エルとの話し合いとマールのための進言
1時間待ってからエルの部屋にもう一度入った。
相変わらず俺を睨んでいる。
「少しは冷静になって考えたか?」
エルは一度下を見てから数秒後に顔を上げて重い口を開いた。
「カタスの状況が良くないってどういう事よ」
「そのまま言った通りだ。カタスさんはお前の味方であろうとしている。それではエル、お前はエクス帝国に取って味方なのか? 敵なのか? 明確にしないと悪い方向にしか行かないだろうな」
「エクス帝国の敵ならどうなるっていうの」
「お前は死罪、カタスさんはロード王国に肩入れした裏切り者。その後、魔導団を首になって良くて追放、悪くて死罪だな」
「なら、このまま私の立ち位置を明確にしない方が良いじゃない!」
「お前は馬鹿か。ロード王国へのカードにもならない潜在的な敵であるお前をいつまで生かしておくっていうんだ。遠からず死罪だな。カタスさんも変わらない運命だよ」
「それじゃ、私が生き残るためとカタスさんのためにはエクス帝国の味方になるしか無いって事!」
「当たり前だろ。ここはエクス帝国でお前は囚われの身だ。エクス帝国に味方しないで生き残る方法はエウル神でも見つけられない」
俺はエルが落ち込むと思って見ていた。何故かニヤリと笑うエル。
「エウル神でも見つけられない物でも目の前にあるじゃない。あなたが私とカタスをここから逃してよ」
「は、何を言っているんだ? 何で俺がお前らを逃す手助けをしないといけない?」
「何を言ってるって当たり前の事じゃない。あなたと私は悲しい事に血が繋がった兄妹よ。妹の命がかかっているのだから兄として当然でしょ」
こいつは根本的に間違っている。今のうちに是正しておかないと。
「俺はロード王国まで血の繋がりという力を確認しに行ったんだ。そこで分かった事は、俺にはそんな物は無かった事だったよ。少しは期待していたのかもしれないけれどな。今は完全に血の繋がりは断ち切った。お前とは血の繋がりというよりは子供時代に一緒に住んでいた縁がある。だから少しぐらいの便宜を図っても良いかと考えているくらいだな」
信じられないような顔をするエル。
「何を言ってるの! 血は水より濃いのよ! 血の繋がった妹を見捨てるなんてエウル神の天罰が下るわ!」
「それはお前の考えだ。俺は血より縁を取る。俺の人生を豊かにしてくれ、助けてくれた人との縁だ。スミレ、グラコート伯爵家の屋敷の皆んな、サイファ団長、ベルク宰相、ザラス陛下、ルードさん。皆んな世話になっている人だ。ただ血が繋がっているだけのお前とは比べようが無い」
また無言になるエル。
「もう少し考えるんだな。また時間をやるよ」
俺とスミレは部屋を出た。
扉を閉める音が俺と妹のエルの関係を断ち切る音に聞こえた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先程と同じように1時間経ってからエルの部屋を訪ねた。
エルは大人しく椅子に座っていた。
「どうした。元気が無くなったようだな。それでどうするか決めたのか?」
キッと俺を睨むエル。
「どうしてあんたみたいな何もできない根暗が偉そうにしているのよ! 英雄になるのは私なのよ! あなたさえいなければ英雄だったのに!」
「お前は少しエクス帝国とロード王国の力の差を考えたほうが良いぞ。全面戦争になればロード王国の勝算はほとんど無いぞ。そのロード王国の英雄がお前だったら見せしめに公開処刑だな」
青褪めるエル。言葉を止めない俺。
「いつまで出来もしない夢を見ているんだ。現実を直視しろよ。お前はエクス帝国の囚われの身だ。お前を生かすも殺すもエクス帝国次第なんだよ。助かりたいならエクス帝国に味方するんだな。それがカタスさんのためにもなる」
「カタスのため?」
「今ならカタスさんは魔導団だけの中で処理が可能だ。ただ時間が経てば大事になる可能性が高い。お前が決断するなら早くするに越した事はないな。どうする? エクス帝国の味方をするなら今からサイファ魔導団団長を呼んできても良いが」
逡巡している様子のエル。
気持ちが固まったのか決意のこもった声を出す。
「分かったわ。サイファ魔導団団長を呼んで来て。だけど条件が一つあるわ。カタスに不利益にならないようにして。カタスは今まで通りの扱いになるならエクス帝国の味方になるわ」
「それを決めるのは俺じゃない。直接サイファ団長に頼むんだな」
そう言ってエルの部屋をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後サイファ団長に報告し、エルとサイファ団長の話し合いが持たれた。俺とスミレも同席させられた。
カタスの件については揉めに揉めた。今回の件でカタスにはエクス帝国への忠誠が疑われてしまった。一人の女性のために国を売りかねないと思われたのだ。
しかしエルも一歩も引かない。
カタスの処遇を今までと変わらないようにと意見を変えない。長い話し合いの中でお互い妥協点を探り合う。
第一隊は他国との戦争要員、第二隊は国内の治安維持だ。
どちらもエクス帝国の忠誠が高い人物じゃないと安心して任せられない。その為、カタスは雑事の第三隊への異動に決まる。
エルの要求が半分通った感じだ。
これがサイファ魔導団団長の出せる最大の譲歩だった。それが分かったエルはその条件でエクス帝国に協力する事で話が決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エルとの話し合いが終わって魔導団団長室に戻る。
修練部の今後の活動の指示をもらう為だ。
「当分の間は午前中にドラゴンの魔石納品。午後からは騎士団と魔導団の能力の底上げで良いわよ」
あ、そういえばマールと約束していたな。一応進言してみるか。
「魔導団第一隊のマール・ボアラムは修練のダンジョンには、もう入れないのですか?」
「あら、ジョージ君からマールの事を話題にするなんて。そうね、あの子は才能は魔導団随一なんだけど、没落した家をどうにか立て直したいのよね。戦功ばかり欲しがってどうにもならないわ。侵略戦争の強固な推進派ですから。もともと私は最初の修練のダンジョンに行かせるのも反対だったのよ。ただ一番才能がある者を行かせなくてどうするってカイト皇太子に言われて押し切られたのよ。失敗だったわ」
「それではマールを修練のダンジョンに連れて行く事は許可できませんか?」
「できないわね。侵略戦争するために騎士団と魔導団の能力の底上げをしているわけじゃないのだから」
「サイファ団長のお考えはわかりました。侵略戦争以外に何か功を挙げる方法ってないですかね?」
「それはなかなか難しいわね。ジョージ君達みたいにドラゴンの魔石を大量に納品出来て、エネルギー資源に寄与するとかできれば良いけど、普通の人には不可能ね。あとは今回の外交団に参加するような事なんだけどね。マールは視野が狭くなって分かっていないのよ」
マール、やっぱりダメだったよ。考え方を変えないと無理なんだな。
まぁ俺は約束は守ったから良いか。
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