カタスの思い……
9月7日【青の日】
今日から仕事始めである。
長期休暇の後の仕事始めは精神的にキツい物があるなぁ。それでもスミレと2人で魔導団本部に歩いていくと気持ちも上がってくるのは俺が単純な奴なんだろうな。
まずはサイファ団長に面会だ。
全くプレッシャーのかからなくなった団長室の分厚い扉をノックして入室する。
「あら、おはよう。どう? ゆっくり休めた?」
俺はびっくりした。
サイファ団長の眼の下にはハッキリとクマができている。何か凄い疲れていそう。
「おかげ様でゆっくり休めました。それよりサイファ団長は大丈夫ですか? とてもお疲れに見えますが……」
「外交団が帰ってきてから大変な事になっているわ。ロード王国に侵略戦争をして領土と戦功を挙げたい侵略戦争推進派が騒ぎ出しているのよ。ロード王国が毎年貢ぎ物をエクス帝国に献上するとなると侵略戦争ができなくなるから」
「そういうもんですか。何でロード王国にそんなに拘わるのですか? 南のエルバド共和国を攻めるのは厳しいと思いますが、北と東には小国や中規模国家があるじゃないですか?」
「ロード王国は肥沃な土地だからでしょうね。北と東の土地には、そんなに旨味がないのよ。話を戻すけれど、今度の外交団の働きについて、侵略戦争推進派は腰抜け外交って難癖をつけているのよ。話し合いではなく、力で解決するべきだってね」
あ、あれが腰抜け外交!?
あんな問答無用にこちらの言い分をロード王国に飲み込ませたのに。
「今は侵略戦争推進派と反対派で多数派工作が盛んに行われているわ。ジョージ君はどちらの派閥からも狙われるでしょうね。気をつけてね」
気をつけると言っても俺はそこそこ侵略戦争反対派だ。必要で無い無駄な血は流さないに越した事はないからな。
「了解致しました。それで聞きたい事があるのですが、ロード王国のエル・サライドールの処遇はどうなりましたか?」
「あら、やっぱり気になる? それも大変よ。すぐに殺せって言う人と、ロード王国に対しての何かしらのカードになるって人に分かれているわ。頭が痛いのがカタスがね……」
そこで大きく息を吐き出すサイファ団長。
「カタスがエル・サライドールの後見人になるから釈放しろって言うのよ。それが認められないならエクス帝国魔導団第一隊を除隊するってね」
おぉ! カタスさん、男やね。
俺の喜色が入った驚きの顔に、顔を顰めるサイファ団長。
「ジョージ君は分かってないかもしれないけど、カタスは魔導団の幹部候補生なのよ。将来が期待されているの。それが恋にトチ狂うなんて、本当に頭が痛いわ」
やっぱりカタスは有望な男だったか。俺の眼に狂いはなかったな。
「結局、エルの処遇はどうするのですか?」
「カタスを魔導団から失うのは避けたいのよ。エルを何とか懐柔できないか考えているところ。今、エルは私の預かり案件で、魔導団本部の一室に軟禁されているわ。悪いんだけど、一回ジョージがエルと話し合ってくれない? あの娘、頑なに誰とも話をしないのよね」
「会っても良いですけど、エルは俺にも話をしないですよ。それでも時間が開いたのでエルの心境の変化があったかもしれませんね。一回は会いますか。案外カタスも連れて行けばいろいろ話すかもしれませんね」
「カタスを連れていくのは却下よ。カタスは今、冷静じゃないから危ないわ。現在、宿舎で謹慎中なの」
あらら……。カタスさん、出世コースから外れてしまうんじゃないか? 大丈夫か。
「了解しました。この後、スミレと二人でエルと面会したいと思います。あとサイファ団長にお願いがあるのですが」
「何かしら? 聞ける範囲でなら良いわよ」
「以前、サイファ団長が仰っていた魔力制御の優劣と老いについて研究しているエルフの里の研究者に会いたいのですが」
「あぁ、それなら良いわよ。ライドもあなたに興味津々だったから。呼べばすぐにエクス帝国まで来ちゃうわね。連絡しておくわ」
そう言ったサイファ団長の顔は疲れ切っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とスミレは魔導団本部のエルが軟禁されている部屋に向かった。
魔導団本部には罪を犯した隊員を拘束しておく部屋がある。その一番良い部屋にエルはいるそうだ。
見張りから鍵を借りてエルが軟禁されている部屋を開ける。
「早く出しなさいよ! この腐れエクス帝国の犬が!」
部屋に入るなり罵声を浴びせられた。こんなに酷い性格だったのか。
「悪いな。俺にはそんな権限はないんだ。おとなしくしてろ」
部屋に入って来たのが、俺とスミレと気が付き口を閉じるエル。
結局だんまりか。勝手に話すか。
「まずエルが置かれている状況を勝手に話してやるから聞いていろ。何か話したくなったらいつでもどうぞ」
エルは魔導団特製手錠を嵌められている。
これなら安心だね。
「現在、お前を殺せという意見とロード王国の何かしらのカードになるという意見の二つがある。どちらになるのかは俺は知らない」
自分が死ぬかもしれないのに眉一つ動かさない無表情のエル。
こりゃやっぱりダメかな。
「カタス」
ポツリと言ったスミレの言葉に目を見開くエル。
おぉ! なるほど、そちら方面から攻めるのか。
スミレのサポートを受けて俺はニヤリと笑いながら口を開く。
「カタスさんがどうなっているか知りたくないか?」
ガタッと椅子から立ち上がるエル。
顔が怒っている。でもまだ無言だ。
強情な奴だな。
「あまり良い状況とは言えないな。お前のせいで」
エルが動揺しているのが良くわかる。
「今のお前とカタスさんの環境を変えられるのはサイファ団長か俺だけだ。少し時間をやるから冷静に考えるんだな」
そう言って俺とスミレは部屋を出た。
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