漢が獣になる時、それは今!
8月25日【青の日】
今日の午前中に国境を越えてエクス帝国に入る予定だ。
馬車を進めていると前方1km先の道に10人程の魔力反応がある。道を外れたところには300人くらいの魔力反応もある。
待ち伏せかな?
俺 はベルク宰相の指示を仰ぐ。
「そうですね。先手を取るのが一番安全ですが、相手の言い分も聞いてみますか。良かったらジョージさんとスミレさんで先行してくれませんか? 話を聞いてみてください。攻撃されたなら壊滅させて結構ですから」
身体が鈍っていたのでちょうど良い運動になるかな。
俺とスミレは馬車を飛び降りて前方に走っていく。
少しすると10名程の男性が見えてきた。
軽い武装をしているな。盗賊には見えない。倒木を並べて道を封鎖している。
取り敢えず俺とスミレは近づいて声をかける。
「俺たちはエクス帝国外交団だ。道を封鎖してどうするつもりだ」
30歳くらいのリーダーらしき人物が返答する。
「俺たちはロード王国騎士団の者だ。仲間であり英雄である、エル・サライドールを取り返しにきた。大人しく俺たちに従ってもらおうか」
俺は頭を抱えたくなった。
なんで強いこちらが、弱いあちらに従うと思っているのか? どうだろう? 会話が成立する人達かな?
「エル・サライドールはロード王国のナルド国王よりエクス帝国に連行する事が許可されている。お前達はナルド国王の命令に逆らうつもりか?」
「そんな命令は知った事じゃない! 腰抜けの王家の命令など聞く必要が無い! 俺たちは自分の矜持に従って行動あるのみだ!」
あ、駄目な人だ。
俺はスミレに目線を送る。
スミレはすぐに理解してくれ、俺への攻撃に対応できるように準備した。
俺はゆっくりと呪文の詠唱を開始した。
それに気がついたリーダーらしき男性が片手を挙げる。
道の両脇の林から大量の弓矢が飛んできた。
スミレは既に【雪花】を抜いている。俺も詠唱をしながら【黒月】を抜いた。
スミレが【雪花】を一振りすると、俺とスミレに当たりそうだった弓矢は全て薙ぎ払われた。
魔力で伸びる刃は反則だね。
そして呪文の詠唱が終わる。
300本を超える氷の矢が周囲に飛んでいく。致命傷にならないように全員の右腕を狙ってみた。
もうロード王国との話し合いは終わっているから無駄な殺しはいらないよね。
周囲に広がる悲鳴の声。
百発百中だ。
これで弓矢が使えないだろう。魔力制御も以前より上がっているな、こりゃ。
ついでに道を塞いでいた倒木も破壊した。
血だらけになった右腕をダラリと下げているリーダーらしき男性。目が虚ろになっている。
「次は頭を狙うよ。できれば早く撤退してくれないかな? 無用な殺しはしたくないからね」
道を塞いでいた男性達は道を開け始めた。
これで邪魔者はいなくなったかな。
「それじゃ俺たちはエクス帝国に帰るから、君達も早く帰って、治療したほうが良いと思うよ」
俺とスミレは馬車に戻り、ベルク宰相に報告した。
「どうやらエルを奪い返しにきたロード王国騎士団のようでした。戦闘不能にしましたのでもう安全に通行できると思います」
「なるほど。エル・サライドールの使い道はまだあるかもしれないな。エクス帝国に帰ってから考えますか」
こうして俺たちは国境を越えてエクス帝国に戻ってきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
8月26日【緑の日】
ドットバン伯爵の治める領地ではエルがいる為、目立たないように気をつけて進む。
俺は馬車の中でそわそわしている。
別に明日が休みではない。だがしかし、明日はハイドンに宿泊なのだ! そう、行きに我慢した漢の浪漫が待っている。
この遠征中、スミレは任務中という事で、全く触らせてくれない。唯一、俺が殺人童貞を捨てた時にベルク宰相の指示で慰めてくれた時だけである。俺はお預けをくらっている犬状態。
そう明日こそ、そのストレスをハイドンで吐き出すのだぁ!!
その晩、俺は興奮が抑えきれずに、ライバーさんとカタスさんと宿泊施設の部屋でハイドンの夜の街について話し合った。
ライバーさんはノリノリなのだが、カタスさんが浮かない顔をしている。
なんだろ?
「カタスさん、どうしたんですか? 何か悩み事ですか?」
俺の問いに答えたのはライバーさんだった。
「カタスはな、エルに惚れてしまったみたいなんだよな」
「そ、そんな事ないです!」
慌てて否定するカタスさん。
何か怪しい。
畳み込むように話を続けるライバーさん。
「だってよぉ、いつも二人で仲良く会話しているじゃないか。俺はお邪魔虫みたいな雰囲気だよ」
「そんなつもりは無いですよ! ライバーさんの勘違いです! それより明日のハイドンの夜は遊びますよ!」
「当然だろ。奥さんがいない街で遊べるんだからな。のびのびと羽根を伸ばすさ」
少し不自然なカタスさんだったが、俺の心は既にハイドンの夜の街に飛んで行っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
8月27日【赤の日】
遂にハイドンに着いた。
時刻は昼過ぎだ。宿泊は行きで泊まったところと同じになった。
エルがいるため、ドットバン伯爵の寄親であるノースコート侯爵家に宿泊するのを避けたためだ。
スミレの父親であるハイドン領主のギラン・ノースコートは既にハイドンに帰ってきている。さすがに挨拶に行かないとな。
ハイドンの北側の地域に大きな屋敷がある。それがノースコート侯爵家の領地の屋敷だ。
ギラン・ノースコートは俺とスミレを歓待してくれた。
「お疲れ、ジョージさん。立派に外交団の副団長の役目を果たしてきたようで嬉しいよ。是非、ここハイドンでゆっくりしていってくれたまえ」
「そうしたいところですが、まずはエクス城に行って帰還報告をしないといけないので、すいません」
「そっか、それなら今晩は夕食でも一緒にどうだい? ウチの料理人の腕はとても素晴らしいぞ」
げっ! それは不味い。いや夕食が不味いと思ったわけではない。漢の浪漫が俺を待っているんだ!
「誠にすいません。先約がありまして。また機会がありましたら、よろしくお願いします」
「それは残念だな。でもハイドンの街を楽しんで行ってくれ。自慢の街なんだよ」
「はい! しっかり楽しみます!」
スミレは少し呆れ顔だ。
俺がライバーさんとカタスさんと夜の街に繰り出す事を知っている。スミレはエルの見張りのため、宿泊施設に戻る予定。
ごめんね、スミレ。でも漢にはやらればならぬ事が時としてあるのだよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ついに日が落ちた。
夜の到来である。
漢が獣になる時間。
俺も獣と化すのだ!
ライバーさんとカタスさんと酒場で飯を食べながらほろ酔いになる。
準備万端だ。
さぁ行こうか!
今晩は打ち上げを兼ねているため、戦場(女性がいる店)は高級店を選択した。
期待が大きいと失望した時の落差が凄い。
何がって?
確かにレベルの高い女性ばかりだ。外見は素敵なのだろう。
だけど常時魔力ソナーを発動している俺は落胆してしまった。魔力が汚れている人ばかりだ。
顔やスタイルが良くても内面が汚いと、こちらの気持ちが盛り上がらない。
俺は愕然としてしまった。
スミレという極上の女性と結ばれたせいで、他の女性に魅力を感じなくなっている。俺はスミレ以外に不感症になっているのか……。
ライバーさんとカタスさんは既に相手の女性を決めて別室に移動している。
俺は一人寂しく店をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
8月28日【黒の日】
馬車の中でスミレに昨晩の顛末を一切合切話した。
呆れた顔をしたスミレだが、俺がスミレ以外に魅力を感じなくなっている事に少し喜んでいるようだ。
あと2日で帝都に着くなぁ。これでゆっくりスミレとイチャイチャできる。
俺は過去と決別をするためにロード王国に行ったが、その過去とも言える妹のエルが一緒にいる。気持ちの上で過去と決別できたからまぁ良いか。
穏やかな天気の中、馬車はゆっくりと帝都に向けて走る。
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