最高の結婚式
7月30日【無の日】
今日は一生忘れられない日になるはずだ。
温かい家庭を作る第一歩。
目を閉じると初めてスミレを見た光景を思い出せる。
エクス帝国高等学校魔導科に入学して数日経った晴れの日だ。
騎士科の校舎から出てきた数名の女性の集団。
その中心にスミレはいた。
春の陽光に輝く銀髪。
透き通ったような白い肌が印象的だった。
たぶん俺は見惚れていたのだろう。
近づいてくるスミレがいる集団から奇異な目で見られて我に帰った。
あの女性は誰なんだと思ったが、すぐに判明した。
スミレは騎士科の有名人だった。
文武両道の才媛。
ノースコート侯爵家の長女。
平民の俺にとっては高嶺の花とすぐに理解した。
ただ近くで見ているだけで満足しよう。
そう思うのは仕方の無い事だった。
ある日、校内の渡り廊下でスミレが友人と話していた。
チャンスだ。
俺は魔力ソナーを広げていく。
まだこの頃の俺の魔力ソナーの有効範囲は150mくらいだった。
俺の魔力ソナーの有効範囲にスミレが入り驚愕した。
なんて静謐で清らかな魔力だ。
俺は全身を震わせて果ててしまった。
その後、トイレでパンツを洗ったのは青春の良い思い出だ。
それからはひたすらに魔力ソナーの有効範囲を伸ばしていった。
スミレとは騎士科と魔導科で校舎が違う。
しかし魔力ソナーの有効範囲ギリギリでスミレを感じる事ができた。
授業中にスミレの魔力を感じるのが心地良くて劣等生への道を一直線に進んだな。
エクス帝国騎士団に入団したスミレの近くにいたくて、ダメ元で魔導団に論文を提出した。
論文の題名は【魔力ソナーの可能性について】。
それが高評価を受けてスミレに遅れる事1年、エクス帝国魔導団に入団できたのは僥倖だ。
しかし所詮は高等学校の劣等生の俺に魔導団はレベルが高かった。
第三隊に配属されて当たり前だったかな。
今年の4月に東の新ダンジョンの調査を命じられていなかったら、未だにスミレを遠くから眺めていただろうな。
結婚式の当日だから感傷的になっているのかな?
俺は大事な思い出を胸に、スミレにプレゼントしてもらった式典用のスーツを着て神殿に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
神殿前には既に参列者が大勢来ていた。
オーガ討伐に連れて行った騎士団と魔導団の人。
サイファ魔導団団長とゾロン騎士団団長。
スミレの学生時代の友達(注:俺のじゃない)。
俺と懇意になりたい貴族。
グラコート伯爵家の屋敷の皆。
ノースコート侯爵家の人も来ている。
ギランさん、ソフィアさん、ドーラン。
あ、フレイヤも出席しているや。
極め付けは次の3人だ。
ザラス皇帝陛下とカイト皇太子親子にベルク宰相。
こんなに大勢の前でスミレと結婚できると考えると感慨深い。
神殿の扉が開き参列者が中に入っていく。
スミレは神殿前の控室で待機している。
俺は控室の扉を開き絶句する。
いつもは薄化粧しかしないスミレがしっかりと化粧をしている。
それだけでグッと大人の雰囲気を出している。
あつらえたドレスはAラインといわれるシルエットで純白だ。
肩が全て出ているタイプ。
胸元と背中は上品さが崩れないような露出でありながらスタイリッシュだ。
顔を隠すように薄いベールを被っている。
「天使だ……」
俺は無意識に呟いてしまった。
俺の言葉に顔を軽く赤く染めるスミレ。
俺はスミレと数秒見つめ合い腕を出した。
それに掴まるスミレ。
これから新郎が神官の前まで新婦をエスコートする事になる。
スミレと神殿の中に入ると厳かな雰囲気に空気が張り詰めていた。
正面には祭壇と神官が、両脇には参列者が並んでいる。
その中央をスミレと歩いていく。
カツンカツンと床を歩く音が響く。
否応無く緊張感が増してくる。
ヤバい舞い上がって何をして良いかわからなくなる。
このままだと、ぎこちない動きになってしまう。
その時天啓が俺に舞い降りた。
素早く魔力ソナーの意識をスミレに集中させる。
心が安らかになる。
何にも怖くなくなった。
それにしても危なかったなぁ。
落ち着いた俺は優雅にスミレを神官前にエスコートできた。
神官の前に並ぶ俺とスミレ。
神官が大きな声で宣言する。
「これよりジョージ・グラコートとスミレ・ノースコートの婚姻の儀式を行う!」
静寂に包まれる神殿。
神官は少し時間を取ってから声を出す。
「それでは新郎ジョージ・グラコート、誓いの言葉を!」
俺は目を閉じて気持ちを高める。
スミレの翠色の瞳を見つめる。
そして噛み締めるように大切に言葉を発した。
「私、ジョージ・グラコートはスミレ・ノースコートを生涯愛します。どんな困難な事が訪れようともスミレ・ノースコートを守り抜きます。これから一緒に温かい家庭を作り上げていきます。私の全身全霊を持ってスミレ・ノースコートを幸せにする事をここに誓います!」
俺の誓いの言葉にベール越しで眼を潤ませるスミレが見える。
「続いて新婦スミレ・ノースコート、誓いの言葉を!」
スミレも俺の眼をしっかりと見つめたまま綺麗な唇を開いた。
「わたくし、スミレ・ノースコートはジョージ・グラコートを生涯愛していきます。あなたの夢は温かい家庭を作り上げる事。それは既に私の夢でもあります。これより私はスミレ・グラコートとなりジョージ・グラコートと共に生きる事を誓います!」
スミレの誓いの言葉は素朴であったが胸に刺さった。
心がジーンとする。感動に浸っていると神官の声が響いた。
「それでは誓いの指輪を!」
事前に神殿の神官に預けていた結婚指輪を神官が出してきた。
俺はスミレ用の指輪を手に取りスミレの左手の薬指に嵌める。
その後、スミレも俺の左手の薬指に結婚指輪を嵌めてくれた。
神官が声を張り上げる。
「今ここに、若い二人が慈愛の神エウル神の前で誓いの言葉を語り、契約である指輪の交換を致しました。帝国大神殿はこの二人の結婚を認めます! それでは慈愛の口づけを」
俺はスミレのベールを上げて眼を見つめる。潤んだような翠色の瞳。
俺は幸せ過ぎて死んじゃうんじゃないか?
スミレが眼を閉じた。
俺は吸い寄せられるように魅惑的な唇に俺の唇を重ねた。
神殿には歓声と拍手が鳴り響いた。
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