サラとの約束と寝不足のスミレ
7月26日【緑の日】
今朝はメイド見習いのサラに起こされた。
たまに寝坊してしまうな。いつもは自分で起きて魔力循環と魔力ソナーの併用の訓練をするのだが……。
ベッドメイキングをしながらサラが話しかけてくる。
「やっぱりジョージ様って凄い魔術師なんですね。昨日の応接室の有り様は驚きましたよ」
「それは迷惑をかけたね。今度からは気を付けるよ」
「いや、あの程度の手間は何でもありません。それより家柄が釣り合う将来性が抜群の魔導団の人を紹介してくれませんか?」
お、直球だね。そういう直球は嫌いじゃない。
「サラの実家は男爵家だよね。魔導団だったら最低でも魔導爵だから釣り合うかな? 元平民でも大丈夫?」
「私の実家はもう貧乏男爵家ですから、半分平民みたいなもんですよ。私は次女ですから家督にも関係ないから元平民でも問題ないです。あまり家格が高いと困りますけど……」
「騎士団はダメなの?」
「何かマッチョは苦手なんです。あ、細マッチョは別腹ですよ」
「了解した。落ち着いたら数名紹介するよ」
「約束ですからね。忘れないでくださいね。自分で言うのもなんですけど、女の恨みは怖いですからね」
サラはベッドメイキングを終えて部屋を出て行った。
俺は日課の魔力循環と魔力ソナーの併用を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の8時。いつもどおり修練のダンジョンの入り口でスミレが待っていた。
少し寝不足かな?
「おはよう、スミレ! 少し寝不足じゃない?」
「おはよう、ジョージ。昨晩はご迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
「いや、スミレは悪くないさ。それより今日のドラゴン討伐は止めておこうか? ドラゴンは寝不足で相対する相手ではないからね」
「やっぱりそうよね。ジョージに迷惑をかけたくないけど、無理して怪我したら馬鹿みたいだし。残念だけど、午前中は修練部の部屋でデスクワークするわ」
「よし! そうしよう! デスクワークという昼寝だね」
俺とスミレは笑いながら魔導団本部に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
修練部の部屋で本当にデスクワークをしようとするスミレを強制的に仮眠させた。
最近は真面目だけど、俺はもともとサボるのは得意だ。自慢じゃ無いが、魔導団第三隊のお荷物と言われてもいたからな。騎士団第一隊だったエリートのスミレとは違うのだよ。
3時間ほどの仮眠でスミレは頭がスッキリしたようだ。
「ごめんなさいね。ドラゴン討伐に行けなくて」
「たまには良いさ。そもそも、毎日ドラゴンを倒してこいなんてイカれている命令なんだから。昨日は帰ってからどうだったの?」
「朝まで大変だったわよ。詳細は省くわ。どうせ今晩、お父様から話があると思うから」
「そうだね。でもどうする気かな? なかなか詰んでいる状況だと思うんだけど……」
「そうね。ノースコート侯爵家としてはジョージと敵対したくないから、何とかフレイヤを抑える方法を考えるしかないんだけど……。やっぱり修道院かしら。それは少し可哀想な感じがするわ」
若い身空で修道院は可哀想だな。
「う〜ん。こちらから妥協案を提示した方が良いかな。誰か監視役でも付けてもらおうか。フレイヤを甘やかさない厳しい人ならありかもね。それかノースコートの領地に引っ込んでもらうか。帝都にいなければ、そうそう変な事を画策しにくいからね」
「卒業までは監視役を付けて、卒業したら領地に戻るなら父親も母親も納得しそうね。フレイヤ本人は嫌がるでしょうけど……。領地は帝都より若い子には楽しめないでしょうね」
田舎でゆるりと過ごすのが勝ち組と分かってないのか。
「それなら侵略戦争反対派の元に嫁入りかな? 相手はノースコート侯爵家の派閥ではなくなりそうだけど」
「でもジョージからそれだけいろいろと提案されたら、どれかは飲むと思うわ。本当にありがとう」
そう言ったスミレの顔は少し疲れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
仕事を終え、帰宅してすぐに夕食に食べた。汚れた身体を拭き、身支度を整える。そのまま歩いてノースコート侯爵家の屋敷に向かう。
ノースコート侯爵家の屋敷はやっぱりデカいなぁ。門構えに威圧感を感じる。
呼び鈴を鳴らすとすぐに人が出てきて応接室に案内される。
数分待つとギランさん、ソフィアさん、ドーラン、スミレ、フレイヤが入ってきた。
今日はドーランも同席か。ノースコート侯爵家の跡取りだから当たり前か。
「わざわざ来てもらって申し訳ない。フレイヤからはしっかりと経緯を聞いた。完全にこちらに非があった。ジョージさんには不快な思いをさせて申し訳なかった」
開口一番、ギランさんが俺に頭を下げる。年配の男性に低姿勢で謝られると居た堪れないな。
「謝罪は既に昨日受け取っております。これ以上の謝罪は必要ないですよ。それより今後の事を話し合いましょう。それにフレイヤは昨晩言ったことを認めたんですか?」
「フレイヤは昨晩言った事は全て認めている。謝罪については、そう言ってもらえるとありがたい。それでは今後についてだが……」
言い淀むギランさん。
そこに口を挟むドーラン。
「父上も母上も私もですがフレイヤを甘やかし過ぎた事が原因でしょう。ここはフレイヤを修道院に入れるべきかと」
修道院に入るって一生独身だよね。それは可哀想過ぎる気もするなぁ。
その時、フレイヤがドーランを睨んで叫んだ。
「そんなの嫌よ! 私の何が悪いって言うの! ロード王国を攻めないと鉱山は先細りだわ! 戦争を仕掛けるためにはできる事は何でもするべきでしょ!」
ドーランはフレイヤを無視してギランさんに語りかける。
「父上、フレイヤは危険思想の持ち主です。戦争を仕掛けるために画策するのは良いでしょう。しかし越えてはならないラインがあります。今回で言えばベルク宰相の殺害依頼とスミレへの殺人を仄めかした事です。帝国民は考え方が違っていても味方です。味方を排除しようとすると内戦に発展する可能性があります。このままでは私は安心してノースコート侯爵家を継ぐ事ができません」
ドーランを見て、馬鹿にしたような顔をするフレイヤ。
「お兄様がそんな腑抜けならノースコート侯爵家はお兄様の時代で没落するわね」
フレイヤって毒舌だねぇ。まぁ他人の家の事は口を出せないよね。こういう時は静観が吉。
フレイヤはまだいろいろ言っている。
良く口が止まらないな。さすがに無駄な時間なような気がする。しょうがないから俺が話を進めるか。
「まだノースコート侯爵家で意見の集約が終わっていないようですね。また後日にいたしましょうか?」
フレイヤが俺にも噛み付いてきた。
「だいたいあなたが文句を言うからこうなるんでしょ。これだから平民出は嫌なのよ」
あぁ! 面倒い女だ。
「ギランさん。今のフレイヤさんの言葉を解釈するとノースコート侯爵家はグラコート伯爵家と敵対すると考えて良いんですね」
ギランさんが驚愕の声を上げる。
「まさか、そんな事はしない!」
「昨晩、私はノースコート侯爵家とフレイヤさんからの報復、又は口封じが怖いと言ったはずです。今後、ノースコート侯爵家がフレイヤさんを抑えつけることは無理と判断します」
「まて早まらないでくれ」
「ですから後日にしませんかと私は提案したんです。それをフレイヤさんが噛みついてきたのではないですか? 誰のせいでこんな会合を持つに至ったのか、理解していればあんな言葉は吐きません。フレイヤさんが反省もしてないのが良く分かります。それなら単純に敵対したほうが楽ですよ」
慌ててギランさんが頭を下げる。
「明日、もう一度会ってくれないか? それまでにしっかりとノースコート侯爵家として誠意を示す」
「そこまで言われれば、明日また来ます。一応、こちらが受け入れても良いラインの提案をスミレに話してあります。参考にしてください」
まだまだノースコート侯爵家の中は荒れそうだ。早く退散しよう。
俺は頭を下げて逃げるようにノースコート侯爵家の屋敷をあとにした。
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