ベルク宰相の政争講義
7月28日【黒の日】
今日は朝からスミレと話し合う事にした。
修練部の部屋でゆったりしている。
ドラゴン討伐? なにそれ? 美味しいの?
スミレが入れてくれたお茶を飲みながら会話を始める。
「スミレはベルク宰相に話す事には反対しないの? フレイヤがどうなるか分からなくなるよ」
「やっぱり私は魔導団に在籍しても騎士なの。公明正大で生きていきたい。隠し事は嫌かな。それにフレイヤは私の殺害を仄めかしたんでしょ。さすがに姉妹でもそれは考えてしまうわ」
「スミレに抵抗感が無いなら早速ベルク宰相に面会の約束をとろうか。こういう時に部下がいるとエクス城まで行ってきてもらうのにな」
「別にジョージと私でエクス城に行きましょう。息抜きになるわよ」
スミレの言葉に従ってエクス城まで馬に乗って行く事にした。魔導団にも軍用馬があるのだよ。
エクス城の城門横にある事務所でベルク宰相との面会要請をお願いする。ベルク宰相はすぐに時間を作ってくれた。
待ち時間は30分ほどだ。
エクス城の会議室の一室でベルク宰相との面会が始まった。
相変わらずベルク宰相は切れ者を思わせる目をしている。
「今日はどうしたんだ? 結婚式は明後日だろ? こんなところに来ている時間があるのか?」
ベルク宰相の軽い会話に緊張感がゆるんでくる。
俺はフレイヤとの会話の中身や、その後のノースコート侯爵家での出来事を丁寧に説明した。
「なるほど。まず私がしないといけない事はジョージさんにお礼を言う事だな。私を殺さないでいてくれてありがとう」
「そんな事でお礼を言われても困ってしまいます。当たり前の事ですから」
「いや、今は当たり前の事ではないな。ロード王国と拗れているから。私が死ねばロード王国との戦争が本当に起きそうだ。これでも侵略戦争推進派からの暗殺の備えはしているんだよ」
外のロード王国だけじゃなく、内のエクス帝国からも備えなければならないのか……。宰相になると大変だ。
「フレイヤの処遇についてはベルク宰相にお任せ致します。どうぞよろしくお願いします」
人としての厚みを感じさせる笑みを浮かべるベルク宰相。
「それはありがたい申し出ですね。存分に活用させていただきます。ジョージさんは伯爵になって日が浅いですね。こんな美味しい教材が出来ましたので是非政争について勉強をして欲しいです」
政争? 何かやだなぁ。ドロドロしてそうじゃん。俺は困ったら魔法で力押ししたい性格なんだと思う。政争なんて向いてないよね。
俺の嫌そうな顔にベルク宰相が苦笑を漏らす。
「ジョージさん、貴方は既に誰も無視ができない力を持っています。圧倒的な力です。エクス帝国で政策の決定をする場合に必ず貴方の考えが反映されるのです。それだけの影響力を持っている事を自覚しないと駄目ですよ」
諭されてしまった。でもこれはベルク宰相が正しいな。苦手とか言ってられないかもしれない。折角、ベルク宰相が教えてくれるって言うのだから勉強してみるか。
「それではフレイヤについてはどうするのですか?」
「先に結論を言うとほとんど何もしません」
「ベルク宰相の暗殺を画策したのにお咎めなしですか?」
「ジョージさんには、まず貴族間の人間関係や力関係を学ぶ必要がありますね。ノースコート侯爵家は確かに侵略戦争推進派ですが、エクス帝国の西の領袖でもあります。ノースコート侯爵家の力が落ちるとロード王国との国境沿いの領主の抑えが効かなくなるんです。そのためノースコート侯爵家には最低限の力を持っていてもらう必要があるんですよ。力をつけ過ぎるとマズいですけどね」
なるほど。ノースコート侯爵家は侵略戦争推進派のまとめ役って事だな。
ベルク宰相は講義のように説明してくれる。
「まず私から見たノースコート侯爵家の評価を教えます。扱いやすい侵略戦争推進派の領袖です。実はとても助かっているんですよ。侵略戦争推進派の西の貴族を抑えるのに適しています。また、後継ぎのドーラン・ノースコートは穏やかな侵略戦争推進派です。代が変われば、より扱いやすくなりますね」
「でも盗賊に武器を流して治安の悪化を狙って、戦争を画策してましたよね?」
「あのくらいはガス抜きにちょうど良い感じです。最悪、ドットバン伯爵の領軍はロード王国内に侵攻しましたが、その後に帝国軍は出すつもりはありませんでしたから。私が今回の事でフレイヤを処罰すれば、ノースコート侯爵家の寄子の貴族は怒るでしょう。それをノースコート侯爵家は抑える事はできると思いますが、寄子の不満が高まってしまいます。ノースコート侯爵家は腰抜けだって言われますよ。それを防ぐためにはノースコート侯爵家は今より我々に強硬な態度を取らざるを得なくなります。よりエクス帝国内が緊迫してしまいます」
ガス抜きって……。やはり政争は怖いわ。
「ノースコート侯爵家が侵略戦争推進派を纏めてくれていると制御が楽なのです。だから現状維持が一番良いのでフレイヤの処罰はしない事になります。ただし、内密にノースコート侯爵家当主のギランとは会いますよ。貸し一つって感じですね。フレイヤはご両親にとても愛されているようですから。ギランはあなた方の結婚式が終わると領地に帰ってしまいますね。こういうのは早い方が効果的です。早速、今日エクス城にギランを召喚する事にします。呼ばれたギランは生きた心地がしないでしょうね。フフフフフ……」
ベルク宰相の話に大人の世界は怖いなぁっと思いながらエクス城をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜、俺の屋敷にギランさんがやってきた。
応接室に入るといきなりギランさんが俺の両手を感動的に握りしめてきた。
「ありがとう、ジョージさん! 貴方のおかげでフレイヤの処罰は当面凍結される事になったよ!」
何がなんじゃらホイ? 俺のおかげ?
「いやー! スミレは強いだけじゃなく、これだけ度量の大きい男性と結婚できるなんて幸せだな! これからも是非よろしく頼むぞ!」
度量が大きい男性? 俺が!?
「ジョージさんがフレイヤに寛大な処罰にする様に進言してくれて本当に嬉しい。またノースコート侯爵家の働きを存分に主張してくれたそうだな。そんな事までしてくれるなんて感動したよ」
なんか凄い感動している……。まさかベルク宰相に全て丸投げしたとは言えない……。
この後、ギランさんは俺に感謝の言葉をこれでもかと浴びせて帰っていった。
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