手綱を握る【ベルク宰相視点】
引き続きベルク宰相視点です。
主人公の視点に戻るまで残り9話。
早く主人公視点に戻って欲しい方もおられると思いますので、ベルク宰相視点は、ガンガン投稿いたします。
ロード王国との国境が緊迫感に包まれている。
もう止めようが無いのか?
ヤキモキしている時に伝達がエクス城に届いた。
3日前に治安維持目的でロード王国に入ったドットバン伯爵家の領軍が、ロード王国の小規模の部隊により壊滅されたと。
ザラス皇帝陛下とカイト皇太子、サイファ魔導団団長とゾロン騎士団団長で何日も話し合いが続けられる。
取り敢えず、ロード王国の真意を確認する使者団を送った。
その数日後にエクス帝国魔導団第一隊修練部より提案書が上がってきた。
私はこの提案書を見て愕然とした。
一般的にレベルが10を超えるとかけ出し卒業、20を超えると中堅、30を超えると一流、40を超えると超一流、50を超えると伝説と言われている。それなのに条件付きとはいえ、レベル40を上限としている。
ジョージさんとスミレさんのレベルはいったいいくつなんだ。
「サイファ団長、ジョージさんのレベルっていくつか把握してますか?」
「冒険者の中での噂では100以上みたいね。あくまでも噂ですけど」
レベルが100以上!?さすがドラゴン討伐者って事か……。
カイト皇太子が怒鳴り声をあげる。
「軍隊が強くなる事に歯止めをかけてどうするんだ! こんな提案書は破棄に決まっているだろ!」
頷くゾロン騎士団団長。
私は努めて冷静に喋り出す。
「まずレベル30という縛りについてです。レベル30は一流レベルになります。またレベル40は超一流レベルです。現在の騎士団と魔導団は白亜のダンジョンで訓練をした場合にはレベルが20程度で頭打ちです。レベル30に上がるころには退団する年齢になります。それが若い内にレベルが30になれるなら相当効率的です。修練部の役割りとしては充分かと思います。ましてや条件付きですがレベル40まで上げる事ができます。ここは修練部の提案を取り入れるべきと思います」
ゾロン騎士団団長が青筋を作って反論する。
「やつらはエクス帝国魔導団の一員だぞ! そんな我が儘を通してどうする!」
「しかし修練のダンジョンでオーガ相手に連戦できるのはジョージさんとスミレさんだけです。彼ら以外にできないと理解していますか?」
無言になるゾロン騎士団団長。
カイト皇太子が口を開く。
「ゾロンは軍の規律が乱れると言っているんだ! 上位下達が軍隊の基本だろ!」
「今回は提案書として修練部より出されています。どこも軍の規律は乱れていません。ただし、この提案書を破棄した場合にはジョージさんとスミレさんが魔導団を退団するかもしれませんね」
それまで無言を貫いていたザラス陛下が口を開いた。
「この提案書を破棄して、ジョージとスミレが魔導団を退団する可能性があるのはマズい。その場合は騎士団と魔導団の実力の底上げができない上に、ジョージとスミレという戦力が無くなるという事だ。そんな冒険はできないな。この提案書を採用する!」
提案書の取り扱いは、鶴の一声で決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロード王国に送った使者団の1人が慌てて帰ってきた。
まさかロード王国の真意を確認するエクス帝国の使者団の前でロード王国の上層部が言い争いを始めるとは。戦争になるかもしれないな。
ドットバン伯爵の領軍を蹴散らした魔導師が英雄視されているか。暗殺も考える必要があるか。
サイファ魔導団団長が緊急の用件があるからと面会を希望してきた。
すぐに執務室に入れる。
「ロード王国で英雄視されている魔導師がジョージ・グラコート伯爵の妹の可能性が高いです」
は? 何を言っているんだ。ジョージさんの妹は母親と一緒に失踪したはず。
「その情報は確かですか? 確か妹は母親と一緒に失踪したと聞いてましたが」
「妹の名前はエル。母親の実家はサライドールとの話です。生きていれば年齢は18歳。黒髪の女性です」
確かにロード王国で英雄視されているのはエル・サライドールという女性魔導師だ。年齢も髪色も同じだ。
「それでジョージさんは何と言っている?」
「過去の清算をしっかりしたいと。結婚式を挙げてから、スミレさんと2人でロード王国に行くそうです」
ジョージさんがロード王国に取り込まれる可能性はあるのか?
「ジョージ君は故郷はエクス帝国で、エクス帝国軍人としての矜持があるので取り込まれる事はないと言ってました」
そうは言ってもジョージさんを簡単にロード王国に行かせる許可を出すわけには行かない。
参りましたね。これは私が頑張るしかないですかね。幸運にもこちらには規格外のジョージさんの魔法がある。ここはロード王国に強圧的な外交でもしてきますか。
「わかりました。ザラス陛下には私から説明しておきます。ロード王国には私が行くことにします。ジョージさんの手綱は握っておかないといけませんからね」
こうして私はエクス帝国外交団団長、ジョージさんが副団長になる事になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロード王国行きの用意をしているとジョージさんから面会要請があった。
もう結婚式も近いのにどうしたんだ?
会議室の一室でジョージさんとスミレさんと面会する。
「今日はどうしたんだ? 結婚式は明後日だろ?こんなところに来ている時間があるのか?」
ジョージさんから聞いた話は眩暈がした。ノースコート侯爵家の末娘が私の暗殺をジョージさんに依頼するなんて……。
「なるほど。まず私がしないといけない事はジョージさんにお礼を言う事だな。私を殺さないでいてくれてありがとう」
「そんな事でお礼を言われても困ってしまいます。当たり前の事ですから」
「いや、今は当たり前の事ではないな。ロード王国と拗れているから。私が死ねばロード王国との戦争が本当に起きそうだ。これでも侵略戦争推進派からの暗殺の備えはしているんだよ」
それでもさすがに侵略戦争反対派のジョージさんには警戒していない。
「フレイヤの処遇についてはベルク宰相にお任せ致します。どうぞよろしくお願いします」
これはちょうど良い案件かもしれないな。
自然と頬が綻んでしまう。
「それはありがたい申し出ですね。存分に活用させていただきます。ジョージさんは伯爵になって日が浅いですね。こんな美味しい教材が出来ましたので是非政争について勉強をして欲しいです」
ジョージさんが露骨に嫌そうな顔をする。
さすがに苦笑が漏れる。
「ジョージさん、貴方は既に誰も無視ができない力を持っています。圧倒的な力です。エクス帝国で政策の決定をする場合に必ず貴方の考えが反映されるのです。それだけの影響力を持っている事を自覚しないと駄目ですよ」
ジョージさんは椅子に座り直した。身体が聞く態勢に入った。
「それではフレイヤについてはどうするのですか?」
「先に結論を言うとほとんど何もしません」
「ベルク宰相の暗殺を画策したのにお咎めなしですか?」
「ジョージさんには、まず貴族間の人間関係や力関係を学ぶ必要がありますね。ノースコート侯爵家は確かに侵略戦争推進派ですが、エクス帝国の西の領袖でもあります。ノースコート侯爵家の力が落ちるとロード王国との国境沿いの領主の抑えが効かなくなるんです。そのためノースコート侯爵家には最低限の力を持っていてもらう必要があるんですよ。力をつけ過ぎるとマズいですけどね」
ジョージさんの理解度を意識して説明を続ける。
「まず私から見たノースコート侯爵家の評価を教えます。扱いやすい侵略戦争推進派の領袖です。実はとても助かっているんですよ。侵略戦争推進派の西の貴族を抑えるのに適しています。また、後継ぎのドーラン・ノースコートは穏やかな侵略戦争推進派です。代が変われば、より扱いやすくなりますね」
「でも盗賊に武器を流して治安の悪化を狙って、戦争を画策してましたよね?」
「あのくらいはガス抜きにちょうど良い感じです。最悪、ドットバン伯爵の領軍はロード王国内に侵攻しましたが、その後に帝国軍は出すつもりはありませんでしたから。私が今回の事でフレイヤを処罰すれば、ノースコート侯爵家の寄子の貴族は怒るでしょう。それをノースコート侯爵家は抑える事はできると思いますが、寄子の不満が高まってしまいます。ノースコート侯爵家は腰抜けだって言われますよ。それを防ぐためにはノースコート侯爵家は今より我々に強硬な態度を取らざるを得なくなります。よりエクス帝国内が緊迫してしまいます」
難しい顔をしているジョージさん。
でもまだまだこれからですよ。
「ノースコート侯爵家が侵略戦争推進派を纏めてくれていると制御が楽なのです。だから現状維持が一番良いのでフレイヤの処罰はしない事になります。ただし、内密にノースコート侯爵家当主のギランとは会いますよ。貸し一つって感じですね。フレイヤはご両親にとても愛されているようですから。ギランはあなた方の結婚式が終わると領地に帰ってしまいますね。こういうのは早い方が効果的です。早速、今日エクス城にギランを召喚する事にします。呼ばれたギランは生きた心地がしないでしょうね。フフフフフ……」
ついつい笑いが溢れてしまいましたね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギラン・ノースコートをエクス城に呼び出した。
緊張しているのが良くわかる。
ここが正念場ですね。
「今から私の話を良く聞いていなさい。ジョージ・グラコート伯爵から全てを聞きました」
青くなるギラン・ノースコート。
「普通なら厳罰に処するところですが、ジョージ・グラコート伯爵から寛大な処置を頼まれてしまいましてね。またノースコート侯爵家が西の貴族をしっかりと纏めてくれている事を理解して欲しいって言うのだよ」
目がパチクリしているギラン。
「私としてはしっかりと処罰したいのだが、ジョージ・グラコート伯爵のこれまでの貢献を考えて寛大な処罰にする事にする」
希望が見えてきたような顔をするギラン。
「フレイヤについては処罰は当面凍結する。もし今後、似たような事を画策したら分かっておるな。それとノースコート侯爵家はこれまで通り西の貴族を取りまとめてくれ。これは本当に助かっている。よろしく頼んだぞ」
その後、私の言う通りの文書を作成し、ギラン・ノースコートは感謝の言葉を口にして帰っていった。
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