風雲急を告げる政局【ベルク宰相視点】
ベルク宰相視点です。
主人公の視点に戻るまで残り7話。
結局、ロード王国は屈辱的な条件を受け入れた。
ジョージさんの妹のエルはエクス帝国で裁いて良いと言われる。
エクス帝国への帰り道、ロード王国内でエルを奪還しにロード王国騎士団が待ち構えていた。ジョージさんに簡単にやられてましたけど。
エルには利用価値があるかもしれないですね。
外交団、最後の宿泊は、行く時にも利用した皇室の代官の館である。
カタスが真っ直ぐな目を私に向けてくる。熱い口調で話し始める。
「彼女はまだ18歳です。優秀な魔導師でもあり、まだまだ未来があります。それにドットバン伯爵の領軍との諍いもロード王国の騎士団の命令に従っただけです。彼女一人の責任を被せるのはおかしいです。寛大な処分をお願い致します」
完全に恋に盲目になっていますね。これは参った。
「確かにカタスさんがいう事には一理あると思う。しかし物事には直接的な責任を取らないといけない人が必要になる時もあるんだよ。今回はそれがエル・サライドールになっただけだ」
「それはおかしいですよ。もともとエクス帝国の侵略戦争推進派が問題を起こした事じゃないですか。被害を受けたのは自業自得です」
「まぁそう言うのもわかるが、我々はエクス帝国の帝国民だ。ロード王国の肩を持つわけにはいかないだろう」
「納得ができません。何とかなりませんか?」
話にならないな。このままだとカタスの将来に影を落としてしまう。どうにもできない自分が情けなくなる。
「陛下の判断を仰ぐ事になるだろう。一応、私からエル・サライドールには有効利用できる可能性があるとは言っておく」
「有効利用ですか?」
「エル・サライドールはロード王国内の騎士団や王国民から英雄視されている。今後、ロード王国を緩やかに支配していくための切り札になるかもしれない」
カタスは渋い顔をしていたが、少しは納得したような顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後は特に問題なくエクス帝国の帝都に到着した。
やはりこの歳で遠出は疲れる。
騎士団第二隊の詰所に行き、エル・サライドールを預ける。今後のエルの処罰はザラス皇帝陛下の案件になる可能性が高い事を伝え、手荒な扱いをしないように指示し、念の為、魔導団第二隊の応援を呼んでおくようにと伝えた。
エクス城を見た時にはホッとした。
約1ヶ月の任務だったか。
そのまま軽い身支度をして謁見の間に行き、ザラス皇帝陛下の前で跪く。
「皆の者、此度は大儀であった! 面をあげよ!」
私は頭を上げ、返答した。
「有難きお言葉。恐縮にございます」
ザラス陛下はにこやかにこちらを見ていた。
「細かい話は後で良い。まずはゆっくりと休んでくれ。取り敢えずは予定通りだったんだろ?」
「はい。概ね予定通りです。ただジョージ・グラコート伯爵の魔法の威力が凄すぎて、驚いたくらいです」
「ハハハハハ! さすがドラゴン討伐者だな! ベルクが驚くなんてよっぽどだな」
「左様です。こんなに驚いたのは生まれて初めてでしたから」
そう言って私はジョージさんに視線を移した。
ザラス陛下はジョージさんを見て口を開く。
「ジョージよ。これからもエクス帝国をよろしく頼むな。期待しているぞ。新婚早々ロード王国への遠征悪かったな。一週間ほどゆっくり休め。サイファ団長には通達しておくから」
喜びの顔のジョージさん。
そんな顔を見て私も嬉しくなってしまう。
「外交団の皆んなには、城のホールで軽く外交団の帰還パーティを開くから、夕方にまた城に来てくれ。これにて君達の任務は終了だ」
これでやっと終わりましたね。
帰還パーティは乾杯まで出席して、あとは帰った。疲れが溜まっていたからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロード王国から帰ってきたら侵略戦争推進派が騒ぎ出した。
今回の外交を腰抜け外交と言っている。
そんなに侵略戦争がしたいのか。頭が痛くなってくる。それでもエクス帝国内で争いをしないようにバランスを取らなければ……。
最近は侵略戦争推進派がカイト皇太子を煽っている。
困ったもんだ。ザラス陛下は反対派に傾いているせいだろう。さすがに無いと思うが、カイト皇太子のクーデターの話まで出てきている。
サイファ魔導団団長の話によると、今度の臨時貴族会議にジョージさんが出席して旗色を鮮明にしてくれるそうだ。
これで少しでも侵略戦争推進派が静かになってくれれば良いが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
貴族会議はエクス城の会議室で行われる。
私は早めに入り瞑想していた。
周囲が少しずつ騒ついてくる。出席者が入室してきているのだろう。
貴族達の雑談が止まり、会議室が静寂に包まれる。ザラス皇帝陛下が入室してきたのだろう。
私は目を開ける。
ザラス皇帝が推進派と反対派の間に座るのを待って私は声を上げた。
「それでは臨時貴族会議を始めたいと思います。今日はエクス帝国随一の戦力であるジョージ・グラコート伯爵にも参加してもらっております。ロード王国に侵略戦争をする、しないに関わらず、その動向は重要な事は皆さん理解していると思います。それではジョージ・グラコート伯爵、ご自身の考えを話してください」
優雅に立ち上がるジョージさん。
もう立派な貴族だな。
「ジョージ・グラコートです。ロード王国に侵略戦争を仕掛けるかどうかで揉めていると聞いたため、今日はこの会議に参加させていただきました。私と家内のスミレは、もしロード王国に侵略戦争を仕掛ける事が決まったとしても参加は致しません」
毅然とした言葉だった。
しかしゾロン騎士団団長がジョージさんを怒鳴りつける。
「貴様! それでもエクス帝国の軍人か! エクス帝国で決まった事を一軍人のお前が任務を拒否するつもりか!」
「私は祖国であるエクス帝国を守るためなら命をかけて参戦しましょう。だけどわざわざする必要のない戦争を仕掛けて、人を殺しにはいきたくないですね。エクス帝国の上層部がそんな選択をするのなら、エクス帝国には未来がありませんので身の振り方を考えたいと思います」
ブレないジョージさん。
こういう時は自分の意見がブレるのが一番マズい。その点、ジョージさんは安心だ。
カイト皇太子が腕を組みながら発言する。
「確かジョージは父であるザラス陛下に忠誠を誓っているな。俺にも忠誠を誓ってくれないのか?」
「前にも言いましたが、私は無駄な血を流したくないですし、流させたくありません。ザラス陛下の治世ではその心配が薄いと感じました。カイト殿下の治世では血を積極的に流しにいくと感じております。考え方が違い過ぎて上手くいかないと思いますが?」
私もカイト皇太子の治世ではお払い箱ですかね。
カイト皇太子は鼻で笑ってからジョージさんとの議論を続ける。
「それは今のお前の考え方だ。未来にはどうなっているかわからないだろう。ジョージ、それだけの力を持っていてどうして大陸制覇を考えないんだ。力ある物には成し遂げなければならない責務があると思うが?」
「私はただ幸せな家庭を作り上げたい一魔導師です。そんな大それた夢など持ち得ません」
幸せな家庭か。もしかしたらそれが男として最高の夢かもしれないですね。
そんなジョージさんの言葉にカイト皇太子がニヤリと笑う。
「お前だって、世界中の美味い食事を食べ、大勢の美人の女を侍らせたいだろう。今と比較にならないくらいの贅沢な生活を送れるぞ。その力がお前にはあるじゃないか」
間髪入れずに返答するジョージさん。
「私は今の自分の生活にとても満足しております。それに私はロード王国との外交団に参加しました。ロード王国が貢ぎ物を毎年献上する事になった件を纏めた一人でもあります。その約束をこちらから侵略戦争なんかして反故にするわけにはいきません。外交団の努力が水の泡じゃないですか」
憮然とするカイト皇太子。
そこに侵略戦争推進派のタイル・バラス公爵が口を挟む。
「ジョージ・グラコート伯爵、初めまして、私はタイルと申します。バラス公爵家の当主をさせていただいてます」
タイル・バラス公爵は、優雅な立ち振る舞いと穏やかな声で一瞬のうちに皆の注目を集めた。
「せっかくエクス帝国が誇るドラゴン討伐者が会議に出席してくれているのです。今日、エクス帝国のしっかりとした方向性を決めるべきでしょう」
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