ジョージの情報網
一気呵成に【心からの笑顔】を読み終えてしまった。
ダンがこの小説をスミレを通して俺に渡した意図を理解したよ。
小説の中のジョージ伯爵は確かに妻のスミレに誠実だった。
妻のスミレにとってジョージ伯爵は非の打ち所がない素晴らしい男性だろう。
しかし専任侍女のポーラには不誠実極まりなかったよ。
ジョージ伯爵とスミレは良い関係を結んでいた。しかしジョージ伯爵とポーラは悪い関係になってしまった。
現実の俺とポーラの関係は現在悪くない。しかし、専任侍女としてのポーラにも外部の人との関係はあるんだ。今後、他の貴族の専任侍女と交流を持つようになれば、今の状況だとポーラの立場が悪くなる可能性があるのだろう……。
こんな事は考えた事がなかったよ。
小説内で妻のスミレから向けられる心からの笑顔。そして最後にポーラから向けられる心からの笑顔。
その対比がこの小説を傑作に昇華させているわ。
俺は現在、伯爵家の当主だ。上級貴族の当主としての振る舞いが求められる。しかし俺は基本的にそのような事に興味がない。
俺は俺だと思っていた。
別に意固地になっているわけでない。ただ自然体でいたかった。
それで軋轢が生じるなら甘んじて受けようと軽く考えていた。
ベルク宰相はそんな俺の気持ちを理解していたんだろうな……。
なるべく軋轢が生じないように周囲への調整をしてくれていた。
しかしダンはそうじゃない。
俺に必要なところは変われと言っている。
ベルク宰相が子供を庇護するような父親とすれば、ダンは同じ目線で助言をする親友のような感じか。
どちらも俺にとって凄く優しい。ただ優しさの質が違うだけだ。そして今の俺に取って必要なのはダンの優しさなんだろうな。
ちょうどその時、スミレとポーラとオリビアの魔力が邸宅に帰ってきた。
夕食の後に3人で修練のダンジョンに行くと言っていた。ポーラの達っての希望だ。
オリビアと親衛隊のエルフ達と違って自分には戦闘経験がない。それでも俺に付き従いたい。せめて足手纏いにならないようになりたい。
そのような希望をオリビアに相談したところ、2人で白亜のダンジョンで鍛錬するつもりだった。その話を耳にしたスミレが、夜に少しだけ修練のダンジョンに連れて行くと提案した。
努力を続けているポーラに、小説の中で努力をしていたポーラが重なる。
俺は大きな溜め息ついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさかこんなに近くに文豪がいるとは思わなかったよ」
俺はダンの執務室のソファでアルコールの入ったグラスを傾ける。
「そんな大層なものではありませんよ。ちょっとした手慰みで書いたものです」
俺の軽口に同じくアルコールを口に運ぶダン。
「あの小説はいつから執筆していたの? 昨日、今日の事じゃないよね? おまけにしっかりと製本されているし……」
「あれはポーラがジョージ様の専任侍女になった日から書き始めました。偶にはこのような興が乗った提言も良いかと思いまして。面と向かって意見を言ってばかりではジョージ様との間がギスギスしてきますから」
「そんな前から今の状況を予想していたの? マジでダンは未来をも見通す千里眼やな」
「それもそんな大層なものじゃないですよ。ジョージ様のスミレ様への深い愛情を理解していれば、自ずとそうなりますから」
「必要以上の謙遜は嫌味になるよ。でもその嫌味もダンの魅力かもね」
「……、そんな事を言われたのは初めてです。自分に取って当たり前の事を言っているだけなのに、いつも謙遜に取られてしまうのはしょうがないと諦めておりました。そしてそれが嫌味に取られるのは自分の拭えない欠点だと思っていましたが……」
「へぇ……。ダンほどになると自覚している欠点でさえ自慢話になるのが凄いね。なんか無いの? ダンの欠点? 実は早漏で短小の包茎とか?」
ぷっと吹き出すダン。
「じゃそれで良いですよ。私は早漏で短小で包茎です」
「そんなわけないじゃん! 悪いけど俺の情報網を舐めてもらったら困るよ。きちんとその辺は調査済みだからさ」
「どんな調査をしているんですか!? そしてどんな情報網にそんな情報があるんです!?」
「だから舐めちゃダメだよ。グラコート伯爵家でダンを雇う時に調査したんだからさ。エクス帝国魔導団第三隊の夜の街の情報網を甘くみるなよ」
「ま、まさか……」
「ダンは以前、潜入捜査の任務で夜の女を抱いたでしょ。名前はユリちゃんだったかな。そのユリちゃんの客が俺の元同僚。ダンの股間の情報は俺がしっかりと聴き取っているからね。それと悔しいから教えなかったけどユリちゃんから伝言をもらってたわ。ダンならいつでも無料で良いって」
酔いが回って会話がより軽く、より下世話になっていく。
いつしか重たくなっていた俺の頭の中も軽くなっていた。
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