人生の岐路。それは天秤にかける事。【カタスの視点】
【ゴァーーー!】
身体を震わす音。
恐怖で身体が強張るのを感じる。
ドラゴンの咆哮の声だ。
その時、静かな詠唱が聞こえてくる。
【静謐なる氷、悠久の身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】
辺り一面に広がる無数の氷の矢。
それが凄いスピードで恐怖の根源のドラゴンに向かっていく。
串刺しになったドラゴンは、そのまま落下して轟音を立てる。
「さ、倒しましたから魔石を取りにいきますよ」
ジョージさんはまるで何事もなかったような顔で平然としている。
私は今更ながら彼に恐怖を感じた。
その夜、私はジョージさんと邂逅した日から今までの月日を振り返っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は普通の平民の家で育った。
しかし幸運にも私は魔法の才能が見つかる。
その為、奨学金でエクス帝国高等学校魔導科に入学できた。
エクス帝国高等学校は貴族が多い。
ここの学生生活で貴族に対しての処世術を覚えることができた。
エクス帝国高等学校魔導科主席で卒業し、そのままエクス帝国魔導団に入団。
正にエリート。
順風満帆の自分の人生を疑っていなかっし、その自信もあった。
しかし修練のダンジョンでジョージさんの魔法を見てから私のちっぽけな自信は粉々になった。
ロード王国の道中、またしてもジョージさんの魔法に度肝を抜かれた。
これほど凄い魔法を使うのに、ジョージさんは謙虚な人である。
話していると、とても愛妻家なのが良くわかる。
そして淡々とベルク宰相の指示に従う。
そこがまた怖いところでもあるのだが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロード王国の王都で私は運命的な出逢いに遭遇する。
サライドール家に出向いていたベルク宰相達が長い黒髪の女性を後ろ手に縛って宿に帰ってきた。
黒髪の女性は右肩を怪我しているようで苦悶の表情を浮かべ、憤怒の目線をジョージさんに向けていた。
その怪我をした女性と視線が絡む。私は息を飲んだ。
あぁ運命の人だ……。
何の疑問も感じる事なく、そう思えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
運命の女性の名前はエル・サライドール。
長い真っ直ぐな黒髪に透き通るような肌。切長な目に涼しげな口元。全体的にか細いが芯が一本入った印象を受ける。
エルはジョージさんの血の繋がった妹で、現在問題になっているエクス帝国とロード王国の国境の諍いの原因となっている女性だ。
ロード王国のサライドール子爵家の娘であり、ロード王国軍の魔導師。国境の諍いでロード王国では英雄になっている。
しかし先日のエクス帝国とロード王国の会談によって、今や英雄は腫れ物になっているはずだ。
エルは現在我々エクス帝国外交団の管理下にある。このままエクス帝国に送還されるだろう。
エルは国境地帯でドットバン伯爵の領軍の兵士を70人殺害している。
その罪を問われれば間違いなく死罪だ。
運命の女性と出会えたと思ったのに……。
私は自分の人生を呪った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロード王国からエクス帝国への帰りの馬車は、私と騎士団のライバー、そしてエルの3人が同乗する事になった。
道中はずっとエルと会話して過ごす。
話していて理解した。エルは間違いなく運命の女性だ。
会話を重ねれば重ねるほど魂が引かれ合う。こんな経験は初めてだ。
エルを見ると右肩の包帯が痛々しい。また手首に嵌められているエクス帝国魔導団特製手錠が否が応でもエルの立場を忘れさせない。
このまま何もしなければエルは処刑されてしまう。想像しただけで震えてしまう。何とかしなければ……。
私は馬車に揺られながら、これまで積み上げてきたキャリアを投げ出す覚悟を固めていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今まで何度もエルの減刑をベルク宰相に提言しようと思っていたが、自分の立場が悪くなる事に躊躇してしまった。
明日はエクス城に帰還報告をする事になる。今日が最後の機会だ。
目を閉じると微笑むエルの顔が浮かぶ。私は意を決してベルク宰相に話しかけた。
「ベルク宰相、少し時間をいただいてよろしいでしょうか? エル・サライドールについて話したい事があります」
「よろしいですよ」
ベルク宰相は優しくこちらに身体を向ける。自分が積み上げてきたキャリアとエルを天秤にかける自分がいる。どちらも失わないなんて選択はないんだろう。それならば私はエルを選ぶ。
覚悟が決まった。あとはエルの命を救うため最大限の努力をするだけだ。
「彼女はまだ18歳です。優秀な魔導師でもあり、まだまだ未来があります。それにドットバン伯爵の領軍との諍いもロード王国の騎士団の命令に従っただけです。彼女一人の責任を被せるのはおかしいです。寛大な処分をお願い致します」
ベルク宰相は私の話を真剣に聞いてくれている。そして私に優しい顔して口を開く。
「確かにカタスさんがいう事には一理あると思う。しかし物事には直接的な責任を取らないといけない人が必要になる時もあるんだよ。今回はそれがエル・サライドールになっただけだ」
それはエウル教の聖典にある【贖罪の羊】じゃないか!! そんなの納得できるか!
「それはおかしいですよ。もともとエクス帝国の侵略戦争推進派が問題を起こした事じゃないですか。被害を受けたのは自業自得です」
「まぁそう言うのもわかるが、我々はエクス帝国の帝国民だ。ロード王国の肩を持つわけにはいかないだろう」
私の言葉を軽く受け流すベルク宰相。
「納得ができません。何とかなりませんか?」
私の言葉に呆れた顔になるベルク宰相。
「陛下の判断を仰ぐ事になるだろう。一応、私からエル・サライドールには有効利用できる可能性があるとは言っておく」
「有効利用ですか?」
「エル・サライドールはロード王国内の騎士団や王国民から英雄視されている。今後、ロード王国を緩やかに支配していくための切り札になるかもしれない」
納得はできないが、取り敢えずエルの死罪が免れる可能性がある事に安堵した。
横を見るとジョージさんとスミレさんが夕食を食べている。
何故か涼しい顔でパンを食べているジョージさんの顔が私の記憶に刻まれた。