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どうしてもハニーブレットを手に入れたい騎士と、どうしても教えを乞いたい令嬢の話

作者: 島猫。

(あぁ、マジでたりぃ)


淡く薄らいだ雪の宿のような月が空の色と同化し、太陽が半円の軌道のてっぺんを目指し昇っていく。

降りそそぐ光の眩しさに負け、(まぶた)がより一層重みを増す。

王宮警備の夜勤を終え、貴族街の端にある老舗パン屋を目的地に定め歩いていた。微睡(まどろ)みながら欠伸(あくび)を噛み殺しながら、レンガの石畳を足早に進む。


(ふはぁ、マジで眠ぃ)


日勤者への引き継ぎと、上官に押し付けられた書類の作成、提出で予定外に時間を取られた。

普段なら仕事終わりにすぐ着替えるのだが、今日は時間を惜しみ、騎士服のままだ。

目当てのパンが売り切れては困る、非常に困る。

今はただ、店を目指し、ひたすら前進あるのみ。

意識は遠退きながらも、足だけはそこそこの速さで踏み出していく。

平日の午前だが街にはそれなりに人通りがある。

今年も社交シーズンに入っており、離れた領地から今の時期だけ王都に出てくる貴族達も多い。パンを所望する姉も然り。

と……。


「あの! 騎士様とお見受けします。っどうか……わたくしに筋肉のつけ方を教えてくださいませんか?」


正面からやって来たどこぞのご令嬢に、切羽詰まった声で話し掛けられた。

あまりに突拍子の無いことを言われ、眠気が飛ぶ。


(幻聴……幻覚……)


目を(こす)りながら目の前の相手を確認する。

令嬢は小柄で、うつむいて顔は見えない。

おそらく長いのだろう艶のある栗色の髪は丁寧に編み込まれ、綺麗にサイドでまとめてある。きめ細かなレースがついた桜色のワンピースは今流行(はや)りのデザインであり、名のあるブティックのオートクチュールと思われた。

声の(ぬし)は確かに、そこに存在しているようだ。

うら若き良家の娘がなんちゅーことを頼むのかと呆気(あっけ)にとられる。


「どうか、どうか、わたくしを弟子にっ……」


涙声で、ベルトを両手で(つか)まれ、身体を揺さぶられる。


(いやいや吊り革じゃねぇし、ズボンずれるし、手の位置!)


衆目(しゅうもく)のあるこんな場所で、相手がどこの令嬢とも分からないのにこの近さは困る。お前のせいで醜聞を広められたから慰謝料を!とか、責任を!とか言われても困る。

話を聞くから、落ち着いて、と誠心誠意、心の底から(なだ)めに宥めて、ベルトから手を離してもらうことに成功した。

が、何故か今度は俺の腕に彼女のほっそりと、だが柔らかな腕が絡んでおり、令嬢の体重がほぼ俺にかかる形で(すが)られている。

壊れたマリオネットの様に、俺の歩行に引き()られ、付随して動く。

背後霊が横位置に移動したらこんな感じだろうかと馬鹿げたことを考えながら、はたと気付く。

こんなことをしている場合ではない。

こんな調子で歩いて、頼まれていたパンがもし売り切れていたら、姉にぶん殴られる。蹴飛ばされる。


(誰かに見られていたら……もう十分、醜聞ものだな)


「失礼」


手っ取り早く、抱えて走ることにした。


挿絵(By みてみん)


っ軽い!とは思ったが、まだ幾らか店までは距離があった。両手が塞がった状態で走るのはなかなかにしんどい。騎士として鍛えているとはいえ、店に着く頃には息は上がり、腕はパンパンで、心臓が跳ねていた。


(あぁ、クッソ)


鬼教官の指導並みにキツかった。

だが何よりも最優先すべきはパンを買うことである。

カランころんカラン、とドアの鈴を揺らし、彼女を抱えたまま店に入った。

ちょうどパンが多く並ぶ昼前であり、また人気店であるため店内に客は多く、視線を集めることとなるがこの際もう仕方がない。

家の長男で跡継ぎである俺の、人体急所(男性にのみ存在)に容赦無い蹴りを喰らわす姉の姿がまざまざと(よみがえ)る。他はどうとでもなれという気持ちで、何だかもう、色々と諦めていた。

醜聞&責任、小なり(<)、姉の理不尽な暴力。

仮に相手側から金銭を要求されたら……体調の優れない令嬢を介抱するも急いでいたから、で理由として通るだろうか?

抱きかかえた状態でこんなにも堂々と入店したのだから、下心などミジンコの大きさほども無いことを信じてもらいたい。また、婦女暴行や拉致などと言われないと願いたい。


(ふぅ)


会計の際にやっと令嬢を降ろして立たせ、商品を受け取る。ふんわり甘いハニーブレットの香り、これで荒ぶる姉は嬉しく微笑む女神になることだろう。

令嬢の手を引き店を出て、通行の妨げにならない位置まで移動する。


「で、君は少しは落ち着いただろうか? 連れ回してすまなかった」


迷惑を(こうむ)っているのは間違いなく俺だとは思うが、俺の都合でここまで連れて来てしまった事実は謝らねばならない。

騎士服なので勤務先はまずバレるだろうし、態度に気を付けねば職場にすぐ苦情が入る。

令嬢に婚約者がいたらそいつにぶっ殺される可能性はあるが、こんなことになったのは通りすがりの男のベルトに手をかけたこの令嬢のせいだ。


下を向いていた令嬢が顔を上げて俺を見た。

目が合う。

……それまで自分が令嬢の顔をまともに見ていなかったことに驚いた。


(……一体、どこの深層の令嬢だよ)


睫毛の長い、目の大きな、肌は色白の、化粧箱に納まっていてもおかしくない美少女だった。

令嬢はただ抱かれていただけであり、しかもパン屋で買い物を済ませた後なので走ってから時間は少し経つのだが、彼女の呼吸はいまだ早いようで、頬が上気して桃色に染まっている。


「弟子にしてくださいますか?」


彼女の話はまだ終わっていなかった。え、その話まだ続けんの?と思うが事実まだ続いているのだから続けねばならない。


「えっ……と、何の為に?」


「胸筋を鍛えたいんです」


「胸筋?」


美しいかんばせを見ていた俺の視線は当然下がる、彼女の胸に向けて。


(……確かに……姉さんほどは無いな。や、まだ成長段階、発達途中? ……んじゃねぇー!!)


いっぱしの騎士が淑女の胸をガン見してしまった。

情けない、もう何と言ってよいやら。


「……父が、そろそろ婚約をと言うのです。でも兄が、こんな凹凸(おうとつ)の無い身体では婚約して結婚しても浮気され愛人を作られるのがオチだと。その女性が生んだ子を跡取りに引き取らねばならなくなり、嫁ぎ先での立場が無くなり、社交界ではあること無いこと(ささや)かれ指を差されて笑われて……」


「いやいやいや、無い無い無い、お嬢さん美人だし可愛いから、自信持って大丈夫だから」


「……でもこんな身体では」


「大丈夫だから。君みたいに可愛い子、胸がどうであれ俺だったら絶対浮気とかしないし、俺が婚約者で君と結婚出来るなら一生大切にするし」


(……あれ?)


彼女を不安がらせまいとして謎の勢いで(まく)し立てたが、まるでプロポーズのような砂糖まみれの甘い言葉を吐いてしまったと気付く。


(俺は一体何を言って!?)


令嬢の頬がほんのり桃色からばっちり桃色、そしてがっつり(あかね)色に変わっていく。

ぱちくりとした目は嬉しそうに弧を描く。


「……っはい!! 一生お側に置いてください!」


(……あれ??)


侍女を連れずにここまで来たのだという豪胆な令嬢から家を聞き出し、タウンハウスまで送り届けた。

娘の家出に血相を変えて慌てふためいていた彼女の両親からそれはそれは感謝され、是非に昼食をと引き留められるが、急いで姉にパンを持ち帰らねばならないと丁重に断った。が、使用人がすぐに届けるからと言われ、腹も減ったので結局そのまま食事をご馳走になった。

自分の家よりも格上貴族が相手だから緊張するのか、頬を染めたままの令嬢から視線を浴び続けていて胸が高鳴るのか……。


翌日、出勤すると騎士団の事務方に呼ばれた。

滅多に立ち入ることのない騎士団長の執務室に案内され、表彰状のように釣書(つりがき)を渡された。

おめでとう、やったな、頑張れよ、と激励を受け、背中をバシンバシン叩かれた。


ドンブラ流れる桃のように身を任せあれよあれよと婚約を結んだ。

彼女が結婚年齢に達するにはもう少しあるので、月に数回お茶やデートをして過ごしている。


今日は彼女の部屋に通されて、お茶をしている。


「気にしないとのお言葉はいただきましたが、少しでも大きくなればと思いまして、教えてくださったバストアップのトレーニングは毎日続けていますの」


侍女は一時退出していて、彼女と2人。

目を見て会話していた俺だが、眼球も重力には逆らえないらしく、どうしたって視線が下に向く。


「今の大きさ、触ってご確認なさいます?」


「いやいやいや。俺はこう見えて、騎士で紳士ですから。式の日の晩に美味しくいただきます」


「でも、愛する方に揉んでいただくと、より大きくなると兄が」


「大丈夫。小さいままでも俺は君を離す気はないし、結婚したら大きさに関係なく俺が毎晩揉むから」


すっかり彼女にどっぷりな俺は、胸の大小なんか関係なく彼女を愛している。


「鍛えてらっしゃる方のお胸は筋肉がついて厚みが出て盛り上がるのだと伺いました」


「誰から?」


「兄にです。我が家は父も兄も鍛えておりませんので……なので、触ってみてもよいですか?」


「……それも式の日の晩でお願いします」


式の日までに胸筋を強化することと、男の忍耐を鍛えることを誓う。



彼女が結婚年齢に到達し、迎えた式の日、磨きをかけた胸筋で、彼女に永遠の愛を誓った。





余談だが、婚約で両家の顔合わせを行った際、バチバチバチッと赤く光る電流が場に流れたように見えた。

彼女のセクハラ兄はうちのパワハラ姉に一目惚れし、またパワハラ姉もセクハラ兄と目があった瞬間に運命を感じたのだという。

彼女と姉の結婚をほぼ同時に行い、姉と入れ替わるようにして彼女が来た。

彼女は姉の暴力を知らない。

イラストは 茂木 多弥 様 が描いてくださいました!

騎士服、その下にあるだろう鍛えられた筋肉、お姫様抱っこ、可愛いドレス、編み込み……眼福です♪

とっても素敵なマッスルイラストをくださり有り難うございました(*´ー`*)


●詩作品『満月と流れ星の夜に誓う with 令息殿(=婚約者)』

https://ncode.syosetu.com/n5387hc/


●ホラー?作品『狂った「時計」とホットケーキ、んなもん、ほっとけい』

https://ncode.syosetu.com/n8515hj/


●企画無関係の詩作品『カミキリ虫がすくったら』

https://ncode.syosetu.com/n0292he/


●1つ前の肉フェス(長岡更紗 様 主催の「肉マッスルフェス2」)参加作品『マサル大衆食堂』

https://ncode.syosetu.com/n9729gt/


にも 茂木 様 に描いていただいたイラスト有ります♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 島猫。さんの作中に登場する男子のほのかなえっちさが好き。頑張れ!!ゴールは目前だ!(笑)
[一言] 企画よりお邪魔させていただきました。 かわいいお嬢様と、真摯(紳士)な騎士殿との、ほんわかラブストーリー。拝見していて、微笑ましくなりました。 セクハラお兄様と、パワハラお姉様が、よいスパ…
[一言] 面白かったです! 微笑ましいやら羨ましいやら(笑) 最後の一文がすごく好きです バチバチバチッと赤く光る電流 >>> 最初見たときは不吉な予感がしましたがまさか……ふふふ(*´∀`*) 面…
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