訳にはいかん。女公爵になるというのなら、婿を取らねばなるまい。別の公爵家の次男がよいか。目ぼしい男は売れてしまっているからな。年下になってしまうが、その方が扱いやすいだろう。」
そしてチラリとリュードの方を見た。
ミルデウス公爵はリュードに、
「リュードはどう思う。」
「どうと言われましても、私は護衛ですから。お嬢様のご結婚に口を挟む訳にはいきません。」
エルデシアはリュードに近づきその頬を思いっきり引っ張だいて、
「昔の気概はどうしたのよ。わたくしを振ってまで隣国へ行った気概は。わたくしの気持ちはっ…貴方の事が好きなのよ。ずっとずっと、好き。それなのに貴方は…。いいの?わたくしが結婚していいの?いつの間に、牙を失くしてしまったのよ。」
イラついて思わず引っ張いてしまった。
ここまで追い込んでもまだ、わたくしと結婚してくれないの?
そんなにわたくしの事が嫌なの?
リュードは、うつ向いて、
「エルデシア様を頼った時からもう、私の牙は無くなりました。私の牙は貴方を害するものを排除する。それだけの為に今はあります。」
「意気地なしっ。」
執事になったエリアスが、
「私を助ける為に、牙を失くしたのだろう?いい加減に戻るべきだ。ユリウス・ハルドに。そして、エルデシア様と共に幸せになってくれ。私は傍でその姿を見守らせて貰おう。」
「エリアス…」
リュードはエルデシアに向かって、
「改めて、許されるならエルデシア。私と結婚して欲しい。」
「もう、とっくに許しているわ。愛している…ユリウス。」
やっと手に入れたユリウス・ハルド将軍。
正装し、英雄ユリウスに戻った彼と共に王宮の夜会に出席する。
マリー前王妃にユリウスと共に挨拶をすれば、マリー前王妃は、
「長かったのう。やっとか。ユリウス。エルデシアを不幸にしたら許さん。わらわを怒らしたらどうなるか解っておろうな。」
ユリウスは跪いて、
「勿論、エルデシアを私は一生、離しません。幸せに致します。」
「それでこそ、ミルデウス公爵家の婿よ。」
沢山の貴族達に祝福されていると、ジェラルド国王陛下がキャメリア王妃と共に現れた。
エルデシアを睨みつけるキャメリア王妃。
エルデシアは知らんふりをし、ジェラルド国王陛下が話しかけてくる。
「何も婚約破棄しなくても良かったのではないのか?」
おめでたい人ね。王妃様は疑っているのに、国王陛下は何も知らないんだわ。
この社交界の泥沼の世界を…
エルデシアはにこやかに、
「ユリウス様とは遠回りした分だけ、わたくし、幸せになりますわ。」
ユリウスと共にダンスを踊る。
夢にまでみた逞しいその腕にリードされて、踊るダンス。
エルデシアはとても幸せだ。
わたくしや、ユリウスの足元には沢山の骸骨が転がっているのでしょうね。
でも…今度こそ、離しはしない。
わたくしはユリウスと共に誰よりも幸せになってみせるわ。
ミルデウス公爵家は、宰相であるミルデウス公爵、そしてマリー前王妃や、将軍に復帰したユリウス、そしてグリドス副将軍の元、レルト王国を思うがままに動かした。
国王陛下もキャメリア王妃もどうする事も出来ず、彼らの言いなりにならざるえなかったのである。
エルデシアは当初の目的通り、社交界でユリウスと共に輝き続けた。
幸せな一生を送ったとされている。