サライドール子爵家
エクス帝国外交団が泊まっているのは王都一の宿泊施設だ。
安全面は確かだと思いたいがここは完全に敵地になる。魔力ソナーでの警戒は欠かせない。
また王城に残っている文官4人の魔力反応にも注意を払っている。殺されたり、監禁されるような事があれば、すぐにわかるだろう。
一仕事を終えたベルク宰相はお茶を飲んでいる。
「凄いゴリ押しでしたね。ベルク宰相が怖かったですよ」
「圧倒的に戦力差があれば強制外交が一番楽なんです。外交では簡単な部類ですね」
「ロード王国はどうすると思いますか?」
「そうですね。起死回生を狙ってジョージさんを取り込もうとしますか。サライドール家と血縁関係があるので、その辺で攻めてみる感じです。今回の面会で顔繋ぎをして、取り敢えず屈辱外交を飲む。その後にジョージさんにロード王国に鞍替えしてもらえば戦力差は逆転しますから」
何と!? そんな事を考える可能性があるのか。俺は、俺を捨てた母親や妹と過去の清算をするために面会するのに……。目的が違い過ぎるやん。
「エクス帝国の視点で考えれば、今回の外交団の仕事は、ジョージさんがエル・サライドールとその母親と面会する方が重要性が高いですね。今後の軍事力に直結しますから」
なるほど。俺とスミレってヤバい奴なのね。こんな奴がゴロゴロしていたら本当に問題があるな。修練部で提案したレベル制限をしておいて良かったよ。
「ジョージさんの場合は母親と妹に肉親の情を持っているかどうかだね。肉親の情を持っているなら、それはロード王国が付け込む隙になる可能性があるから。でもそれも悪手かな。例え人質にしてもジョージさんが力付くで解放しちゃうもんね。だからジョージさんがエクス帝国を捨てない限り、気楽に面会してもらって良いよ」
そう言われてホッとしながら不安が増してきた。俺は過去の清算ができるのだろうか?
急にスミレが後ろから椅子に座っている俺を抱き締める。
「ジョージの好きにしてください。私はいつでもジョージの一番の味方ですから」
何て素敵な人だ。一番欲しい時に一番欲しい言葉をくれる。
「ありがとう、スミレ。しっかりと過去を清算する心構えができたよ」
俺はスミレに微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方にロード王国から使者が来た。
明日の午後2時からサライドール子爵家の屋敷にて面会が設定された。迎えの馬車を午後1時30分に寄越すそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
8月17日【白の日】
面会のこちらの参加者は俺とスミレとベルク宰相。
ベルク宰相の護衛は俺とスミレがいるので、ライバーとカタスはお留守番になった。
というよりベルク宰相が俺に気を使ってくれたのだろう。俺って案外複雑な家庭事情だもんね。ベルク宰相は細かい心遣いができる人だなぁ。
迎えの馬車に乗り込む。
流れゆく王都の街並みを見ている。
何となく気乗りがしない。空も俺の心を映すように曇天だ。
俺の心の中に喜びの感情が全くないからか。そりゃ、俺はあの親父の元に置いていかれたから当然か。
気がつくと屋敷の前に馬車は止まっていた。
魔力ソナーを集中させると、屋敷の中にいる人数は15人ほど。そして知っている魔力は三人だ。昨日謁見の間で叫んでいた年配の男性と母親と妹だ。兵士はいないようだ。さすがに俺を倒すのは諦めるか。
玄関から使用人が出てきて俺たちを屋敷内に案内する。
豪華な部屋に通された。
子爵家の割に立派な屋敷に住んでいるな。
すぐに昨日叫んでいた白髪混じりの黒髪をした60歳くらいの男性と、女性2人が入室してきた。魔力の質で確信はしていたが、やはり母親と妹だった。
母親はだいぶ老けたな。母親が妹を連れていなくなったのは7年前か。そりゃ老けるわな。
妹は11歳だったから、今は18歳か。面影はあるか。
母親は怯えた目をしている。妹は無感情だ。
白髪混じりの黒髪の60歳くらい男性がにこやかな笑顔で両手を広げる。
「おぉ! 昨日の謁見の間でも見たが、本当にお前がカフィの息子か! わしの孫息子になるわけだな。立派な青年になっているようで嬉しい限りだ」
今にも抱きつきそうな男性に俺は冷たい声で拒絶する。
「俺には生まれてから今まで祖父はいません。それはこれからも変わりません」
俺の言葉に虚を突かれたのか広げた腕が固まった。
俺の言葉は続く。
「今更どの面下げて「わしは祖父だ」なんて言えるのか神経を疑いますね。ロード王国ではこれが普通なんですか?」
男性の額に青筋が立っている。
どうやら煽り耐性は低いらしい。
ここで大人のベルク宰相が会話に入ってきた。
「まぁ、まずは落ち着いて話し合いましょう。まずは自己紹介からですね」
それからソファに座り自己紹介が始まった。
青筋を立てた白髪混じりの黒髪の60歳くらい男性はパウエル・サライドール。
現在、サライドール子爵家を息子に譲り、ロード王国の将軍をしているそうだ。
母親のカフィ・サライドールはサライドール子爵当主の兄の世話になっているそうだ。白髪が少し目立つ歳になっている。
妹のエル・サライドールはロード王国の軍に入り、魔導師として活躍しているとのこと。ずっと無表情のままだ。
自己紹介が終わったところで俺が話し出した。
「今回、面会をお願いしたのは俺の過去を清算するためです。俺が13歳の時にそこにいる母親であるカフィ・サライドールは妹だけを連れて蒸発しております。俺は暴力を振るう父と一緒に生活するしかありませんでした。何故、俺を置いて蒸発したのか聞かせてもらいたい」
俺の言葉にビクッとなる母親のカフィ。それでも重苦しそうに口を開く。
「あなたをサライドール子爵家に連れて行くと後継者問題や遺産問題が生じるから連れてくるなとお父様から言われて……」
自分に非難の鉾先が来たため反論する祖父のパウエル。
「お前が息子は何か薄気味悪いから置いていきたいと言ったではないか! 今更ワシのせいにするでない!」
薄気味悪いか。確かにそうかもな。母親のカフィと俺の相性が悪かったんだろうな。親子でも相性が悪い事なんてザラだ。祖父からも、父親からも、母親からも疎まれていたか。
そんなもんだな。
スミレが横から俺の手を握ってくれた。
あ、俺の家族はここにいたんだ。それだけで俺は俺でいられる。
「ありがとうスミレ」と俺は目でスミレに伝えた。
これで俺の過去のこだわりは無くなった。
もう良いかな。
「自分が母親に捨てられた事が良く分かりました。これで安心して過去と決別できそうです。もう特に何もありません。それでは失礼させていただきます」
そう言ってソファを立ちあがろうとすると、今まで無表情だった妹のエル・サライドールが声を上げた。
「あなたのせいで私は今ロード王国内で責められているのよ! どうしてくれるのよ!」
妹のエルが責められている? なんで?
「エルは国境での活躍でロード王国内で英雄視されているんじゃないのか?」
「それのせいよ! ドットバン伯爵の領軍を撃退したせいで、今回エクス帝国に付け入る隙を与えたって言われているわ! あなたさえいなければ私は英雄のままでいられたわ!」
激情にかられたエルは呪文の詠唱を始めた。
【火の変化、千変万…】
気がつくとスミレがエルの右肩を【雪花】で貫いていた。
「ギャーー!!」
「キャーー!!」
絶叫と悲鳴が上がる。
絶叫は妹のエルで、悲鳴は母親のカフィだ。
スミレはそのまま【雪花】をエルの喉元に突き付ける。
「声を出すな。もう一度呪文を詠唱しようとしたら躊躇わずに喉を突き刺すぞ」
ベルク宰相が口を開く。
「今日の面会はロード王国王家からの許可をもらって行っているものだ。その責任者はパウエル・サライドール将軍で間違いないですな。この失態はどのように処理してくれるのですかな?」
「ワ、ワシのせいではない! この小娘一人の責任だ!」
「なるほど、ではこの小娘はエクス帝国で処理しても構わないって事ですな」
「別に構わん。勝手に連れていけ!」
「お父様! そんな! それはあんまりです!」
祖父のパウエルに縋る母親のカフィ。
「うるさい! 出戻りが口答えするな!」
パウエルは泣き崩れるカフィを放置する事にしたようだ。
カフィの啜り泣く声が部屋に響く。
ベルク宰相は何事も無かったように話を続ける。
「では宿泊施設に帰りましょうか。ちょうど魔導団特製手錠をサイファ魔導団団長から借りてきているんですよ。早速この娘に嵌めないと危ないですからね」
マールを捕獲した時に使った手錠か。魔導師には天敵だよね。
俺が付けたらどうなるんだろ? 魔力が激減するといっても限度はあるよね。
サライドール子爵家の使用人に縄を持ってきてもらい、スミレが妹のエルを後ろ手に縛る。
そのままサライドール子爵家の屋敷をあとにした。
宿泊施設に着いた後はエルの手を前に出させて魔導団特製手錠を嵌めた。
これで普通の魔導師は魔法が使えないだろう。
右肩の治療はスミレが行った。
綺麗な切り口だったようで動かさなければ後遺症は残らなそうだ。
その間、妹のエルはずっと俺を睨んでいた。
そんなに仲が悪かった記憶は無いんだけど。恨むなら俺のほうだよね?
夕食を用意してあげたがエルは一口も口にしなかった。俺やスミレがエルに話しかけても無言を通している。
夜は俺とスミレが交代で寝て、ロード王国からの襲撃を警戒している。
ついでにエルも俺とスミレが交代で見張った。
とても上からの立場で外交交渉をする事を強制外交というそうです。
黒船も強制外交との事でした。
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