静かな序盤戦
12月19日【青の日】
今日の10時からバラス公爵家とグラコート伯爵家の揉め事について、エクス帝国政府による裁定が実施される。
果たして鬼が出るか蛇が出るか。ベルク宰相が言っていた着地点がどのようなものなのか。
やっぱり緊張はするな。
スミレと一緒に時間に間に合うように屋敷を出る。
馬車に乗ると馭者のザインがすぐに発車させる。
俺はボーっと外の風景を眺める。
辞表を胸にエクス城に行った日の事を思い出した。あの時の心情はどうだったかな。確か不安で押し潰されそうだったな。
気がつくとエクス城の大きな城門を見えてきる。あの時と同じように俺は溜め息をついた。
城の文官に案内されたのは奇しくもあの時と同じエクス城の会議室だった。
そんなに広くはない会議室。中央に長方形のテーブルが置いてあり、以前ザラス皇帝陛下が座っていた1番奥の席にはベルク宰相が座っていた。
文官に案内された席はベルク宰相から向かって右側の席。こちら側がグラコート伯爵家の席のようだ。向かい側には既にタイル・バラス公爵が座っている。その隣にオリビアもいる。俺とスミレが1番最後だったみたい。
席に座るとタイル公爵と目が会った。嫌味の挨拶でもされると身構えたがタイル公爵は何事も無かったように目を逸らす。
ふむ。
わざわざこちらから喧嘩を売る事もないな。まずは冷静になるか。
やっぱりこういう時はスミレの魔力だな。
あぁ……。
落ち着く〜。
落ち着いたら眠くなっちゃった。
「それではこれよりグラコート伯爵家より提出された上級貴族間裁定願届書を受けて、バラス公爵家とグラコート伯爵家の主張の裁定をおこないます」
お、いきなり始まったぞ。今日のベルク宰相はこの間と同じ真面目顔だ。中立を保とうとしているんだな。
「今日の裁定を実施するにあたり、両家から事前に聴き取り調査をしております。事実認定をした後に両家の要望を確認していきます。両家の聴き取りから齟齬がなかった部分までは特に問題が無いでしょう。まずは12月11日にオリビア・バラスがアリス皇女の部屋にてジョージ伯爵に侮辱的発言をした。次の日の12月12日にグラコート伯爵家からバラス公爵家に謝罪要求の書面を送付。12月13日にタイル公爵とオリビア・バラスがグラコート伯爵邸を訪問し、謝罪をおこなう。ここまではよろしいですか?」
タイル公爵と俺を見るベルク宰相。
まぁ間違いではないな。
俺はベルク宰相に向けて頷いた。
「問題になっているのが、タイル公爵がオリビア・バラスをジョージ伯爵の側室にどうかと提案した事です」
「ちょっと待っていただきたい。圧倒的な武力を持っている伯爵と血縁関係を結ぼうとするのは普通の事ではありませんか? また我がバラス公爵家と血縁が結べるのを喜ばない貴族などエクス帝国にはいないだろうに。問題と言われるのは心外ですな」
ベルク宰相が話している途中に口を挟むタイル公爵。
顔色一つ変えずベルク宰相が対応する。
「タイル公爵、わかっていての発言ですよね? ジョージ伯爵はロード王国から公爵になって欲しいと頼まれたのに断った方です。美姫として他国にもその名を知られているロード王家第二王女のパトリシア・ロード王女との婚姻を断ったのですよ。理由は市井にも広まっているから知ってますよね。スミレ・グラコート伯爵夫人に悲しい想いをさせないためです」
「そんな事を言われても困るな。ジョージ伯爵は上級貴族だ。最低でも数人の側室を持っていただき、他貴族との仲を強固にしてもらわないといけない。それがエクス帝国貴族としてあるべき姿じゃないのか? エクス帝国貴族としての責務を果たしてもらわないと。それがエクス帝国を強くすることに繋がるだろう」
な、なんと……。
数人の側室を持つ事が伯爵の務めなのか!?
そんな事言われてもな……。
ベルク宰相が俺を見て優しく微笑んでいる。
そしてタイル公爵を見て凛とした声で話し始める。
「タイル公爵。物には順序というものがあります。ジョージ伯爵が伯爵に陞爵したのは今年の6月です。まだ上級貴族の伯爵になってから半年ほどなんですよ。ジョージ伯爵を貴族の常識で考えるのは間違いですし、するべきではありません」
「それではベルク宰相はジョージ伯爵が貴族の責務を蔑ろにして良いと言うことですかな? それは甘やかし過ぎだろう」
「別に甘やかしているわけではありません。ジョージ伯爵のエクス帝国への貢献はバラス公爵家と比べても遜色がありません。確かに国の立場だけで言えば、ジョージ伯爵には側室を数人持っていただきたい。しかし無理強いはダメです。今はジョージ伯爵はスミレ伯爵夫人との仲を醸成している最中です。その為、ジョージ伯爵は障害になりそうなものは全て排除するでしょう。またジョージ伯爵は洗練された排除の仕方を知りません。最悪、実力行使すれば良いと思っている方ですから」
洗練された排除の仕方? 頭を使う方法なのかな? ダンが得意そうだ。
ベルク宰相がまた俺を見て微笑む。
なんだろう。とてと穏やかな気持ちになるや。
「タイル公爵、エクス帝国を一緒に支えてきた友人としての忠告です。ジョージ伯爵にちょっかいを出すのは止めておきなさい。貴方にとってはグラコート伯爵家とエクス帝国内での順位付けをしたいのだと思いますが、傍から見ると子供の火遊びにしか見えません。貴方がジョージ伯爵の頭を抑えつけようとしても無理ですよ。いや誰もそんな事はできないでしょうね」
「エクス帝国の宰相の貴方が公的なこの場でそんな事を認めて良いのか? 今の発言は皇室批判に繋がるぞ!」
「形だけ取り繕っても意味がありません。私はエクス帝国の宰相として冷静に現実の話をしているだけです。先程の発言が不敬になるとはアリス皇女も思いますまい。それより建前の話は終わりでよろしいか? 時間は有限ですからね」