ロード王国、謁見の間
8月16日【黒の日】
王都には昨日の夕方に到着したため高級な宿泊施設に泊まった。
ロード王国の国王と会うのは今日の午前中だ。
一応俺は外交団の副団長のため礼服を着ている。しかし腰には【黒月】を差している。
荒事があるかもしれないからなぁ。呪文の詠唱の時間を得るために近接戦闘は避けられない。
スミレが守ってくれるがベルク宰相と文官4人も守らないといけない。スミレ1人だと辛いよね。俺も近接戦闘頑張ろう。
馬車がロード王国の王城に入っていく。
なかなか立派なお城だな。エクス城の方が大きくて立派だけどね。
馬車を止めるスペースに馬車を止め、そこから歩きだ。石畳の通路が続いている。
ロード王国から案内人が付いた。
俺とスミレを先頭にして、そのあとをベルク宰相、ライバー、カタスが続き、文官4人は最後尾だ。
魔力ソナーで確認したところ、どうやら真っ直ぐ謁見の間に進んでいるようだ。隠れたところに兵士が配置されている。
暗殺を考えているのかな?
「ベルク宰相、兵士が多数隠れて配置されておりますがどうしますか?」
ギョッとする案内人。ベルク宰相は平然と答える。
「雑魚はほっといて良いかな。こちらに対する動きがあったら排除してくれ」
「了解しました」
俺とベルク宰相の言葉を聞いて案内人が声を上げる。
「少々お待ちください。兵士を下げるように伝えてきます」
俺たちは数分待たされた。魔力ソナーで確認すると、確かに配置されていた兵士が城の外に移動している。
案内人が戻ってきた。
「誠に申し訳ございません。兵士は全て下げました。外交団の皆様に危害を加えたいと思ったわけではございません」
危害を加える以外に兵士が何で隠れているの? まぁそんな事を言ってもしょうがないけどね。ベルク宰相も気にしてないようだ。これからもっと酷い状態になるからだな。
魔力ソナーで確認すると謁見の間にもだいぶ兵士が配置されている。
謁見の間の扉の脇に人が立っていた。どうやら扉を開ける役目のようだ。
重たそうな扉が開いていく。
【静謐なる氷、悠久の身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】
30本の氷の矢が壁際に配置されている兵士の足に突き刺さる。悲鳴が上がる謁見の間。
エクス帝国外交団は悠然とロード王国国王の元に歩いていく。
ベルク宰相が怒鳴り声を上げる。
「静まれ! 黙らん奴は命が無いと思え!」
沈黙に包まれる謁見の間。
驚愕の表情のロード王国国王と参列している貴族達。
うずくまり痛みを堪える兵士。
その中で朗々とした声で挨拶をするベルク宰相。
「エクス帝国外交団団長のベルクです。ナルド国王にお目にかかれて光栄でございます。この度はロード王国に確認をしたい事ができました。故に王都まで伺わせていただきました」
驚愕の表情から抜けきらないナルド国王が何とか声を絞り出す。
「先月の国境地帯で起きた事についてであろう。あれは盗賊が我が国の中に拠点を作っていたため討伐しただけだ。ドットバン伯爵の領軍は明らかに国境を越境して我が国に勝手に侵入してきていた。結果として不幸な結果になったが、我が国に非は無い」
顔色一つ変えずベルク宰相が言葉を返す。
「盗賊を放置していたのはロード王国ではないですか。それで地域は治安悪化しておりました。治安維持のために領軍を派遣するのは人の道と言えるでしょう。それを自らの怠慢を省みずロード王国第一騎士団が無差別に魔法を撃ち込んだと報告があります。エクス帝国はこれについての賠償を要求します。具体的にはファイアアローを撃ち込んだ魔導師の身柄。その他にはドットバン伯爵の領軍の死亡者に1人あたり1億バルト。これが70億バルト。あとは慰謝料として30億バルト。総額100億バルトで手を打ちましょう」
ベルク宰相の賠償内容を聞いて怒鳴り声を上げる男性がいた。白髪混じりの黒髪の60歳くらいの風体だ。
「そんな要求が飲めるわけないだろう! 何で孫娘をエクス帝国に引き渡さないといけない!」
なるほど、この人がサライドール家の当主か。という事は俺の祖父になるのかな?
「ファイアアローを放ったエル・サライドールはエクス帝国にとって犯罪者です。身柄を要求するのが当たり前ですが?」
ナルド国王が間に入る。
「ロード王国内で起こった軍の行動だ。それを個人に責任を押し付けるわけにはいかない。エル・サライドールの身柄引き渡しは拒否させていただく。それに元々暴れていた盗賊はエクス帝国の息がかかった者であろう。それくらいはこちらもわかっている」
「聡明なナルド国王にしてはいただけない発言ですな。証拠も無しに憶測で言われても。エクス帝国の威信に傷をつけるおつもりか?」
「そうではない。お金は払わせていただく。ただし、賠償金では無くお見舞い金の名目になるがな」
交渉が終わりそうかなっと思った俺は次のベルク宰相の言葉に耳を疑った。
「どうやらロード王国は馬鹿者が揃っているようですな。もうそういう状況では無いのですよ。馬鹿者にもわかるように説明してあげましょう。このまま放置していれば、ロード王国は滅亡の一途を辿るでしょう。既にエクス帝国はロード王国との全面戦争に意見が傾いています」
騒つくロード王国の貴族達。ベルク宰相は構わず話を続ける。
「戦争になればエクス帝国の帝国軍が出てきます。我々のロード王国王都までの道中の噂は聞いているでしょう。エクス帝国が誇るドラゴン討伐者が圧倒的な力でロード王国を蹂躙することになるでしょう。蹂躙後、ロード王国の王家と貴族は全て処刑します。ロード王国の国民は奴隷に落とします」
青い顔のナルド国王。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
「待つ時間は余りにも短いのです。それ程、状況は切羽詰まっております。私が提案できる選択肢は三つです。一つ目は先程言ったエクス帝国と全面戦争をする事。二つ目はエクス帝国の属国になり、ある程度の自治権を許可してもらう事。三つ目は毎年エクス帝国に貢ぎ物を献上してエクス帝国のご機嫌を取る事です」
冷酷過ぎる言葉だった。
そしてベルク宰相は印象操作のために行動を促す。
「ナルド国王、あなたは既にその玉座は似合わない。危ないからすぐに玉座から離れなさい」
慌てて玉座から離れるナルド国王。
ベルク宰相はスミレに目を向ける。心得たとばかりに、その場で【雪花】を振るスミレ。
10m以上離れているのに伸びる魔力の刃。
玉座は真っ二つになって転がった。
りんりんりんと鳴っている【雪花】。
「これで分かったでしょう。全面戦争をすればエクス帝国が圧勝するんですよ。ロード王国が馬鹿な選択をしない事を私は望みます。猶予は3日間とします。8月19日までに返答をお願いいたします。全面戦争を選んだ場合には、その日が命日になると思ってくださいね。手始めにこの王都を潰しますから。話し合いの参考になると思いますのでエクス帝国の文官4名を置いておきます。当たり前ですが身柄の安全をお願いしますよ」
鎮まりかえる謁見の間。
忘れてたとばかりにベルク宰相は言葉を付け足す。
「そうそう、ウチの副団長のジョージ・グラコートはエル・サライドールの兄のようでね。そちらの返答を待っている間にエル・サライドールとその母親、サライドール家の当主と面会を希望する。できれば明日が良いかな。我々が泊まっている宿は知ってるな。今日の夕方までに面会の場所と時間を設定して連絡をしてくれたまえ」
優雅に一礼するベルク宰相。
正に独壇場。
そして俺に目を向ける。俺は1つ頷き、魔法の詠唱を始める。
【静謐なる氷、悠久の身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】
20本ほどの氷の矢が真っ二つになった玉座を撃ち抜く。そのまま床の大理石まで穿つ。
ガラガラガラと音がする。底が抜けたようだ。
「このジョージが本気を出せば1,000本以上の氷の矢を精密なコントロールのもと放つ事ができます。できれば全面戦争を避ける決断を期待します。それでは」
エクス帝国外交団は連れてきた文官4名を残して謁見の間を後にした。
続きを読みたい方、面白かった方は下の星評価とブックマークをお願いいたします。星をいただけると励みになります。