ダンの誓い
元々グラコート家は今より100年ほど前の皇帝陛下に忠誠を誓っていた家で一代で伯爵家までなり、忠誠を誓った皇帝陛下が崩御した時に爵位を返上した家である。
実は俺は二代目グラコート家当主である。
「なぁ本当に良いのか?」
「もちろんです。これ以上に嬉しい姓があるわけがないです」
ダンの決意は俺のロックウォールより固いようだ。
「わかったよ。でも後悔はするなよ」
頷くダンを見て俺は儀式を開始する。
何度も練習したお決まりの文言だ。一字一句間違え無いようにしないとな。
「崇高なるザラス・エクスより賜った栄光ある伯爵位。汝はこの爵位を決して穢すことなくエクス帝国皇室の繁栄に邁進する事を誓うか」
よし! 完璧だよ! 俺はできる子だからな。
「誓いません」
ん? 何て言った? 誓いませんって言ったよな……。
それじゃ儀式が進められないじゃん!
予想外過ぎる展開の対応力を俺に求められても困る!
「誓いませんが、私はこの伯爵位をジョージ・グラコート侯爵が歩む英雄の道筋を切り開くためだけに使う事を誓います」
ダンの視線は俺を試すように鋭く射抜く。
おかしいと思ったんだよ。
形骸化している爵位の譲渡しをわざわざ神殿で執り行なうのが。
ダンのたっての希望だからと受け入れたらこの有り様だ……。
俺は信仰している宗教は無いがエクス帝国民である限りエウル教の影響を多大に受けている。
この世に生を受ければ神殿で祝福してもらい、結婚すれば神殿で式を挙げる。子供が産まれれば神殿で祝福を授けてもらい、親が死ねば神殿で葬式を執り行なう。
俺もスミレとの結婚式はこの神殿で挙げた。
慈愛の神であるエウル神。
別に嫌いになる理由は無い。俺みたいな信仰心が皆無な人にも寛容なのがエウル教だ。本当に懐の広い神さまだよ。
信仰心が皆無と言えどもエウル神を祀っている神殿にて心情的に嘘は非常につきにくい……。
ダンの射抜くような視線は俺をとらえて離さない。
俺は先程の馬車でのダンとの会話を思い出す。
ダンは形骸化した儀式と言えど、エクス帝国皇室の繁栄に邁進するとは誓えないんだな。
それでもこの伯爵位はエクス帝国から陞爵された爵位なんだよな……。
その爵位を俺だけのために使うと誓わせるのは他人の褌で相撲を取るような居心地の悪さを感じる。
これは一度帰宅して仕切り直しだ。
俺が口を開こうとした時にダンの顔から表情が消える……。
その顔を見た俺の口からは自分でも信じられない言葉が発せられた。いや発せられてしまった。
「その誓い確かに受け取った。これからはダン・モンゴリ伯爵として思う存分力を奮ってくれ」
俺はダンに豪華な巾着袋を手渡す。
中には新しく作成したモンゴリ家の印章が入っている。
俺から巾着袋を受け取ったダンは満足そうな顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰りの馬車の中でダンが鼻唄を歌いながら巾着袋の中身を確認している。
「へぇー。とても立派な印章ですね。ジョージ様のお下がりですか?」
そんなわけがないだろ! へっぽこ魔導爵の印章なんて5,000バルトもしないわ! 新調したその印章は200万バルトだよ!
俺は心の中で突っ込んだ後に、大きくため息をついた。
なかなか気持ちが晴れない……。
「いつまで落ち込んでいるんですか。ジョージ様の座右の銘に【反省はするが後悔はしない】ってありましたよね」
「後悔してしまうから、それを座右の銘の一つにしているんだよ。言い聞かせるためにね。人なんてそんなもんだろ?」
俺の言葉に軽く肩を竦めるダン。
こんな芝居がかった仕草も様になっているか……。
ダンは舞台俳優が天職なんじゃないか?
「まぁ良いや。そうだね、【後悔しても始まらない】が俺の隠れた座右の銘だよ。自己暗示かけるわ。俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない……」
暗示にかかる前に直ぐに茶々を入れるダン。
「そうですね。確かにジョージ様は悪くありません。ただ心の奥底にある本音がちょっとだけ漏れ出ただけです。我慢できなかっただけですよ」
「我慢汁みたいに言わないでくれよ。もし誰かにあんな誓いを受け取ったと知られたら皇室に反意ありって糾弾されるだろ?」
「間違いないですね。でも証拠も何もないですから取り越し苦労ですよ」
「まぁ良いよ。ダンの誓いを受け取ったのは確かに俺の意思だよ。ダンの思いを蔑ろにしたくなかったんだと思う」
「思う?」
ダンは俺の言い回しに直ぐにつっ込む。
「しょうがないだろ。気が付いたらあんな事を口走っていたんだから。それよりダンは俺に何を求めているの? たまにわからなくなるよ」
「別に何も求めていませんよ。ありのまま、自然体のジョージ様でいてくれたら満足です。ただ英雄には否応なく面倒事が舞い込むでしょうけど」
「それって確定事項なの? 嫌過ぎるんだけど……」
「確定事項でしょうね。修練のダンジョンでのドラゴンの魔石は莫大なエネルギー源です。エネルギーの奪い合いが人類の歴史ですから。それに加え世界の脅威になるエヴィーがいます。エヴィーを放し飼いにできますか?」
できるわけがない、しかしできるならしたい。
「わかったよ。いやわかっている。ちょっとだけ疲れたのかな?」
「それは問題ですね。今日から親衛隊のエルフ達が交代制で専任侍女の業務に当たります。早速、お風呂上がりに身体をほぐすように伝えておきます」
「いや、間に合っているかな。それよりダンはなんでそんなに俺に専任侍女で性的な処理をさせたいのさ?」
「貴族の弱みを探るとよくわかるんですよ。弱みのほとんどが女性関係ですからね。ですからしっかりとジョージ様の下半身の管理はしないといけません」
「別に俺はスミレに操を立てると誓っているから専任侍女で性的な処理をしなくても良くない?」
「ダメですね。忘れているかもしれませんが、ジョージ様は以前私の前で『奥さんと他の女性は別腹』と口走っていますから。あれが本心ですよ」
あぁ、確かに言ったな……。ハイドンの夜の街に繰り出したくて口にした覚えがある。
今考えても確かにあれは心の叫びだったと思う……。
「だからもう心を入れ替えたんだよ。そんな事は思ってない」
「ジョージ様、人の本質は結局は変わらないんですよ。無駄な努力は益ではなく害をもたらします。残念ながら諦めてください。今なら誰にも責められません。スミレ様も容認どころか推奨してますから。専任侍女で性的な処理をする事が皆んなの幸せに繋がります」
俺の努力を害とまで言うか……。
「わかったよ……。もう本当に理解はしているんだ。ただ心がついて行ってない感じなのかな。もう少し待ってもらえる?」
「案ずるより産むが易しですよ。ジョージ様は自然体でいてください。私が英雄であるジョージ様の道筋を切り開きますから」
何故か身震いしてしまった時、馬車がグラコート邸に着いた。
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