腕一本で勘弁!?
エクス城から帰宅すると夕方になっていた。
スミレはまだ帰宅していないな。俺が引率できないから、今日のエクス帝国軍の引率は中止になっている。
スミレは1人でドラゴン討伐するって言ってたな。どこまでレベルを上げたいんだろ?
俺は少し仮眠しよう。今晩はスミレを可愛がる約束だからな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
うん? 身体に軽い重みを感じる。
まだ眠いよ。
あれ? 良い香りがする。何か安らぐな。
覚醒していない頭で薄く眼を開く。
あ、幸せが確かに目の前にある……。
「ジョージ、ただいま。もう少しこうしていたいわ」
スミレは寝ている俺の身体の上に覆いかぶさっていた。
スミレの魔力をビンビンに感じる。
メイドのサラが夕食の用意ができたと呼びに来るまでこの幸せの時間を過ごした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「オリビア・バラス? オリビア先輩かしら? 1学年上の騎士科の首席よね。騎士団第一隊の先輩でもあるから知ってるわよ。どこかの落胤って噂されていたけどバラス公爵だったのね」
平民は姓を持たない。現在オリビアはバラス姓を名乗る事を許されている。これは正式な血統の一族と認められたって事だ。バラス公爵家の相続権も発生しているから、オリビアはいきなり金持ちの仲間入りだな。
「スミレはオリビアさんと付き合いはあった?」
「そうね。一つ上の首席の先輩だったから、ある程度の付き合いはあったわよ。ただ、貴族に対して少し反発するところがあったから、深い仲にはなれなかったけど」
平民は多かれ少なかれ貴族に対して何かしらの感情を抱いている。
平民の時の俺は無関心の感情を持つように意識していた。無用な軋轢は御免被りたいからね。
「今日、そのオリビアさんと会ってね。優男の能無しって言われたよ。最後は玉無しの腰抜けってね」
急激にスミレの魔力が騒ぎ出す。
「今、何て言ったの? 誰が能無しで、誰が腰抜け? それはオリビア先輩が発言したのね?」
いつもの静謐で清らかな魔力だが、いつものような温かみは無い。冬の冷気を感じさせる圧倒的な殺気。
俺の金玉が縮み上がり、背中に冷や汗が流れる。
や、ヤバい。取り敢えずスミレを落ち着かせないと。
「スミレ、俺の事で怒ってくれてありがとう。でも弱い犬がキャンキャン鳴いているだけだよ。気にする必要もないさ。それにアリス皇女が既に叱責してくれたから」
少しだけスミレの殺気が和らいだか? でもまだ危ないな。
畳み掛けるんだ! 頑張れ俺!
「たぶんだけど、オリビアさんはワザとアリス皇女を怒らせたみたいだよ。何かしらの意図はあるんだろうね」
「アリス皇女を怒らせるために、ジョージを貶したってこと?」
あ、また殺気が……。
「そりゃアリス皇女に不敬を働くわけにはいかないだろ。だから俺だったんじゃないかな」
スミレの顔色を伺う俺。あ、目が……。
「了解したわ、ジョージ。取り敢えず腕の一本くらいで勘弁してあげる事にするわ」
え、本気ですか、スミレさん……。
「それよりも今晩は私を可愛がってくれるんでしょ。早くベッドに行きましょう」
きっとスミレは寝不足だから気が立っているんだな。明日になれば落ち着くだろ。
俺はスミレを抱き抱えて寝室に移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12月12日【無の日】
昨晩はスミレと夜更けまでしっぽりと……。
それよりスミレの怒りは収まっているのか? スミレは既に起きて朝の瞑想をしている。
「おはよう、スミレ。ご機嫌はいかが?」
眼を開いてこちらを見るスミレ。その顔が笑顔になった。
「おはよう、ジョージ。最高の気分ね。あんなに優しく愛してくれたら、誰でもご機嫌になるわよ」
おぉ! これならオリビアの腕も大丈夫かな?
「昨晩のオリビアさんの腕の話は冗談だよね?」
スミレの笑顔が一瞬で消える。
「冗談でそんな事は言わないわよ。貴族は面子を潰されてはいけないの。これをほっといたら他の貴族からも舐められるから。グラコート伯爵家の当主が馬鹿にされたのよ。それに私たちにはしっかりとした後ろ盾が無いのよ。これを放置していたら今後に支障をきたすわ」
「後ろ盾はあるじゃん。アリス皇女とベルク宰相がいるよ。それにサイファ魔導団長にライバー騎士団長だっているし」
真面目な顔になるスミレ。
子供を諭すときのような柔らかい声を出す。
「ジョージ。貴方は高位貴族になって日が浅いわ。貴族には私的な立場と公的な立場があるのよ。私的にどんなに仲を深めても公的な立場が優先される事が多いの」
私的? 公的?
「アリス皇女が皇帝陛下に即位して国政を始めたとしたらどうなるか。例えばグラコート伯爵家とバラス公爵家で揉め事があったとする。バラス公爵家には侵略戦争推進派の貴族が多数味方するでしょう。グラコート伯爵家にはどのくらいの貴族が味方してくれるか」
「それなら侵略戦争反対派の貴族が味方してくれるはずだよ。それにベルク宰相の実家のエバンビーク公爵家だって味方してくれるでしょ?」
「バラス公爵家は歴史が古いのよ。しっかりと血縁関係を結んでいる貴族だって多くいるわ。エバンビーク公爵家だって、ジョージは当主のベルク宰相のお兄さんと面識がないでしょ。それに侵略戦争反対派でもバラス公爵家と経済的に繋がりが強い貴族も多くいるの。簡単にグラコート伯爵家に味方するとは限らないわ」
え、そうなの? マジかいな……。
「アリス皇女だって、国政を運営していたら、国を割るような行為は選べないわ。ジョージだけに肩入れはできないわよ。しっかりと認識してね。グラコート伯爵家は圧倒的な戦闘力が求心力、力の源泉なの。これが傷つくような事は認めるわけにはいかないわ」
そうなのか。そうかもしれない。スミレが言うのだからそうなんだろう。
「ジョージがこのエクス帝国の皇帝陛下になるなら何も問題ないわ。武力で黙らせれば良いから。でもエクス帝国の一貴族としてやっていくなら、エクス帝国の貴族の勢力に気を使わないとダメなの」
俺は伯爵に陞爵してから日が浅いもんな。仲の良い貴族の家もほとんどないや。
「グラコート伯爵家は武力の家門としてこれまで以上に売り出していく必要があるの。例え騎士団のエリートでも、先日まで平民だった公爵令嬢如きに舐められるわけにはいかないわ」
凛としたスミレが格好良かった。