龍闘茜
1月6日【無の日】
先日、ダンにエクス帝国で一番強い剣術は何かを尋ねてみた。
ダンは一般的にはエクス帝国騎士剣術であると即答した。しかし話には続きがあった。
俺が向かっているのは帝都の外れにあるオンボロ道場。
15年前に潰れた道場だ。しかし昨年の暮れから新しい住民が住んでいる。
道場の庭では子供が数人で木剣を握り素振りをしていた。
俺は近くの男の子に笑みを浮かべて話しかける。
「こんにちわ。龍闘茜さんはおられますか?」
怪訝な顔をする男の子。周りの子供にも緊張が走っている。警戒されてしまったか。あ、名前を言ってなかったな。失敗した。
「私はジョージ・グラコートだ。龍闘茜さんに面会したいのだが?」
結果的に名前を出すのは大失敗になった。俺は帝都で人気の英雄という事を忘れていたよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「先程は子供達がご迷惑をかけました。申し訳ございません」
俺の目の前には道着に袴を履いた女性が正座している。
所作に無駄が無い。綺麗な黒髪を後ろでまとめている。少し冷たい印象を受ける顔付きだ。
楚々とした雰囲気を感じるが、魔力ソナーからは熱い情熱を持った人とわかる。
なるほど、これが昨年のエクス帝国剣術大会の幻の優勝者か……。
毎年開催されているエクス帝国剣術大会。近年はずっとエクス帝国騎士団の団員が上位を独占していた。
しかし昨年颯爽と現れた女性剣士の龍闘茜。あれよあれよと言う間に優勝してしまった。
初戦から決勝戦まで苦戦という苦戦は無し。面子を重んじた剣術大会の運営責任者が、龍闘茜はエルバト共和国のスパイの疑いがあると難癖を付けて、失格にしてしまった。
確かに龍闘茜が使う龍闘流剣術はエルバト共和国軍の剣術指南を長く勤めていたそうだ。
「いや、私が名前を軽々しく名乗ったのが間違っていました。特に問題はありません」
そう、俺は先程子供の前で名乗ってしまった。簡単に子供に揉みくちゃにされたよ。
「そう言っていただけるとありがたいです。それにしても高名なジョージ伯爵様がこんなオンボロ道場に何の用でしょうか?」
「今日お伺いさせていただいた理由なんですが、現在私は剣術の師を探しております。どうしても剣術で勝たなければならない人がいるのです。その為には手段を選んでいられない。泥水だって啜る覚悟があります。龍闘さん、よろしければ私と立ち会ってくれませんか?」
整った龍闘茜の顔が不敵に笑う。
「なるほど、私の剣術の腕を確かめたいか。ジョージ伯爵様の御眼鏡に叶えば、私を剣術の師匠とするのかな?」
「不躾なお願いですが、是非立ち会いを願います」
「剣術家が立ち会いを望まれたら拒否をすることはあり得ないんだ。よし、道場に場所を移そうか」
俺とエクス帝国剣術大会の幻の優勝者の立ち会いが決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「真剣でやる訳にはいかないな。エクス帝国で良く使用される木剣で立ち会うか。剣術大会と同じルールで良いかな?」
剣術大会のルールは俺とスミレが先日行なった脱衣模擬戦と一緒だ。
魔法は体内魔法だけ。攻撃魔法は禁止となる。全身どこにでも打ち込んで良い。
俺は魔力を自分の身体の中で循環させ始めた。準備万端だ。
さすがにこの立ち会いは俺が勝つだろう。圧倒的なレベル差で押し切れるはず。
大事な事は龍闘茜の剣術がどれくらいなのか測る事だ。
まずはこちらが一本取るか。剣術の力量を測るのはそれからだな。
「よし、いつでも良いぞ。かかってきなさい」
緊張感が全く感じられない茜。舐められてるのかな? まぁ一本取れば変わるだろ。
俺は体内魔法の身体能力向上を限界までかけた。これなら簡単に一本取れるな。
俺は真っ直ぐ茜に向かい、木剣を茜の左肩口目掛けて振り下ろした。
「なるほど、これは凄い速さだ。さすがに吃驚したよ。英雄とは凄いものだな」
気がつくと俺の木剣は躱され、茜の木剣は俺の胴を打ち込んでいた。
な、何!?
何があった?
全く見えなかったぞ!
「急所に入ったと思うが、全然平気そうだな。凄い体内魔法の濃度だ。規格外過ぎるぞ。英雄というより化け物だな。それよりもう一度やるか?」
どうやら俺は本物を引いたようだ。
コイツは新年早々縁起良い。これで剣士モードのスミレを俺の腹の下に組み敷くのも夢では無くなったな。
俺は笑いが堪える事ができないまま、茜と立ち会いを続けた。
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