数百年先【スミレの視点】
エルバト共和国のラバル・スウィットの提案はドラゴンの魔石の総量の五割で取り引きする場合が一つ当たり1000万バルト相当の金で支払う。四割で800万バルト、三割で600万バルト、二割で400万バルト。
割り合いが増えれば一つ当たりの単価を上げていく方式だ。
提案としてはなかなか面白く感じた。
取り引き量の最低ラインは二割。これは譲れないと言われた。
私としては二割でも多い印象を受けたが、ラバルはエクス帝国とエルバト共和国の人口比を考えると二割でも相当譲歩した量と言われた。
エルバト共和国の人口はエクス帝国の約1.5倍だ。確かにドラゴンの魔石を人類の共有財産と考えれば五割でも少ないといえる。
しかしこれはラバルの言い分だ。今現在、ドラゴンの魔石は修練のダンジョンでしか得る事ができない。修練のダンジョンはエクス帝国の領土にある。そして修練のダンジョンの所有者はエクス帝国の貴族であるジョージだ。
エクス帝国を第一に考えるのが当然と言える。実際エルバト共和国について考える必要も無いのかもしれない。
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「なるほど、スミレ様はエルバト共和国と取り引きしない方が良いと思うのですね」
早速ダンを呼んで答え合わせを始めた。
「そうね。エルバト共和国と直接取り引きをすれば、エクス帝国内でグラコート伯爵家の風当たりは間違いなく強くなりそうだから。グラコート伯爵家は新興の貴族で、ただでさえ一部の貴族から悪感情を持たれている。無用な軋轢はごめん被りたいわ」
「短期的には最良の選択かと思います」
随分と含みの残した言い方ね……。
「中長期的ではどうなるのかしら?」
ダンは平然と答える。
「中期的にはエルバト共和国と戦争になるかと」
「ちょっと! それは言い過ぎじゃないの! さすがに即戦争なんて!」
「いや、私の分析では2年以内に十中八九戦争に突入しますね」
そんなに早く!?
「どういう事かしら? さすがにそれは無いと思うのだけど」
「来年の春にエルバト共和国では国政選挙が行われます。その頃にはエクス帝国でのドラゴンの魔石によるエネルギー革命がエルバト共和国の国民にも知れ渡るでしょう」
選挙については聞いた事があるわ。
「選挙って、代表者を決めるための仕組みでしょ? それが何か関係があるのかしら?」
「隣国のエクス帝国がドラゴンの魔石によって繁栄を享受しているのに、何故我が国は手をこまねいてみているのか! こんな選挙スローガンの議員が多数選ばれそうです。戦争容認派が議会の多数を占めればあとは戦争に突入するだけです」
共和制は愚民を煽動すればなんでもできるの!?
「そんなにあっさり戦争になるの? エルバト共和国はもう少し外交交渉などで努力するんじゃないかしら?」
「現在、それをやっているではないですか? ドラゴンの魔石の総量の二割で現在のエクス帝国の買い取りの倍、五割で五倍です。エルバト共和国としては今回交渉が決裂して、もう一度交渉をするとすれば今回の条件より買い取り価格を高くしないといけません。さすがにこれ以上の条件ではエルバト共和国の議会の承認を得られないでしょう」
ダンにとっては当たり前過ぎる話なのだろう。それでもダンは面倒くさらず丁寧に説明してくれる。
本当に得難い人材を得る事ができたわね。
「そういえばダンがベルク宰相にエクス帝国政府の希望通りになるかどうかは保証しないって言ってたわね。ダンが推測するエクス帝国政府の希望はどうなの?」
「エルバト共和国の不満が爆発しないギリギリの量での取り引きでしょうね。ドラゴンの魔石の総量の一割ってとこですか」
「それでダンはどうすれば良いと思っているの?」
「中期で見れば二割か三割。長期で見れば四割です」
あっさりと返答されると本当にダンは考えているのか少し不安になるわ。
「どうしてそうなるか教えてもらえる?」
「中期の場合はエルバト共和国とエクス帝国のどちらにも不満が溜まりにくい割り合いを選択すれば良いだけです。二割だと幾分エクス帝国寄り、反対に三割だと幾分エルバト共和国寄りですね。どちらも不満を少し感じるでしょう。ただこの範囲でしたら戦争にはなりにくいと思います」
「それはそれで問題あるわね……。あとは長期的だと何故四割にエルバト共和国の取り分をふやすのかしら?」
「長い目で見れば、ジョージ様はエルバト共和国に少しずつ立ち位置を変えたほうがよろしいかと。たった一人の施政者よりも、101人の代表者で物事を決める国の方がジョージ様の安全に寄与すると思います。まぁこれはジョージ様次第ですけれど」
完全にエクス帝国を裏切る提案だ……。
聞いているのが私だけで良かったと胸を撫で下ろした。
「随分と思い切った提案ね……。さすがにこの件は私とジョージ以外に話さないでくださいね」
「心得ております。ジョージ様とスミレ様は一心同体、それ故に話させていただきました。ジョージ様は不老になっている可能性が高いため、数百年先の未来を考える必要があると思いまして」
数百年かぁ……。
ダンはそこまで考えているのね……。





