縛鎖荊
美人さんが眼を開ける。綺麗な翠色だ。
少しずつ焦点が合っていく。肩にはいつの間にか小鳥が乗っている。
「お目覚めかな? お姫様。気分はどうかな?」
「お主は我が切り離した一部の精神と交流した輩だな。塵芥の人間如きに助けられるとは恥辱ではあるが、お主は良くやった。褒美に我の下僕にしてやろう。今は悠久の檻から開放されて気持ちが良い。大盤振る舞いじゃ。己の幸運を喜ぶが良い」
【生命の根源、心を縛り愛と苦しみを与える荊となれ、縛鎖荊!】
な、なぬ!?
ヤバい! まずは距離を取れ!
俺は身体能力向上を最大限にかけて後ろに飛び退いた。
「無駄じゃ! 無駄! 我が縛鎖荊から逃れられるわけが無いわ。我のせっかくの行為を踏み躙るとは人間とはやはり馬鹿じゃのぉ」
翠色の棘の生えた蔓のような魔力が凄い速さで俺に向かってくる。色が違うけど、世界樹を縛っていた蔓にそっくりだ。そして避けても避けても俺を追尾してくる。
完全に俺を自動追尾している魔法だ。こんな魔法あるの!? 劣等生だった俺だけど、こんな魔法があれば知っているはずだよ……。
攻めるか守るか? 即断即決!
俺は蔓を避けながら呪文詠唱を完成させる。
【静謐なる氷、悠久の身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】
超高速の氷の矢が美人さんの両腕と両足に向かう。
良し! 確実に命中した。
「無駄じゃ。我は半精霊のハイエルフぞ。人間如きの魔法で傷を付くわけが無い」
は? 美人さんが朧に見える!? どういう事だよ!
マズい! 動揺から反応が遅れた……。
翠色の棘の生えた蔓が俺の額と左胸に命中した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なかなか抵抗したの。人間の中でも此奴優れた奴なのか。これは僥倖よ。今後は我の下僕として頑張ってもらわないとな。いつまで呆けている。まずはこの集落を破壊しに行くぞ」
勝ち誇った台詞を口にし、俺に近づいてくる美人さん。
よし、今だ!
俺の高らかな詠唱が辺りに響いた。
【生命の根源、心を縛り愛と苦しみを与える荊となれ、縛鎖荊!】
真っ赤な棘の生えた蔓が超高速で美人さんの額と左胸に刺さる。
「な、……」
驚愕する美人さん。
本当に危なかったよ……。
「俺のアイシクルアローはお前に通用しなかったが、お前の縛鎖荊の魔法も俺に効かなかったな。そして俺の縛鎖荊はお前に効いたようだ」
「な、なんでお前が生命属性の魔法が使える!? お前は私と同じハイエルフか? エンシェントエルフなのか!」
「生命属性の魔法なんてあるんだ。お前の魔法で初めてみた。なんとか忘れる前に詠唱できて良かったよ。アイシクルアローが効かない相手なんて初めてだからビビっわ」
相当ビビってたみたいで、はち切れんばかりだった俺のテントは消えて無くなっていた。
「初めて詠唱して縛鎖荊を発動させたのか!? そんな馬鹿な事があるか! それに確かにお前の額と左胸に我の縛鎖荊が命中したではないか! それなのになんでお前は我に攻撃ができる! あり得んじゃろ!」
「この魔法凄いな。心臓と脳を縛ろうとするんだな。悪いけどお前の縛鎖荊の蔓は俺の体内に循環している魔力で弾かせてもらったよ。お前に縛鎖荊を命中させたら、お前の縛鎖荊の蔓がやっと消えたよ。他人の魔力に自分の体内に侵入されるのって気持ち悪いんだな」
プルプル震えている美人さん。怒りというより怯えなのかな?
「あの……。もしかしてですが、我、いえ私の縛鎖荊をお前、いや貴方様は本当に無効にしたのでしょうか?」
「そうだよ。それで俺の縛鎖荊はお前に間違い無く効いたみたいだな。俺の魔力がお前の脳と心臓に絡みついているから」
ガタガタと震え出す美人さん。そして徐に土下座を敢行する。
「誠に申し訳ございません! 貴方様、いや少々お待ちください! ただいま切り離した精神から情報を取得させていただきます! あ、ジョージ様ですね! ジョージ様に逆らう気など微塵もありませんでした! これは不幸な行き違いです!」
土下座って太古の時代からある謝罪方法なんだな。確かに真摯に謝罪する場合はこうなるのが必然なのかも。
それにしても不幸な行き違いってエルフの好きな言葉なのか?
「お前なぁ……。不幸な行き違いで俺を下僕にするのか? それで結局お前は俺の下僕になっているのか? 俺は縛鎖荊なんて魔法は知らないから教えろ」
「はい! 縛鎖荊は生命属性の上位魔法でございます! 現在の状況をジョージ様に説明させていただきます。私の脳と心臓をジョージ様の魔力の荊の蔓で縛っております。こうなりますと、私の行動でジョージ様が不快な気持ちになると、魔力の蔓を通して私に苦痛を与えられます。反対に私の行動でジョージ様がお喜びになると、私に喜びが与えられるのです。またジョージ様の魔力で縛られているため私は逃亡も不可能となっております」
おいおい、相当ヤバい魔法だよ……。
奴隷製造魔法じゃん。コイツはそれを俺にかけて来やがったのか。
「なるほどね。お前に聞きたい事がたくさんあるわ。一旦それを置いておく。まずはエンヴァラの民に説明しにいかないとな」
凄い表情でギリギリと奥歯を噛み締める美人さん。
「奴等は八つ裂きにしても飽き足らん! 積年の恨みを晴らさせてもらうわ!」
まぁわからんでも無いけどね。でもコイツも大概やな。
「お前の言い分も理解するけど、それこそ不幸な行き違いじゃないの? 今更復讐してもしょうがないでしょ。事実を知ってもらって反省してもらうくらいにしてやったら?」
「ジョージ様は我の辛さ、苦しさ、屈辱がわかっておられない! この恨みを晴らせないとなると我は気が狂ってしまう!」
「殺してしまえば、苦しみは一瞬だよ。それで終了だ。そんな簡単に終わらせて良いの? 一生罪の意識に苛まれたほうが苦しくない? それに罪の意識が子孫にも繋がるよ。きっとウィンミル家は呪われた血と呼ばれるようになるでしょ。エルフは君の力で子孫を残せるようになるのだから」
顎に右拳を当てて考える美人さん。
そしてニカっと笑う。
「さすがは我のご主人様じゃ。考える事がエグ過ぎるわ」
八つ裂きだけは無くなったか。まぁ俺はどちらでも良いんだけど。せっかくの英雄譚が血の海になるのも問題だよね。
「それよりお前の名前は? 切り離された分身は頑なに名前を教えてくれなくてな」
「名前、特に真名を知られるのは危険なんです。特殊な魔法には対象者の真名が必須なのもあるので」
「あ、そうなの。じゃどうするかな」
「我は既にジョージ様の縛鎖荊で支配下になっております。今更真名を知られてもなんて事は無い。我の名前はエンヴァラじゃ」
言葉遣いがブレブレやね。慣れない敬語を使うからだ。
ふーん。でも理解したよ。
ウィンミル家の先祖がエンヴァラの真名を知ったのか。それであの世界樹の檻を作り上げた。
この集落をエンヴァラと名付けたのも世界樹の檻を強化する為に必要だったんだろうな。
さてそろそろエンヴァラの民達に自分達の罪に向き合ってもらおうか。





