挑戦の始まり【スミレの視点】
ここからジョージがエルフの里に出発した日からのスミレの視点になります。
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1月21日【赤の日】
エルフの里に出発したジョージ達を見送ってから私は修練のダンジョンでドラゴン討伐をおこなった。
魔力ソナーの鍛錬が頭打ちになっているため、少しでもレベルを上げてなんとかならないかともがいている。
エクス帝国軍のレベル上げはある程度終了した。ロード王国軍についてはこれからだが、ジョージが帰還するまで中断を申し入れている。
ジョージがいない間、私は限界まで鍛錬しようと心に決めていた。
お昼にグラコート邸に帰宅するとジャイル・バラス公爵がコールド・バラスを伴って来客室で待っていた。
部屋に入るなり立ち上がり頭を下げるジャイル公爵。
「昨晩はせっかく我が屋敷までご足労いただいたのにジョージ伯爵の不興を買ってしまい申し訳ございませんでした」
ジャイル公爵は10歳で公爵になっただけでも大変なのに、謝ってばかりで気の毒ね。
もう一人の客人のコールド・バラスは来客用ソファにふんぞり帰ったまま頭を下げるジャイル公爵を冷ややかな目で見ている。
さてどうしようかしら。
ジョージが貴族の常識に染まらないのはわかっている。それに染まって欲しくない自分もいる。
「ジャイル公爵、まずは頭を上げてください。誠に申し訳ございませんが当主のジョージは朝一番でエルフの里に向かいました。帰ってくるのは二ヶ月間ほどかかります。今回ジャイル公爵から謝罪があった事はジョージが帰ってきてから伝えておきます。それでバラス公爵家としては謝罪しないと受け取ってよろしいでしょうか?」
「いや、これはバラス公爵家としてグラコート伯爵家への正式な謝罪になります」
「そのつもりなのですね。それなら出直してきなさい」
困惑するジャイル公爵。
ジョージが変わらないのなら周りに変わってもらうしかない。
そしてそれを促すのは私の役割りだ。
「グラコート伯爵家は貴族の常識が通じないと認識してください。貴族の常識では公爵家当主が謝罪をしたという結果があれば問題ありません。しかし我がグラコート伯爵家の当主は違います。謝罪は相手に謝罪の気持ちが伝わらないと意味が無いと考えているはずです。騒動の原因である人物が不貞腐れた顔をしたままの謝罪では無意味ですね」
私の言葉にギロリと睨むコールド・バラス。
徐に立ち上がり声を張り上げる。
「不愉快だ! あまりにも馬鹿げている! 私は帰らせていただく!」
赤い顔をして荒々しい動きで部屋から出ていくコールド・バラス。苛立ちを全く隠そうとしていなかった。
青い顔をして狼狽えているジャイル公爵。
これから10歳の子供にはなかなか大変な折衝が必要になるわね。でも公爵を継いだのならしょうがないわ。地位には責任が生じるのは当たり前だ。
「そろそろよろしいでしょうか? このあとも用事が控えてますので」
私の突き放す様な冷たい言葉にジャイル公爵の目からポロポロと涙が溢れだした。
そしてジャイル公爵は高位貴族とは思えないほどの大声で泣き出してしまった。
その泣き声に反応して部屋の外に待機していたバラス公爵の護衛の者が部屋に乱入してきた。
果たしてどうなるかしら? まぁなる様にしかならないわね。
その後、バラス公爵の護衛に事情を説明して、泣き噦るジャイル公爵を引き取ってもらった。
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無駄な時間を過ごしてしまったが、午後からは修練のダンジョンの3階でオーガを相手に魔法の鍛錬に精を出した。
少しでもジョージの魔法に追い付きたい一心で……。
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帰宅してからバラス公爵家に手紙を出した。
今後グラコート伯爵家は話が通じる人物としか交渉はしない。また現在当主が不在のため、交渉は当主が帰ってからお願いすると。
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1月22日【黒の日】
起床後、顔を洗い目を覚ます。
寝間着を脱ぎ全裸になり座禅を組む。
昨日の朝は服を着たまま魔力ソナーの鍛錬をしたのだが、なんと無く調子が悪く感じた。
もしかしたらジョージは本当の事を言っていたのかしら? 私の裸を見たいがための発言だと思っていたけど謝らないとダメかも。
ひんやりとした空気が心を引き締めてくれる。
そして魔力を周囲に伸ばしていく。広く、広く。薄く、薄く。
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ジョージがエルフの里に出発する前の晩、私はジョージに魔力ソナーの有効距離を伸ばすコツはないのか尋ねた。
ジョージから目標を持つ事だって言われた。
目標? 目標って魔力ソナーの有効距離を伸ばす事ではないのか?
意味がわからず再度尋ねると頭を掻きながらなかなか話さないジョージ。
現在の私は魔力ソナーの有効距離が200m弱で頭打ちになっていたため焦っている。
懇願する私にジョージは照れながら重い口を開く。
ジョージは学生時代、私の魔力を感じたい一心で魔力ソナーの有効距離を劇的に伸ばしていた。
それを聞いた時、何とも言えない恥ずかしさを感じてしまう。
私はその時まだジョージという存在を認識していない。でもジョージは私をずっと見ていてくれた。
目の前にいるジョージが狂おしいほど愛おしく感じ抱きしめてしまった。
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愛している男性から愛されたい。当たり前の感情。現在のジョージから、未来のジョージから、そして過去……。
現実問題、過去のジョージには介在できない。その為普通は諦めなければならない感情だ。
でも過去のジョージも私を求めていた。なんて素敵な事なんだろう。
しかし今、冷静に考えるとこれは私がジョージを愛しているからだ。
愛してもいない男性が私の知らないところで私の魔力を感じて喜んでいたなら……。
私は本当にジョージを愛せて良かったと胸を撫で下ろした。
私は魔力ソナーの鍛錬の目標を設定した。ジョージと同じだ。
私はジョージの魔力を感じたい一心で魔力ソナーを展開させる。
ジョージは既に帝都にいない。それでもジョージの魔力を求めて私は魔力ソナーを広げていく。
ジョージは私の魔力を求めて魔力ソナーの有効距離を劇的に伸ばした。
ジョージは笑いながら【欲望は成長の糧】だからって言っていた。
確かに欲望かもしれない、いや性欲かもしれない。でも本質的には愛情だ。
それならば負けられない。ジョージが私を愛するよりも私はジョージを愛している。
例え最愛のジョージでもこれは負けられない戦いだ。
私の愛情の深さを思い知らせてやるわ。
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ジョージとの会話で魔力制御は子供の時が一番伸びるのではないかとあった。しかしジョージは修練のダンジョンに入る前は魔力ソナーの有効距離は300m強だった。それが今や測定不可能になっている。
レベルが劇的に上がったのも関係していると思われる。ならあり得ないほどレベルを上げたらどうなる?
修練のダンジョンに入る前に久しぶりにギルドカードを確認する。レベルはちょうど200だ。
果たしてジョージが戻ってくるまでどこまで伸ばせるか。
さぁ! 自分自身の挑戦の開始だ!





