ルードさんの優しさとパトリシア王女
10月12日【無の日】
午前中はルードさんのマナー講座だ。
最近は忙しくてなかなかダンスレッスンができなかったからな。
ルードさんの奥さんのリースさんが指導してくれる。
「良いですよ、ジョージさん! 随分と形になっています。スミレさんの呼吸をしっかりと意識してくださいね」
ダンスもやり出すと案外楽しい。スミレの顔が間近で見れるしね。スミレから良い香りがして嬉しくなる。結構な運動になるのも良いね。
昼食はルード夫妻と一緒に食べる。
ルードさんが俺に話しかけてきた。
「ジョージさんは、いろいろと悩む事が多そうですな」
「何か周囲に振り回されている感覚がしますね。自分の許容量を超えていると思います」
「ザラス皇帝陛下崩御の後ですからしょうがないですな。それでも本筋は間違っていなければ大丈夫ですよ」
「本筋ですか?」
「そうです。ジョージさんの目的や願望がブレなければ大丈夫です。ジョージさんは温かい家庭を作りたいんですよね。それならばスミレさんの事だけを考えてあげれば良いんです。あとは些末な問題ですよ」
流石に戦争が起こるかどうかは些末な問題にならないと思うけど……。
「些末な問題とは言い過ぎではないですか?」
「はい、そうです。言い過ぎです。ジョージさんに知って欲しいのは二つの事です。まずは軸がブレない事。一番大切な事を忘れない事です。次がバランスです。無駄な戦争を回避する事ばかり考えていると、自分の大切な事が疎かになってしまう危惧があります。もう少しだけ自分の大切な事の方にスタンスを移しても良いかと感じました」
これでも結構、自分の夢である温かい家庭を作る事を優先していると思うけどな。
「ジョージさんの夢である温かい家庭を作るためにはスミレさんの幸せが欠かせません。そしてスミレさんは別に貴族である事にこだわりは無いようです。どうにもならない時は二人で冒険者でもやれば良いのですよ。そう考えれば気楽で良いでしょう。エクス帝国とロード王国の守護者は適当にやっておけば良いのです」
なるほど。ルードさんは肩に力が入っている俺に危うさを感じているんだ。
一番大切なものと、バランスか。
今は無駄な戦争を回避する事が頭の大部分を占めている。少し我が儘になれって事か。
やっぱり人生の先達の意見は貴重だな。
「ルードさん。ありがとうございます。気楽に考える事にします」
「それは良かった。いくらジョージさんが強くても、一人でできる事は限られていますからな。無理に背負わなくて良いのです。皆んなで考える事ですから」
なんだかんだで、責任を感じていたんだろうな。重い頭が軽くなったよ。
ルードさんの言葉のおかげで楽しい昼食を過ごせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後からはロード王国の外交部が所有している屋敷に向かった。
パトリシア王女に会うためである。
パトリシア王女が滞在している屋敷はエクス城の近くにある。
スミレとゆっくり歩いて向かった。
空は高く、すっかり秋空だ。
相変わらず静謐で清らかな魔力のスミレ。
俺の心が洗われるようだ。
目的の屋敷が見えてきた。
入り口に門番が立っている。
パトリシア王女との面会の約束をしていると話すと連絡がキチンとされていたようで、屋敷内に案内される。
通された部屋はなかなか立派な応接室だ。
外交部の屋敷だから当たり前かな。
ソファに座って少し待つと、パトリシア王女と護衛のブラサムが応接室に入ってきた。
相変わらずパトリシア王女は大きな目が印象的で綺麗な金髪をしている。
俺を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「ジョージ様! 良く来てくださいました。今日はゆっくりしていってください」
「ありがとうございます。ただ今日はパトリシアにお断りの返事をしにきました。パトリシアと結婚してロード王国の公爵になる事をお断りさせていただきます。これは覆る事は無いと思ってください」
俺の言葉にパトリシアのクリクリした大きな目が細められた。
ふっくらした唇から冷ややかな声が発せられる。
「それは私に問題があると言うことでしょうか? それともロード王国の守護者にはなりたくないと言うことですか?」
さすが一国の王女だ。
圧力を感じる。
しかしここは一歩も引いてはいけないところだ。
俺は唾を飲み込んで口を開いた。
「まずはパトリシアには問題はありません。しかし俺にはスミレがいます。もうこれ以上の婚姻は望んでいません。俺は二人の女性を愛せるほど器用ではありませんから」
「それでは困るんです! ジョージさんには是非ロード王国の守護者になって欲しいのです!」
「話は終わっていません。俺はエクス帝国だけでなく、ロード王国の守護者にもなろうと思います。公爵にはならないでロード王国の守護者になる方法をパトリシアには考えて欲しいと思います」
目を見開くパトリシア。
不思議そうな顔をしている。
「それではジョージさんに何の利益があるのですか?」
「利益ですか? 考えていなかったですね。そうですね。考えれば、エクス帝国とロード王国が戦争しなくなるのが利益になりますか。それだけで充分です」
「善意だけの申し出をこちらが信じられるとでも?」
「それは俺が知った事ではないですね。信じるか、信じないかはロード王国の勝手です」
俺を凝視するパトリシア。
まだ信じていない顔だ。
面倒だな。
「スミレはロード王国の民にも幸せになって欲しいそうです。俺はその希望を叶えるだけ。まずはそれを信用してくれないと話は始まらないですね」
スミレに目を移すパトリシア。
無言で頷くスミレ。
そこでようやく信じる事ができたようだ。
パトリシアの顔が綻び、スミレと俺の手を握る。
「ありがとうございます……りこれでロード王国にも平穏が訪れると思います。私では決められない事ですので、一度国に使者を送って検討したいと思います」
「分かりました。我がエクス帝国のベルク宰相と話し合って決めてください」
問題なくパトリシア王女との婚姻が断れて良かったな。あとは上の人に考えてもらおう。
俺はエクス帝国とロード王国に攻めてくる敵を抑えるだけだ。
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