ベルク宰相の執務室
俺とスミレはエクス城のベルク宰相の執務室に案内された。
整理整頓がしっかりされている。部屋を見ると性格がわかるな。
来客用ソファに座るとベルク宰相が大きな息を吐いた。
「やられましたよ。まさか陛下のお手付きになっている侍女を使うとは。この事を知っている人なんて極僅かしかいないって思っていたのですが……」
お手付き!? それって男女の関係って事か。いやはや元気な50歳だったんだな。
「その事は結構知られていたのですか?」
「最近、娘が陛下のお手付きになっている事を知ったラナス男爵が吹聴していたようです。娘がもうすぐ陛下の側室になるって。それを利用されましたね。キャリンをどのようにして実行犯にできたのか? 脅しか、金品か、それとも初めから暗殺する為に送り込んでいたのか? 今のところは背後関係の調査はキャリンで糸がぷっつり切れていますよ」
「調査がこれ以上進まないとどうなるのですか?」
「カイト殿下が皇帝陛下に即位する事になるでしょうな。私もお役御免になりそうです。まぁエバンビーク公爵領に引っ込んで当主の兄の手伝いでもしますかな」
何!?
それは困る。俺の頭脳がいなくなってしまうじゃないか!!
「何を言っているんですかベルク宰相! あなたがエクス城の政治の中枢からいなくなってしまったら、俺なんか簡単に良いように使われてしまいますよ! それは断固拒否します!」
俺の処世術の一つ【頭の良い人で性格の良い人の言う事を聞けば良い】が発動できなくなる。
「そうは言ってもカイト皇太子が実権を握れば、私がいるとやり難いでしょう。カイト殿下は間違いなく大陸制覇に向けて帝国軍を使った侵略戦争を開始するでしょう。それに私もザラス皇帝陛下には忠誠を誓えますが、カイト殿下には忠誠が誓えそうにないんです。この気持ちは分かるでしょう? そして私はエクス帝国には忠誠心があるんです。だから身を引くんですよ」
そう言われると何も言えないなぁ。何か良い方法がないかな。
あ、俺の頭脳労働担当者になってもらえれば良いかな?
「仮定の話ですよ。もし宰相を辞めた場合、俺の為に知恵を貸してくれませんか? 俺がベルク宰相を雇いたいです! こんな若造に雇われるのは抵抗があるかもしれませんが、何とか考慮してもらえないですか?」
俺の言葉に目を丸くするベルク宰相。
そしてほど破顔一笑して口を開いた。
「それは有難い申し出ですね。その場合は喜んでジョージ・グラコート伯爵に仕えますよ。私は子供ができなかったですが、失礼ながらジョージさんを見ていると自分の子供のように感じてしまっていてね。何かほっとけない感じなんです。最強の力を持っているのに、それをひけらかさない。それでいて危うい心を持っている感じですからね。あなたを見ていると乾燥した藁の前で火遊びしている子供に感じています」
おぉ!!
俺の頭脳ゲット!!
これで俺は頭脳労働から解放される!!
今日は記念日だね。
あ、皇帝陛下が崩御したのに不謹慎だ……。
ザラス皇帝陛下は良いおっさんって感じで好きだったのにな……。
ちゃんと喪に服そう。
「まずはジョージさんに言っておきたい事は、軽はずみの行動は控えてくださいね。私かサイファ団長に相談してくれると嬉しいです。それができない時はスミレさんの意見をしっかり聞いてください」
ふむふむ。
心にメモっとこ。
「喪に服している間は侵略戦争はできません。早くても新皇帝が即位してからでしょう。それまでは余裕がありますから腰を据えていきましょう。あとはロード王国と南の大国のエルバド共和国から、ジョージさんに内密に接触があると思われます。相手に安易な返事はしないようにお願いしますね。スミレさんを必ず同席させる事です」
何か俺ってベルク宰相から見て、ダメな男なんだろうか?
肯定はしないぞ。
否定もできないけど……。
「了解致しました。あとは何かありますか?」
「ジョージさんとスミレさんはエクス魔導団を辞めた方が良いかと思います。そしてあらたにエクス騎士団と魔導団と契約を結ぶと良いと思います」
契約?
なんで?
理解していない俺に丁寧に説明をしてくれるベルク宰相。
「現在、ジョージさんとスミレさんはエクス魔導団第一隊修練部の部長です。その責務は騎士団と魔導団の能力の底上げになります。しかし先程公表したように、修練のダンジョンは既にジョージさんの物です。それをどう使おうがジョージさんの判断になります。魔導団を辞めれば別に騎士団と魔導団の能力の底上げなどしなくても良くなりますよ。それに軍人じゃなくなりますから侵略戦争に駆り出される事もなくなるでしょう。エクス帝国の騎士団と魔導団がどうしても能力を底上げしたいというなら、ジョージさんの許可制にしてお金を取れば良いのです。それが契約ですよ」
なるほど。
修練のダンジョンを使った金儲けだね。それなら魔導団を辞めて外部の人間になった方がやりやすいか。侵略戦争に駆り出されない事も良いことだ。
あ、グラコート伯爵の地位はどうしよう?
「魔導団を辞めた方が良い事は分かりました。グラコート伯爵の地位は返上したほうが良いでしょうか?」
「それはそのままが良いと思います。ジョージさんがエクス帝国の伯爵である限り、エクス帝国の安全性は高まります。カイト皇太子もそれは分かっていると思いますよ。それについては私が調整しておきますから」
ベルク宰相は頼れる人だな。
俺の心の中での父親だ。
もう勝手にお父さんと呼ぼうかな。
「それではこれでジョージさんに注意しておく事はないですね。私はまだこれからもうひと頑張りです」
そういって疲れた顔で気合いを入れたベルク宰相を見て、執務室を後にした。
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