役不足
こんなに本来の意味での役不足という言葉が当て嵌まる事はそうそう無いだろう。
エクス帝国の宰相を長く務めていた人物であり、エバンビーク公爵家当主の実弟で、由緒正しいグランデル伯爵。
そんな人物が我が侯爵家の家宰になった。
これを役不足と言わずに何と呼ぶ。
こちらの困惑と申し訳なさを全く気にせず、ベルク宰相はグラコート侯爵家の帳簿を物凄い速さで確認していく。
ベルク宰相からはもう宰相ではなく、俺の家臣になったのだから呼び捨てで呼ぶように頼まれた。
しかしそれはできないと断った結果、さん付けで呼ぶ事が一旦決まった。
しかし既に呼び慣れた宰相呼び。気を抜くとすぐに宰相と呼んでしまう。
呆れたダンが、【相】には補佐するって意味があるから、家宰でありながら当主を補佐するって意味で宰相で良いでしょうとこじ付けてくれた。
苦笑いを浮かべるベルク宰相だったが、その提案を受け入れてくれた。
ただ、外では絶対に宰相と呼ばないようにと厳命されたけど。
帳簿の確認を終えたベルク宰相が俺に質問を開始する。
ダンはエヴィーの家庭教師でいなかったからだ。
ダンからはベルク宰相には何も隠さなくて良いと許可をもらっていた。
それでもエルバト共和国とのドラゴン魔石の販売契約について説明するのは気が重かった。
「なるほど今年度の予算に計上されている多額の輸送費はエルバト共和国への8,000個のドラゴンの魔石の輸送費でしたか。それなら納得です」
俺からの説明を聞いても、ベルク宰相の柔和な表情は変わらない。
怒らないのか? どう考えてもエクス帝国には受け入れられない事をしようとしているのに。
「あの、怒らないのでしょうか?」
「怒りませんよ。政府としてグラコート侯爵家とエルバト共和国との関係については関与しないと言ったはずです。8,000個の数字には驚きましたけど。それに敬語になっていますよ」
「いや、やっぱり無理ですよ。ベルク宰相にはやはり敬語です」
「まぁおいおい変わっていけば良いですかね。部下に敬語を使うのは上下の規律が乱れる原因になり得ますから」
「鋭意努力します」
「それも駄目ですよ」
こりゃ難しいや。
「わかった。鋭意努力する」
言い直した言葉の後にベルク宰相の笑い声が部屋に響く。
そのベルク宰相を見て俺も笑い声を上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでエルバト共和国のジェシカ大臣の侮りに対して、ダンが8月頭にエルバト共和国にドラゴンの魔石を4,000個納品すると約束したのですか。でもさすがに妙ですね」
「妙?」
「ダンは確かに攻撃的な性格ではありますが、不利益を被る場合は私情を抑える事ができます。グラコート侯爵家が侮られた事に怒ったのは本当でしょうが、8月頭に今年度のエルバト共和国との取り引きを終えたいと考えたのでしょう」
「そうなの?」
「契約しだいですが、国との取り引きですと年度末の3月末に支払いがされるのが多いですね。国もなるべく支払いを遅らせたいですから。ですから来年の3月末より早く今年度の取り引きを終えたい理由がありますね。まぁある程度予測はつきますが」
「予測?」
「今年の10月から来年の3月末の間にエルバト共和国に関係する何かが起こる可能性が高いとダンは踏んでいるんですよ。あとはそれが何かを考えれば良いのです」
「難しいですよ」
「そうでもないですよ。エルバト共和国が3月末に1,000億バルト相当の金が払えなくなるケースを考えれば良いのです。まずは反政府組織によるエルバト共和国政府の転覆。あとはエクス帝国との戦争勃発での国境封鎖などです」
グーデター!? 戦争!?
「そんな事が起こるの!?」
「私の情報では可能性はゼロではありませんが、どちらも可能性は著しく低いですね。わざわざ取り引きを早める必要は無いです。可能性が高いのが、この取り引きの横槍です。まずはエクス帝国政府の意向が変わる可能性はあります。しかしそれはどうでしょうか? 権力争いの最中にジョージ様に喧嘩を売るのは得策じゃないですね。ジョージ様に不興を買ったらそこで終わりです。これでは完全に藪蛇になります。エクス帝国の権力争いではジョージ様に触れないのが得策です」
俺は藪の中にいる蛇扱いかよ。
「もう一つがエルバト共和国政府の意向が変わる場合です。今回の契約ではエルバト共和国外交使節団代表のラバル・スウィットの裁量を遥かに超える契約をジェシカ・バース大臣の一任で結んでおります。ジェシカ大臣にも政敵がおられるでしょうから、その政敵とエルバト共和国の大商会の会長が手を組めば議会は紛糾するでしょうね」
「大商会の会長? 何で大商会の会長がこの取り引きに横槍を入れるの? 意味がわかりません」
「エルバト共和国の大商会の一つがエクス帝国のバラス公爵家が出資しているんです」
「あぁ、そういう理由が……」
本当にバラス公爵家はエクス大陸に根を広げているんだな……。
「それでも議会が紛糾したとしても、契約が御破算にはなりませんね。エネルギー不足のエルバト共和国にとって、ジェシカ大臣の判断は英断でしょうから。間違いなく予算は通ります。ただの嫌がらせに過ぎません」
「それならダンが取り引きを急ぐ理由が無いですよ」
「もう一つ、可能性があります。エルバト共和国がグラコート侯爵家に1,000億バルト相当の金を払えなくすれば良いのです。ダンが取り引きを急ぐ理由はそれしかありません」
「払えなくするって?」
「簡単ですよ。奪えば良いのです」
「全然簡単じゃないですよ。どうやって? エルバト共和国の軍事力はこの大陸随一ですよ。例えエクス帝国軍でも無理です」
「エルバト共和国が大陸随一の軍事力なら世界随一の軍事力を使えば良いじゃないですか」
「それって……」
「そうです。この世界最大の軍事力を持つアーサー帝国にエルバト共和国を占領させれは良いのです」
これを青天の霹靂といわずに何と呼ぶ……。
続きを読みたい方、面白かった方は下の星評価とブックマークをお願いいたします。星をいただけると励みになります。





