呪い
俺と龍闘茜の立ち会いは俺が一本も取れずに終了した。
「どうかな? 私の剣術の腕はジョージ伯爵様の御眼鏡に叶ったかな?」
「叶うどころじゃありません。早速師匠と呼ばせていただきます。不肖ジョージは龍闘流剣術の門下生になります。これからはジョージと呼び捨てください」
「随分と気が早いな。それよりジョージ伯爵様が剣術で倒したいって人は誰なんだい?」
「ジョージとお呼びください。倒したいのは、私の愛するスミレ・グラコートです。剣術でひーひー言わせたいんです」
「取り敢えず呼び方はジョージさんで許して欲しい。それにしても穏やかじゃないね。何で愛する奥さんにそんな事をするんだい? 理解ができないよ」
だいぶ茜師匠の口調が砕けてきたな。
師匠になる人には隠し事をしてはいけない。俺は脱衣模擬戦の事を茜師匠に説明した。
さすがに顔を赤くする茜師匠。赤裸々な夫婦の遊びだからな。
「私は剣に人生をかけてきた。男女の付き合いには疎くてな。ただ、ジョージさんがやっている事は世間的には変態行為じゃないのか? 脱衣模擬戦っておかしいだろ?」
「おかしいか、おかしくないかを決めるのは当事者だけです。その当事者の私とスミレが受け入れているのですから問題はありません」
「そこまで胸を張って言われると正しい事を言っているように聞こえるから不思議だな。ジョージさんを龍闘流剣術に受け入れるにあたりお願いがあるのだが聞いてもらえるだろうか?」
「私のできる事なら叶えたいと思います。なんでしょうか?」
茜師匠のお願いは【俺の子種が欲しい】だった……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
茜師匠の説明を俺は真剣に聞いた。
茜師匠は龍闘流剣術の当主の娘として生を受ける。龍闘流剣術はエルバト共和国内において、押しも押されぬ権勢を誇っていた。その理由はエルバト共和国軍の剣術指南役を長く務めていたことによるものだ。
しかし陰謀に嵌められて剣術指南役は奪われ、当主である親、後継ぎだった兄、多数の門下生の命が奪われた。
茜師匠は命からがらエクス帝国に逃げてきたそうだ。
陰謀の内容については教えてもらえなかった。
「今現在、龍闘流剣術の宗家の血は私だけだ。血を途切れさすわけにはいかない。そして宗家には優秀な血を残す義務がある。英雄のジョージさんなら正にうってつけだ」
うってつけって……。
俺は種馬じゃないよ。それに不妊症の疑いもあるしね。
俺は正直に茜師匠に話した。
「なるほど。魔力制御が高すぎると不老になって、不妊になる可能性が高いのか。でもエルフの里で世界樹の実を食せば子供ができるかもしれないんだろ?」
「それもどうなるかわからないかな。希望は捨ててないけどね」
「わかった。それならジョージさんの子種の提供は一端保留にしよう。それより問題は私がエルバト共和国で犯罪者として指名手配されていることかな」
なぬ!? 犯罪者で指名手配!
「茜師匠は何か悪いことをしたんですか? 自首したほうが良くないでしょうか?」
「剣に誓って私は何も悪いことはしてないよ。陰謀に巻き込まれただけだ。エルバト共和国政府に捕まれば死刑間違い無しだから自首は無いな」
うーん。どうするか?
いや、こういう時こそ金髪美男子の出番だな。
「茜師匠はこの後時間がありますか? 良かったらウチの屋敷で昼食でも食べませんか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「次から次と問題事を持ってきますね。これは稀有な才能ですよ」
ダンが軽口を叩いている。爆ぜろ!
「茜さんは犯罪者としてエルバト共和国から追われているんですね。エクス帝国とエルバト共和国には国交が樹立されていませんから基本的には問題がありません。しかし情勢は流動的です。今月か来月にエルバト共和国が公式に外交官を我が国に送ってくるでしょう。その外交官が茜さんがエクス帝国にいると知れば、茜さんの引き渡しをエクス帝国に要請する可能性がありますね。エクス帝国政府としては、状況次第でその要求を飲むかもしれません」
「茜師匠は俺の剣術の師匠なんだ。それは困るよ。どうすれば良い?」
「ジョージ様次第ですね。エルバト共和国と拗れたとしても茜さんを守りたいのですね?」
「勿論だ。俺の野望に茜師匠は欠かせない人だからな」
「野望ですか……。その野望の内容は確認しませんけどね。どうせエロいことでしょうから。それならば茜さんをジョージ様の庇護下に置きましょう。剣術の腕は確かなんでしょう? グラコート伯爵家臣団に入れてしまえばエルバト共和国が引き渡しを要求しても跳ね除ける事ができます」
なんと、それは素晴らしい提案だ!
さすがベルク宰相の懐刀と異名を付けられていたのは伊達ではない。でも禿げろ!
「それでいこう! ダンはやっぱり優秀だね」
「うーん。最近なんかジョージ様と話していると不穏な雰囲気を感じるんですよね。呪いをかけてないですか?」
なぬ!? 呪いとな!
カッコ良い男性に対するささやかな抵抗じゃないか!
でもさすがにもう止めるかな。
「気のせいじゃないかな? 俺はダンに対して思うところは何もないよ」
ダンが俺をいわゆるジト目で俺を見る。
あーー! 眉目秀麗のダンにそんな目で見られたら変な性癖に目覚めそうだ。
「まぁいいでしょう。茜さんをグラコート伯爵家臣団に招き入れるとしても、茜さんの意向と為人を確認しないといけません。またエルバト共和国で犯罪者として追われている経緯の確認も必要です。本当にエルバト共和国のスパイの可能性もありますからね。この後すぐに面接しますか」
【ダンがいれば脳味噌いらず】。今日の座右の銘は決まりだな。
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