頼りになり過ぎるダン【スミレの視点】
「ダンの説明はわかりやすいですね。そろそろ話を進めてよろしいでしょうか?」
ベルク宰相が私とダンの会話に入ってきた。
あ、話が脱線していたわ。
「すいません、私が知識不足のために……。どうぞ進めてください」
「それではエクス帝国政府の立場を明確に致します。エクス帝国政府はエルバト共和国とグラコート伯爵家との直接交渉については関知致しません」
許可でもなく不許可でもなく関知しない?
ベルク宰相の言葉にすぐに返答するダン。
「エクス帝国の現状を考えると妥当な判断ですね。了解致しました。一応断っておきますがエクス帝国政府の希望通りになるかどうかは保証致しませんよ」
ベルク宰相は涼しげな笑みを浮かべる。
「それで問題ありません。それよりダンのお墨付きをもらえて安心しましたよ。ダンがいなくなってから自分の判断の是非の確認ができなくなりましたから。それではこれで私は失礼致します」
慌ただしく応接室を出ていくベルク宰相。
さて、ダンにいろいろと確認しないとダメね。
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「エクス帝国政府としてはできればエルバト共和国と戦争したくないんですよ。勝ったとしてもエルバト共和国の国民は専制君主制に反発するため統治が難しいのです。そしてエルバト共和国と何かしらの交流が生じるのも避けたいのです。どうしてもエルバト共和国の思想がエクス帝国に流れてきますからね」
エクス国民が現体制に疑問を持つのを避けるためか。果たしていつまでそんな事ができるのだろうか?
「そしてエクス帝国の現状ですが、ザラス陛下が御逝去され、その喪も明けておりません。皇太子であったカイト殿下の失脚、それに伴い皇太女になったアリス皇女。またアリス皇女は努力は為されていますがまだまだ政務を行うには厳しい状況です。ロード王国への対応と東と北の国の平定は手を付ける前です。また有力貴族であったタイル・バラス公爵の帝都追放。完全にエクス帝国建国以来、最大の国難状況です」
今は激動の時代なのだろうか? たぶんそうなんだろうな。
「エクス帝国としてはまずは内を固めないといけません。しかしアリス皇女が皇帝陛下に即位しないと固めようがないんです。しかしカイト元皇太子は皇帝の座を諦めていないでしょう。エルバト共和国と戦争になれば、カイト皇帝陛下待望論が高まりそうです。戦時中は威勢の良い統治者を求めるものです。ベルク宰相の立場で考えればアリス皇女の地盤が固まるまではなるべく事を大きくしたくないのでしょう。そして今後も基本はエルバト共和国との関係は希薄にしておきたいのだと思います」
エクス帝国政府の対応の理由は理解できた。あとはエルバト共和国との交渉をどうするかだ。
「エクス帝国としてはドラゴンの魔石がエルバト共和国に供給されるのは問題が無いのかしら?」
「長い目で見れば問題が生じる可能性があります。魔石は資源ですから。資源を奪い合ってきたのが人類の歴史です。ドラゴンの魔石の研究はまだまだこれからですが、何かしらの技術革命が起きると推測します。その時どうなるか? 間違い無く争いが起こるでしょうね」
「グラコート伯爵家としてはどうすれば良いのかしら?」
私の疑問に簡単な問題を解くように回答するダン。
「当面はのらりくらりやっていくのがよろしいかと。主導権は完全にこちらにあります。場合によってはエクス帝国政府とエルバト共和国を天秤にかけても良いのですよ。エクス帝国に恩を売る事もできますし、エルバト共和国からより良い条件の提示を求める事もできます」
「グラコート伯爵家はエクス帝国の貴族よ。天秤にかけるなんてあり得ないわ」
「私はあくまでジョージ様を第一に考えております。その場合は天秤にかけるのが最善ですね」
ダンの言い草に少しカチンときた。私だってジョージを第一に考えているつもりだ。
「理由を聞かせてもらおうかしら?」
私の少し険のある口調を柳に風のように受け流すダン。
「ジョージ様の立ち位置がエクス帝国の専制君主制に合わないのです。ひとたびジョージ様と相性の悪い皇帝陛下が即位されるとグラコート伯爵家はいきなり窮地に陥る可能性が高いのです。安全対策としてエルバト共和国と関係を結んでおくのも悪くありません。もちろんこちらを安売りするつもりはありませんが」
確かにカイト元皇太子のような人が皇帝陛下になった場合はグラコート伯爵家はあまり良く無い立場になりそうだわ。
「まずはエルバト共和国と会ってみましょう。ジョージ様が不在なのも好都合です。最低、帰還するまで時間が稼げますから」
知力でダンと張り合おうとしても無駄だわ。
確かに判断の可否をダンに任せたら正解で楽なんだろう。でもこれを続けていたら思考停止に慣れてしまうわ。
厳しくとも付いていかないと……。





