慣例は所詮慣例
午後からマルスが12人のエルフを連れてグラコート邸にやってきた。
「この度は我々エンヴァディアの民の忠誠の証としてこちらの【眠れる森】の隊員12名をジョージ様に献上させていただきます」
マルスの後ろに12人のエルフが並んで立っている。そのうちの1人が一歩前に出る。
「【眠れる森】の隊長であるアザミです。よろしくお願い致します」
スラっとしたスタイルのエルフだ。切れ長な目が少し怖い印象を受けるが、間違いなく美女と呼べるだろう。
「ジョージ・グラコートです。アザミさんって良い名前だね。花の名前なんて俺の奥さんのスミレと一緒だ」
「あ、すいません。我々【眠れる森】は仕事の性質上、暗号名、所謂コードネームを使うのです。私は「あ」から始まる花の名前を使っています。その他の隊員は順番に「い」から「し」まで使用しております。そして仕事の性質上本名は既に捨ててしまいました」
「そうなんだ。12名だから「あ」から「し」なんだね。それならスミレは13番目の【眠れる森】の隊員だったかもね」
俺の軽口に頬を緩めるアザミさん。笑顔が可愛い人だな。
「さすがジョージ様ですね。私達も気が付きませんでしたが、確かにスミレ様は【眠れる森】の隊員かもしれませんね。裏の戦いはそんな事ばかりですから」
たかが数回の言葉のやり取りだったが、アザミさんとの相性の良さを感じる。
これなら気を使わなくて良さそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エンヴァディアの民の住む場所は修練のダンジョンの周囲になっている。俺とエヴィーに付き従って移住をする為、なるべく近くに住みたいようだ。
修練のダンジョンの周囲には土地が余っているからな。確かに300人を超えるエルフを受け入れる場所は限られている。
エンヴァディアの民の移住を認めてからエクス帝国政府が急ピッチで家屋の建築をしていていた。
そして既に移住が始まっており、修練のダンジョンの周囲はエルフの里に来たような感じになっていた。
親衛隊の隊員も顔見知りがいるようで、再開を喜んでいる。
今週は親衛隊の隊員は全員休みにし、旧交を温めるように促した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6月2日【緑の日】
早速、エクス帝国皇室よりお呼びがかかった。
アリス陛下の召喚命令だ。
ダンからは好きにやって良いと言われている。本当に好きにやってしまいそうな自分が少し怖い。
謁見の間でアリス陛下は玉座に座り、横にはバラフィー・エバンビークが立っていた。
「ジョージ侯爵。この度の勅令を拒絶した事に対しアリス陛下は悲しんでおられる。何か申し開きはあるか」
バラフィーさんが重々しく言葉を発した。
申し開きがある場合は直接陛下に言わずに事前に書面にて政府に提出するのが慣例だ。そして今回、グラコート侯爵家として書面で特に申し開きをしていない。
慣例としてはここは何も言い訳をせずに陛下のご容赦を願うだけなんだよね。
自分の不敬に対して陛下に慈悲を求める儀式。
しかし俺にはダンのお墨付きをもらっている。
それでは、アリス陛下がどの程度状況を把握しているのかの答え合わせを始めるとしようか。
「何故アリス陛下が悲しまれるのか理解できませんね。エクス帝国皇室の権威に傷が付くのを未然に防いだのですからお喜びになられるはずです」
「何をわけのわからない事を! アリス陛下が、」
大きな声をあげるバラフィーさんをアリス陛下が止める。
「どういう事でしょうか? 何故、エンヴァラを神の巫女にする為に皇室に献上してもらう事が皇室の権威に傷が付くのでしょうか? それをエンヴァラも望んでいるのですよね?」
「アリス陛下、もっと自分の目で見て、自分の耳で聞いて物事を判断してください。エクス帝国の良心であったベルク宰相をエクス帝国は切り捨てたんですよ。今までと同じようには絶対にいきません」
眉根に少し皺を寄せるアリス陛下。
「それは私に対する批判でしょうか?」
「批判かどうかを判断するのもアリス陛下です。批判と判断しても良いですし、助言と判断してもよいです」
「私が未熟で間違っているという事ですか?」
「さぁどうでしょうか? 現時点でそれが正しいか間違っているのか? それを決めるのは皇帝陛下であるアリス陛下です。その後は後世の歴史家が決めるのかもしれませんね。正しいのか間違っているのかなんて所詮主観です」
「そんな概念的な話をしているわけじゃありません」
「概念的では無いです。バラフィー様にはバラフィー様の正しさがあり、私には私の正しさがあります」
「何が言いたいのですか?」
「ですからバラフィー様からの情報だけで、物事を判断しないように言っているんです。そこにはバラフィー様のフィルターがかかってしまい情報が歪みます」
「失礼であろう! 私がアリス陛下に入る情報を歪めていると言うのか!」
バラフィーさんが大きな声で口を挟んだ。でも無理矢理声を張り上げた感じは否めない。
「失礼ですが、バラフィー様は黙っていてください。貴方はまだ王配ではありません。それに貴方も情報を歪めている自覚がおありでしょう。いや歪めてませんか。虚偽の情報を意図的に伝えていますからね」
俺の言葉にアリス陛下がバラフィーに顔を向ける。
「バラフィー様、それは本当の事ですか?」
「いや、それは……」
「私は本当の事かどうかを聞いているのです」
アリス陛下の声が一段低くなった。
その声を受けてバラフィーさんが項垂れる。
「本当です……。しかしこれはアリス陛下の為に、」
「言い訳は聞きたくありません。貴方には失望致しました。例え私の為だとしても皇帝である私に虚偽の情報を意図して伝える事は断じてあってはなりません。今より謹慎を命じます。追って沙汰を伝えます」
バラフィーさんはキッと俺を睨み、謁見の間から退出していく。
慣例に従っていれば、俺は謝罪するだけだもんな。それならアリス陛下をうまく丸め込めるとバラフィーさんは踏んだんだろうな。
玉座で項垂れたアリス陛下は俺に謝罪の言葉を発してから泣き崩れてしまった。
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泣き崩れるアリス陛下を何とか宥めようとしたが無理だった。
散々玉座で泣いたアリス陛下は虚ろな目をして私室に引き込んでしまう。
こんな状態でエクス帝国はどうなるの?
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